映画のように
「美波、どうだ? 大丈夫か?」
座ってデビルヒルの増血剤を受け取った美波に尋ねる。左腕の白いチュニックが赤く染まっていた。
「これくらいなんてことないよ! 傷もこう兄のお陰で残ってないしね」
その赤い腕で、力こぶを作るようなポーズをしてみせる。足元には渡していたオノカブトの手斧が置いてあった。
ビッグホーンをデビルヒル8匹が囲んでいるところに出くわしたのは、美波がキラキラ魔法を会得してすぐのことだった。避けて通れば良かったが、帰り時間を考え、焦り、判断を誤ったのだ。
全ての魔物から美波ばかり狙われていたのは、俺のほうがレベルが高いからだろう。
美波も魔法が使えない分、手斧を振り回し応戦したが、数が多かった。
俺がビッグホーンの相手をしている間に、デビルヒルが美波の腕を噛んだ。悲鳴を聞いてもビッグホーンがしぶとく、すぐに駆けつけられなかった。
なんとかビッグホーンのスキをついて、光魔法の解毒と小回復をかけることができたが、美波の足元の血溜まりを見て、俺はキレた。
気が付けばデビルヒル、ビッグホーンそこにいた全ての魔物を、雷光で滅多切りにしていた。
風魔法オーブはドロップされず、肉と増血剤だけだったが、肉は美波が大喜びだったので良しとする。今日は母さんに焼き肉をご馳走する気らしい。
Pちゃんがバッグの穴から覗き、
(ピ…航平が虫を殺すことに喜びを覚えたのは、いつのことだろうか、遠い記憶、あの感覚をもう1度と――)
(ミステリー風に言うのやめて! 怖いわっ! 喜んでないしっ!)
まあちょっと頭に血が昇った事は認める。
美波は俺の行動を気にもしないで、増血剤が塩入りトマトジュースの味だと喜んで飲んでいる。
「その服、破けて汚れちゃったな。帰ったら俺のTシャツ貸すわ」
「え?」
美波が微妙な顔をする。まあ男物のTシャツはでかいし、嫌か。
「う、うん。選ばせてね?」
なぜか引きつった笑顔を浮かべる美波に軽く頷くと、まだ穴から覗いているPちゃんに気になっていたことを確認してみる。
「なあPちゃん、デビルヒルは増血剤をドロップするだろ? トリッキースネークは毒消し剤、ビッグスラグは粘着剤…まあこれはいいや」
「ピ?」
「なんで魔力回復や生命力回復のポーションみたいなのが出ないんだ? もうちょっと下のダンジョンにいる魔物を倒さないとドロップしないのか、宝箱限定なのか…」
宝箱なんて黒いタグ箱とミミックしか見てない…しかも2つとも別物だし。
増血剤を飲み終えた美波がコルクのような木の蓋を差し込み、ありがと、と俺に空き瓶を渡す。
「ピ? 航平、何を言ってるんですピ? それらはドロップしませんピ」
「へ?」
「航平、回復ポーションは錬金術者や賢者、魔法使いが作り出すものですピ」
呆れたような物言いで、Pちゃんが穴からくちばしを出す。
いやいや、聞いてませんけど!? それどころかこの会話も初めてですけど!?
じゃあ何か? あのゴールドスライムの原液、全回復、欠損修復、蘇生はめちゃくちゃ価値があるんじゃないか? それこそ、い、1000万円とかお金持ちなら払うんじゃ…。
いや待て、美波や母さんが今みたいに怪我をしたらどうする?
しかも俺がいない所で…。考えただけでも身震いする。
目の前に1000万積まれても売らない。
まあ30万だって見たことないから、1000万円なんて想像もできないが。
「航平はさっきレベルが上がって、今光魔法4ですピ? 魔力回復は光魔法5以上ないと作れませんが、生命力回復ポーションなら、小から中まで航平でも作れますピ」
え!? そうなの!?
「凄いこう兄! ポーション作れるの!?」
うん、そうみたいだね…。知らなかったけど。
「丁度いいですピ。その増血剤の空き瓶に入れれば良いですピ。一度瓶と木の蓋を洗ってくださいピ」
言われた通り水魔法で綺麗に洗浄する。
「手のひらに水を溜めて、その水に中回復の光魔法を練り込んで…上手く調合できれば青く光り――」
Pちゃんの言葉の途中で、手のひらに溜めた水が青く光る。
「さすがですピ。それを瓶に入れて蓋を閉めてくださいピ」
俺はそっと光が収まりつつある水を瓶に移し、蓋を閉めた。小さな瓶の中で、半分程の青い水が揺れている。さっきよりは光が弱まったが、まだ淡く青く光っていた。
「…やった」
来たー! これはダンジョンが世界中に出現したら絶対売れる! ヤバい! 俺とうとう本物の100万とか見れちゃうかも!?
