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6・【ロゼ視点】人生をかけた告白


 

「とにかく。せっかく同じ学院内にいるのだから、積極的に話しかけるしかないと思うの!」


 

 わたくしは拳を握りしめて決意のもとグレースとイスにそう宣言し、レオ様に話しかけるチャンスを狙う事にした。レオ様の授業は、2週間後にははじまる。でも、授業中は先生と生徒の関係。どうしても、大きな壁がある。だからそれまでに、一歩でも二歩でも近付いていたい。漸く(ようやく)レオ様と相見える程の距離まで近づけたんだもの。一年と言う期限もあることだし、うかうかはしていられない。メラメラと闘志を燃やす。

 

 翌日、早速授業が終わり次第、レオ様捜索に出向こうと勢いよく席を立つ。のだけれど……。


「レディ・フォンテーヌ、少しよろしいでしょうか?」

「…………ええ。もちろんですわ」


 どうしてか、必ずと言って良い程、休憩時間の度に誰かしらに声を掛けられてしまう。生徒の皆様、積極的ね。社交の場をきちんと全うしようとしていて、とても偉いわ。もちろん、お父様の顔に泥を塗るわけにはいかないし、お父様との約束通り跡継ぎとして恥ずかしくないよう振舞う為、一人ひとり丁寧に対応していく。


 放課後こそは! と意気込んでみても、それは同じ。それどころか、放課後になるとクラスメイトに留まらず、他クラスの方や先輩方にまで声を掛けられる。侯爵家と言うネームバリューの凄さに今更ながらに気が付き、内心辟易としてしまう。話しかけてくださった方のお顔とお名前、そして話の内容を記憶しておくだけで、もう頭がいっぱいいっぱい。そんな事が、もう4日程続いている。

 

 

 

 それに、思い悩んでいるのはレオ様の事だけじゃない。何とか皆様に失礼のないようご挨拶をして帰路についても、休み時間が全く使えないから帰宅後に授業の予習や復習、弓などの鍛練や体作りの為の適度な運動をこなす。一日の最後はスキンケアなどのメンテナンスで、眠る頃には毎日へとへとになってしまう。皆様はどうこなしているのかしら? だから、『修行中の身の内は恋なんてしない!』という台詞(セリフ)が小説の中などに出てくるのね。お父様も、きっと大変だったわよね……。お父様に相談してみる? ううん。お忙しいお父様をこんなことで煩わせてはダメ。

 

 

 

 一人う~んと唸り、頭の中で解決策を探しながら教室移動の人ごみに混ざり歩く。先程まで、お茶会を催す際の要所と礼儀作法に関する授業を中庭の専用スペースで受けていた。この時間は、男女分かれての授業となる為、同じクラスでもイスはこの場にはいない。

 

 

 階段を昇り棟を繋ぐ渡り廊下を渡る時、白や桃色、黄色の花々で色鮮やかな庭園が目に入る。この広い学院で、授業という繋がりがなければ、わたくしはレオ様にお会いする事すら叶わない。それに、実はどのように話しかけ、どのように懇意になって行けば良いのかという所はノープランだ。でも、会いたい。出来る事なら、お声を聞いていたい。ただ、それだけなのに。


 幾つかの角を超えたところで後ろから耳にスッと届く、低く心地良い声が聞こえてくる。



 

「あれ? ロゼ?」


 名前を呼ばれ振り返ると、濃紺色の癖のない髪と空色の切れ長の瞳の青年が目に入る。突然現れた美男子の登場に、近くを歩いていたクラスメイトのご令嬢方が俄かに騒がしくなる。わたくしは、思わず瞳を大きく見開き、満面の笑顔で声の主に駆け寄る。


「グレッグお兄様!」

「ロゼ! 久しぶりだね! 会えて嬉しいよ。元気そうでなによりだ」


 ああ、ノートと筆記用具を抱えていなければ、手を取り合って再会を喜んだのに。

 

「わたくしも、お会い出来てとても嬉しいです。お兄様は、お変わりありませんか?」

「ああ。あ……ごめん、名前。つい呼んじゃって」


 グレッグお兄様が、しまったという風に口元に手を運び顔を(ひそ)める。わたくしも、言われてはっと気が付く。公の場で、ファーストネームで呼び合うのは親密な証のようなものだ。ただ、この場では弁明のしようがない。幸い、今この場にいたのはわたくしのクラスメイトが殆どだった。縁戚同士の者ともなれば、名前で呼び合うくらいするものだから、尋ねられた時に丁寧に答えれば大丈夫だろう。わたくしは、お兄様に気にしないよう微笑んで答える。


