皆で広げよう職人の輪
「ゆん、お湯が溜まったよ」
「ありがとう! じゃあ航ちゃん、先に浴びてるから。後で来て」
「ああ、分かった」
俺が答えると、ゆんがニカッと笑って、台所の引き戸を閉めた。
魔鉄喰いを倒し、レベルが上がった俺たちは、予定より早く帰って来ていた。帰りの転移はもちろんマシロだ。ちゃんと地下1階に戻った時は、嬉しさのあまりマシロを両手で掴み、思う存分スリスリしたもんだ。
でもなぜかマシロに強制転移されかけ、Pちゃんが止めに入ってくれるという小さなハプニングはあったけどね。
部屋に入り改めて見ると、鉱山地帯にいたせいで砂ぼこりが凄かった。ゆんが帰る前にお風呂に入りたいというので用意したわけだ。
「航ちゃーん! 入って来て」
風呂場からゆんの声が響く。
「分かった! 今行く!」
俺がタオルを手に立ち上がると、Pちゃんが俺の肩に止まった。
「航平、失われた世界では、男女が同じ湯に浸かるのは血結者同士、あるいはそれを仕事としている者と限られていましたピ。この世界でもそうですピ?」
「ああ、付き合っているとか、家族とかもあるかなぁ」
俺はどちらも無いが。子供の頃はアパートに風呂が無かったから銭湯だったし、風呂付きのアパートに越したのは、美波が中学生になった時だから流石に一緒には入れない。
彼女なんて、もちろんいない。
「ピ! 航平、ゆんと一緒に入るのはー」
「ああ」
俺がユニットバスのドアをノックすると、入っても良いとゆんの声が聞こえた。
ドアを少し開けると、湯気がむわっと出て来る。
「Pちゃんはマシロと一緒にな」
「ピ?」
Pちゃんをマシロの背中に乗せる。
「じゃ、行っといで。Pちゃん、マシロ」
「ピ!?」
「キュイ!」
風呂好きのマシロは嬉々として、Pちゃんを乗せたまま、ドアの隙間から入って行った。
「ピィー! マシロ止まるですうう…ピ」
「……Pさん、羨ましいっす」
俺は自制心と共に、パタリとドアを閉めた。
「キュイィ…ケプッ」
両手に持った魔力回復ポーションを一気飲みし、マシロが可愛いゲップをする。
「美味しいか、マシロ」
良し良し頭を撫でると、目を細め、キュッと小さく鳴いた。
ういやつめ……ういういういういうい。撫で回していると、
「止めときなね、また飛ばされかけるよ?」
タオルで濡れた頭をゴシゴシ拭きながら、その反動で胸をたゆたゆ揺らしながら、苦笑いをする。
そういや妄想した事あったな、こんなシーン……。妄想ではバスタオルだったが、ゆんは朝着ていた白いカットソーワンピースを着ていた。
「ピーちゃんはどう? お風呂で固まってるし、なんだか膨らむし沈むし…大丈夫?」
微動だにしない、タオルに包まれたPちゃんを心配そうに見る。
「…さて、マシロはポーション飲んだし、他に喉乾いてる人いるかな? ゆんなにか飲む? 水、麦茶、千駄木家のオレンジジュース……」
「ピ! オレンジジュースは大好きですピ!」
ガバッとタオルを跳ね除け、Pちゃんがとことこ近づいて来た。
「…大丈夫みたいね」
苦笑いするゆんと、目をキラキラさせているPちゃんに、空間庫からオレンジジュースの入った魔法瓶を取り出し、コップに注ぐ。
「魔鉄も無事手に入ったし、あとは魔鉄の加工方法、ハサミの打ち方、砥ぎ方、帰ったら忙しくなるぞー!」
「ゴメンな。よろしく頼む」
俺が頭を下げると、両手を胸の前で降った。ふるるん。
「やめてよ。あたしがお願いしたんだからさ。今凄く楽しいんだよ」
ゆんがニッコリ笑うと、ひと呼吸おいて、さっきからチラチラ見ていたマシロを指差す。
「…ねえ、さっきから気になってたんだけど、マシロちゃんが飲んでた、あのいびつな入れ物、何?」
いびつって…そこは『味』と言って頂きたい。
「俺が作ったポーション。容器は味のある手作り、ただし蓋なし」
「ポーション作れるの!? あのHP、MP回復の?」
俺はドロップではポーションが出ない事と、Pちゃんから聞いた事を説明した。
「ピ、だから錬金術師、光魔法3以上を習得している魔法使いは重宝されましたピ。航平、おかわり下さいピ」
千駄木家オレンジジュースを飲み干し、片羽根を上げる。
「へえ、航ちゃん錬金術師だったのかあ。錬金術師って聞くだけで、ぞくぞくしちゃうねえ」
「いや?」
Pちゃんにお代わりを継ぎつつ首を振る。
「そっか、航ちゃん魔法も使えるし、魔法使いか。凄いよねー、魔法使いって聞くだけでワクワクが止まらないねえ」
「いや? 職業はサラリーマンだ」
しかもまだ(低)だ。初めは忍者だなんだと思っていたが、最近養う者が増えたからか、ちょっと意識が変わってきていた。
「……ポーション作れて魔法も使えて、岩をぶん投げるサラリーマンって……ワクワクは止まるねえ」
失礼な。サラリーを頂けているんだ。魔石売れないし、サラリーがなきゃPちゃんとマシロが路頭に迷ってしまう。
「魔石が売れるまで、俺はサラリーマンとして皆を養って行くさ」
「…ポーションも売るんでしょ?」
「う、売れたらもちろん。でも入れ物作るのが大変なんだよ。蓋ないし」
ポーションの製作者は鑑定4持ちの徹さんでも分からなかったし、売っても大丈夫だろうと思っている。
「ねえ、ポーション入れる瓶、あたしに任せてくれない?」
「え? ゆんが作るのか? 鉄瓶…はちょっと」
「違うよー。おじいちゃんの知り合いでさ、ガラス職人のおじいさんがいるの。コップとか作ってるんだけど、中々売れないし、後継者もいないから、元気ないっていうか」
ちょっと寂しそうに、ゆんが小さく言った。
「なるほどね。そういう事ならこっちからお願いしたいよ。蓋もつけてくれるかな?」
「当たり前じゃん! でも蓋はね、おじいちゃんの知り合いで、木工職人のおばあさんがー」
「で、お支払いはいかほどで? 100本は欲しいんだが……」
ゆんの、というかゆんのおじいさんの知り合いが凄かった。職人は職人と繋がる。精鋭イレブン熟練職人バージョンだな…。
「うーん、一瓶800円は欲しいから、8万円?」
「無理」
即答です。
「分かった。じゃあ出世払いで良いや。帰ったらおじいちゃんたちに話して、試作品数本送るよ」
出世払い…縁遠い言葉だが、ポーション瓶は欲しい。しかもドロップしないとなると、やっぱり既製品ではなく、職人が作ったガラス瓶を使いたい。
「分かった。必ず出世して、払ってみせる! ゆん! いや小山内唯さん、ハサミ共々よろしくお願いします!」
「任されよ」
ゆんがニカッと笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 皆さん大雨に気をつけて(自分も含む) それから自分ごとですが……誤字報告ありがとうございます!(剣山上土下座)




