迷子になりました(美波視点)
足元の草がボコッ盛り上がり、そこからつるりとした茶色い体、大きな黒目の生き物が現れた。
うわっ? モグラ? テレポ?
「美波!」
こう兄の叫び声が聞こえたけど、全然怖そうじゃない。6階のテレポは、茶色くてふわふわで、三角耳があるって聞いたけど、この子はつるりだね。可愛いけど。
んーでも、やっぱり6階のふわふわテレポに会いたい!
こう兄の方を振り向いた途端、体が浮いたような感じがした。
景色が歪んで、思わず目をつむる。
『運を握る転移玉』を、こう兄が飲んだ時みたいな…胃が浮くジェットコースターみたいな…。
体が重力を感じて目を開けると、沢山の緑、降り注ぐ日の光が目に飛び込んできた。
「あれ?…ここもさっきのダンジョンだよねえ?」
一面草原だったはずだけど…。
ここは木々が生い茂る、明るい森って感じ。小人や妖精がいそう。
鳥の声も聴こえるし、あの階にこんな穏やかな場所があったのね。
辺りを見回しても、こう兄もピヨちゃんもいない。
どうしたんだろ、二人とも…。あれ? もしかしてこれって、こう兄が言ってたテレポの強制転移?
やっぱりあのモグラはテレポだったんだ。つるりだったけど。
「うーん、道は分からないし、ここで待ってるのが一番だね」
だってこう兄たちは絶対見つけてくれるからね。なんたって師匠と先生だもん。
『師匠と先生』と書かれた垂れ幕の前に、ぼーっと立っているこう兄と、その肩に止まり、片方の羽を上げている水色のヒヨコの姿が浮かぶ。
「ふふ、ヘンテココンビ」
思わず吹き出した時、前の茂みがガサガサッと動いた。
え、なに!? 魔物?
ジリジリと茂みから目を離さずに後退ると、白い生き物が顔を覗かせた。
「…ん? うさちゃん?」
音のした茂みの間から、白くふわふわした、ウサギより耳が短い、くりくりお目々の子がこっちを見ている。
「うわっ! カワイイー! ちっちっち…。こっちおいで」
思わず近付いていくと、ウサギがすっと茂みの中に消えた。
「あー、怖がらせちゃったかな?」
念のため手斧を持ち、茂みの中につられて入ると、すぐ小さく開けた場所に出た。
「うさちゃん、おーい」
いた。白いウサギが木に掴まっているのか、スルスルと木の上へ行ってしまった。
「木登りうさちゃんなんだ?」
ウサギが登っていった木を見上げると、太い枝に体を巻き付けた、更に太い大きな白い蛇が、シャーっと口を開けているのが見えた。
こんなところに! ああ駄目っ、ウサギが食べられちゃう!
「このー! 光よ! 私に力を! キラキラボール!」
大きく口を開けた蛇めがけ、片手からキラキラした光のボールを放つ。
蛇には当たったけど、全然効いてないようだった。蛇がドサッと木から落ちてきた。思った以上に大きい。
ただ大蛇が私から顔をそむけ、逃げようとしているようにも見えた。
やっぱり魔法効いてる?
「光よ力を! キラキラカッター!」
蛇の胴体に光の刃を放った。太い胴体に微かな傷が付く。
魔力はさっき1ポイント回復して後19…
カッターを1回と、キラキラボール2回だと魔力切れで動けなくなる。でもキラキラボールを4回打つよりは、キラキラカッターのほうが効果がありそうだった。
10分間なんとか戦って、魔力が1ポイント増えるのを待ってから、最後の魔法は使おう。
考えている私に、横から凄いスピードでさっきのウサギが襲いかかってきた。
「なんで!?」
白いウサギがお腹に激突し、手斧が手から離れる。
「うっ!!」
一瞬息ができなくなり、そのまま後ろに弾き飛ばされた。木の幹にぶつかり、止まる。
いったあー…もう絶対折れた、骨…。
でも折れたのは私の骨じゃなく、ぶつかった木のほうだった。
…なんだかすごく丈夫な体になってるみたい。
それにしてもさっきのウサギは、なんで攻撃してきたんだろう。
私が怖がらせちゃったのかな…。ちょっとショックを受けたけど、大蛇の尾の先を見て、その理由が分かった。
あれは、…騙してたの?