「大丈夫です。クラスの皆様には、きちんと説明いたしますわ。それよりも、お兄様は今いかがお過ごしですの?」

「僕は、最近は殆どここの研究室に入り浸っているよ。集めた資料の整理と新しくもつ授業の準備に追われてしまって」


 そこで、はたっと気が付く。そう言えば、グレッグお兄様もレオ様と同じ今年着任の教職員だ。という事は、もしかすると、レオ様と接点があるのではないかしら? あ、でも、今さっきお忙しい事を聞いたばかりなのに、そんな事をお願いするのはいけないわよね……。わたくしは、グレッグお兄様を見つめて口をはくはくとさせる。そんなわたくしを見て、お兄様がふふっと笑う。


「変わらないね。何でも言ってごらん? 僕に何か聞きたいことがあるの?」


 その笑顔が、幼い頃の彼と重なる。いつも色々と考えすぎて言葉を飲み込んでしまうわたくしに、そっと耳打ちするように聞き出してくれる。わたくしは、変わらない事に嬉しくなり、頬を綻ばせながら告げる。

 

「ありがとうございます。けれど、ここで立ち話と言うのも申し訳ないので……あら? そういえば、どこかへ向かわれている途中だったのではありませんか?」


 お兄様はどこから来て、どこへ向かうつもりだったのだろう。引き留めてしまっていたら申し訳ない。視線を少し動かすと、数名の教職員の方が通り過ぎて行った。もう放課後だと言うのに、皆様どこに向かわれるのだろう。


「向かうというか、今、終わったところなんだ。先程まで、この棟の大講堂で新任教師達への説明会が開かれていてね」

「新任、教師達……」


 それって、つまり……? ふと、視線を動かすと、窓の外の景色が目に飛び込んでくる。階下の屋外庭園を歩く後姿――ずっと、ずっと、会いたかった灰茶色の髪。背が高く、がっしりとした広い背中。


「……っ!」


 レオ様だわ! 行ってしまう! わたくしは、自分が何をしていたかも忘れ、走り出そうとする。けれど、咄嗟にその腕を掴まれ止められる。


「ちょ、ちょっと、ロゼ! どうしたんだ? 廊下は走っちゃダメだよ?」


 グレッグお兄様が慌てた様子でそう告げる。けれど、わたくしは腕を振りほどき、走り出しながら言う。


「お兄様、ごめんなさい! わたくしの人生が掛かっているんですの!」


 窓の外を覗くと、まだ変わらずレオ様の姿が見える。夢みたい。その後姿を見失わないように、窓沿いに今歩いて来た道を戻る。どうしよう。どうしたら。どうしたら、引き留められる? どうしたら、手が届くのだろう。ついに二階は突き当たり、扉を開けると棟の外に続く螺旋階段まで出る。でも、ダメ、追いつけない。行ってしまう。今、目の前に見えているのに。わたくしは、階段の手すりに身を大きく乗り出し、体の中の空気を出し切るように叫んだ。

 

「ま、待ってーーーー!」


 わたくしの声は、存外大きく響いた。本当は目立つような事をするのは苦手なのに、そんな事も忘れて叫んでしまっていた。声が、彼に届く。アンティークゴールドの瞳が、驚きで見開かれてこちらを見ている。次の言葉を探していたら、手がずるっと滑り、体が大きく前方に傾いだ。


「きゃっ……!」


 息を飲んで、一瞬の浮遊感。目をぎゅっと閉じて、衝撃に耐えようと身を縮めていたら、気が付けば、暖かく逞しい大きな腕の中にいた。


「……っ、ビビったぁ。おい。大丈夫か?」


 顔を上げると、愛しい人の顔。……格好いい。

 かぁと全身の熱が上がり胸が大きく脈打って、指先が震える。

 

 ああ、それにしても、なんてひどい状況。髪はきっと乱れてしまっている。二階から飛び降りるなんて淑女のやる事じゃない。あなたの前では、何故こうもスマートに動けないんだろう。

 

 それでも、やっと、会えた。嬉しくて涙が溢れてきそうだけど、泣いてはダメよ、ロゼ。同じ轍を踏まないと決めたじゃない。何か……何か言葉にしなくちゃ。


「レオ様……」

「ん?」


 緊張で、声が掠れる。ふと、気が付くと、わたくしの両手はレオ様の大きな手を掴んでいた。恐らく、落ちて受け止めていただいた瞬間に無意識に掴んだのだろう。わたくしは、自分の両手に力を籠め、その温もりをもう離さないとばかりにレオ様の手をぎゅっと握り締める。


「あの日から、ずっとあなただけを思っておりました」

「……は?」


 レオ様が困惑の表情を見せる。幼かったあの日、レオ様がそうしてくれたように真っすぐレオ様の目を見る。わたくしの瞳からは、溢れ出した思いが一滴(ひとしずく)の涙になって頬を伝う。


「わたくしと、結婚してください」


 ああ、愛と豊穣の神様。どうか、時を巻き戻して。ううん、やっぱりこのままで。答えなんて聞きたくない。ただ、真っすぐな思いが伝わりますように。

 

 

貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。

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本当にいつもありがとうございます。

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