「くうう! 鑑定!」
生命力回復ポーション(中級):生命力回復100ポイント
デビルヒル増血剤の空き瓶使用。手のひらで生成。
製作者:サラリーマン(低)Lv24タドコロコウヘイ
…これは、まずいだろ。
「…Pちゃん、ポーションに製作者…俺の職業と名前が出てる」
「航平の魔力で作った物ですから当然ですピ。命がかかっている時に、出処不明のポーションなど誰が飲みたいと思いますピ? 製作者が分かることで、品質管理、偽造も防げますピ」
言ってることは分かるが…。
「…これじゃあ売れないな。俺ってバレる」
「鑑定レベルが5以上なければ、製作者まで分かりませんピ。鑑定1で回復ポーションであること、鑑定2で等級と回復ポイント数が分かるくらいですピ。しかも鑑定スキルを取得できる者もそんなにいませんピ」
「でも、バレることもあるんだろ?」
「確かに失われた世界には鑑定7レンズがありましたがー」
Pちゃんはまだまだ俺に言っていないことがありそうだ。
「まあいいか。まだ先の話だ。今は美波のレベルも上がったし時間も無い。テレポのところに急ごう。美波、これ持っとけ」
美波に生命力回復ポーションを渡す。
「100ポイント回復するから、俺の回復魔法が間に合わない時はそれを飲むんだぞ?」
「うん、分かった」
美波が手斧を肩にかけ、にっこり笑う。
血に汚れた腕、手斧…なにかホラー映画にありそうなシーンだと思ったのは、美波には内緒だ。
「そろそろテレポの巣に着くぞ。Pちゃん、今何時?」
「11時42分30秒になりますピ」
走るのを止めると、美波が息を切らせながら俺の横に並ぶ。
「ハアハア…。はあー、しんどいね」
「美波、まだまだですが、大分付いてこれるようになったですピ」
バッグの中で楽ちんそうなPちゃんが先生風を吹かせている。
「ほんと? やっぱり駿足1を取れたからかな?」
Lv7 田所美波(タドコロミナミ) 16才
種族:人間
職業:女子高生(高)
生命力:140/140
魔力:32/50
体力:22
筋力:15
防御力:20+35
素早さ:25
幸運:61
魔法:光魔法2
スキル:身体操作1 駿足1 気配探知1 魔力回復1
光魔法耐性2(仮)
加算装備:守りの指輪
(守りのバングルブレスレット)
随分上がったもんだ。美波を鍛えるためと、鑑定することは許しを貰っていた。
何より大きいのは魔力回復1のスキルを取得したことだろう。ダンジョン内なら10分に1ポイント回復するらしい。
俺のレベルを聞かれたが、なんとなく濁しておいた。そのレベルでこの程度? と思われたら、俺は立ち直れない。
「航平、テレポが何匹いるか分かりますピ?」
Pちゃんが小声で言う。
「気配探知には固まっているのが8匹だね」
「凄い、こう兄。私には何かいるくらいしか分からないよ」
「美波もレベルが上がれば分かるようになるさ」
俺の言葉に美波が嬉しそうに頷いた。
「航平、どうやって魔力丸を手に入れるつもりですピ?」
「それは俺に考えが……いた。テレポだ」
100メート先に7匹のテレポが草の上でゴロゴロしている。見覚えのあるふわふわの茶色い毛、三角耳は、6階のテレポたちより少し大きいかもしれない。
「え? どこ? 見えないよ」
「ピ。美波はあまり近づかないほうが良いですピ」
「大丈夫、大声は出さないよ。ピヨちゃん先生」
美波が俺から離れ、たたっと駆け出す。
「ピ! 美波! 駄目ですピ!」
「美波ー、教えた通り、大声出すな? 敵意も駄目だぞ?」
「分かってるって。こう兄が倒せないほど可愛いんでしょ? 私も見たいだけ。遠くからね」
美波が振り返り、片手を口に当て、小声で答える。
まあ近付かなければ、大丈夫だろう。黄色い叫び声を出さないかだけが心配だ。
念の為もう一度、気配探知を放つ。
1匹の気配が急速に俺たちに近づいてきていた。
「なにか来る! どこだ!?」
草原には魔物の影は見えない。
下だ!!
「美波っ!」
俺が叫ぶと同時に、美波の足元の地面からテレポが顔を出した。
「あれ? モグラ? こう兄! 6階にいるテレ――」
キュッ!
美波の腕を掴もうとした俺の手が、宙を掴む。
「…嘘だろ……?」
美波が、消えた。
それこそ、何かの映画のワンシーンのように。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 足の小指をドアにぶつけた。感謝が足りなかったようだ…