…そう、私の心を弄んだのね…? ふつふつと怒りが湧いてくる。立ち上がろうとして、体中に痛みを感じ、また座り込んでしまった。
「うう、痛い…」
思わずステータスを確認すると、生命力が20減っていた。これが少ダメージなのか大ダメージなのか分からないけど、満タンの140あった生命力が減ると不安になる。
こう兄から借りたゲームをやっていた時も、HPが減ればすぐ回復の薬草を食べていたことを思い出す。
「どうしよう…こう兄のポーション…」
ううん、まだ駄目だ。こう兄は100ポイント回復するって言っていた。
こう兄がくれたポーションだもん。大事に使わなきゃ。
「あっ!」
座り込んでいた私を呑み込まんと、大蛇が大きく口を開く。近付いた時、一瞬怯んだようなスキができた。
今だ!
「光よ力を! キラキラボール!」
光り輝く玉が大蛇の開いた口に当たり、片方の鋭く尖った牙を折った。
「やったっ」
痛みをこらえて立ち上がり、落とした手斧を拾う。
もう一本折ってしまえば、咬まれることは回避できそうだ。
牙を折られ怒ったような大蛇が、今までの動きとはまるで違う、それこそ蛇行した動きで飛びかかってきた。
「ひっ…」
直接咬もうとはせず、長い体で私を絡めるように迫ってくる。
避けきれない!
気が付けば太く冷たい体に、ギリギリと締められていた。大蛇の大きな口がこっちを向いている…。
呑まれる!!
思わず目をつむったけど、大蛇が私を丸呑みする様子はない。それどころか顔をそむけていた。
なんでか分からないけど良かった。でも自由が利くのは手斧を持った片手だけだ。それだって締め付けてくる力で、今にも手斧を落としそうだった。
「うう…痛いよ‥こう兄」
思わずこう兄に助けを求める。大蛇が締めてくる度に、体も、そして心も折れそうになる…。諦めそうになる。いつものように、こう兄が助けてくれないと、私は…。
戦って、自分の命を守るんだ。美波、頑張れ!
こう兄の声が聞こえた気がした。
…お母さんやこう兄、ピヨちゃんを守りたいって、なに? ここで泣いて、諦めて…どうやって皆を守るっていうの! しっかりしろ! 美波!
「うう…このっ!」
手斧を握り直し、大蛇の体に振り下ろした。何度も、何度も。
締め付けてくる力が少し緩んだ。
「うーんしょっ!」
大蛇の体から左手を引き抜く。
「ねえ! こっち!!」
大声を出すと、顔をそむけていた大蛇が私を見た。
「キラキラカッター!!」
自由になった左手から光り輝く刃が放たれ、大蛇の目を直撃する。
シュシャッアアー
締め付けられていた体が完全に自由になった。大蛇が大きく反り返り頭を振っている。
「やああー!!」
手斧を両手で握り締め、見えている軟らかそうなお腹目掛けて振り下ろした。2回、3回…。そしてお腹を庇うように頭が下がってきたところへ、その付け根、首ヘ手斧を水平になぎ払った。
動きを止めた白い大蛇が、淡く光り、消える。
そこに残ったのは、こう兄が集めていた黒い石だけ。
「…やった…やったよ…。こう兄、ピヨちゃん」
頭の中にレベルが上がったとアナウンスが流れた。ステータスを見るとLv8になっていた。
「あ、生命力が35だ…」
危なかったあ。
ポケットに入れていた、こう兄のポーションをありがたく頂く。
「…わっ! 甘い! 美味しい…炭酸抜けたサイダーだね、これ」
みるみる体が温まり、生命力が満ちていくのを感じる。
とりあえず元いた場所に戻ろう。
入り込んだ茂みから出ると、こう兄がお腹に手を当て、俯いている姿が目に入った。
「あー!! こう兄! ピヨちゃん! 待ってたよお」
私が呼ぶと、こう兄が細い目を見開き、力が抜けたように座り込んだ。
なに? どうしたの? お腹でも痛いの?
私は慌ててこう兄たちに駆け寄っていった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m∞感謝∞




