それぞれができること
「ごめんなさい。Pちゃんに聞きたいことがあるんです。少し時間をいただけませんか?」
緊急報告会が終わり、遠野親子、紅音さん、母さん、ひとみさんと美津さんがログアウトし、徹さんがパソコンを落とそうとすると、最後までスクリーン上に残っていた二葉さんが声をかけてきた。
「ピ?」
「キュワ……」
Pちゃんが座布団の上で体を傾ける。マシロはあくびをひとつして、目をつむった。
「じゃあボクたちは行くよ。航平君」
千駄木オヤジと徹さんが会議室を出て、最後に先輩が手を振ってドアを閉めた。
「俺は、どうしよう? 出たほうが良いですか?」
「田所さんも聞いてくださると心強いです」
誰もいなくなった会議室で俺が迷っていると、二葉さんがにっこり笑った。長かった髪をバッサリと切り、肩に掛らないくらいのふんわりしたショートボブになって、可愛さが増している気がする。魅了スキルに当てられたのか、少し心がソワソワした。いやいや、俺には魅了は効かないはず……。
「それに田所さんも、私の『職業』を知っているのでしょ?」
「え? ええ、まあ」
「あの、田所さん。今、私の鑑定をお願いしても?」
スクリーンに映る二葉さんの顔が少し緊張していた。
今まで映像に対して鑑定なんてしたことないな……。
「できるかな……ああ、できますね」
Lv52 雁屋二葉(カリヤフタバ) 24歳
種族:人間
職業:ギルドマスター(高)、旗手(中)
所属:星
ランク/ランキング:D/13/14012
生命力1010/1010
魔力:610
体力:290
筋力:265
防御力:240
素早さ:295
幸運:69
魔法:光魔法3 火魔法3
スキル:呼吸法2 鑑定3 眼調整3
駿足4 心眼4 操心術4 魅了4
剣技5 身体操作5
「……なんか、凄く強くなってますね、二葉さん」
「福岡ダンジョンで鍛えてますから」
うふふと、二葉さんが白いブラウスに隠れた細い腕で力こぶを作る。
「職業が俳優からギルドマスターになって、レベルも上がり、旗手(低)が(中)になりました」
そこで腕を下ろし、顔にかかった髪を耳にかけた。
「……でも、旗手(中)なっても、私にはこの職業の意味が分かりません」
スクリーンの向こうで小さく呟く。
「だからPちゃんに?」
「はい。情けない話ですが……」
そう言って、軽く唇を噛んだ。
「本当にレベルが上がったことで(中)になったのですピ?」
Pちゃんが体を傾ける。
「え?」
「Pちゃん、鑑定したんだから間違いない。二葉さんは旗手(中)だ」
「ピ、レベルが上がったことによって(中)になったのかと聞いたのですピ」
「……そういえば、レベルが上がって、しばらくして変化しました。インスタライブを始めてからです」
二葉さんが驚いたように目を見開いた。
「二葉はなにがしたいのですピ?」
「私?……私は、みんなを守りたいです。みんなの生活を、みんなの大切な人たちを」
スクリーンの中から迷いのない眼差しで、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「ではそれが二葉の仕事ですピ。沢山の人間にその想いを伝えれば良いですピ」
Pちゃんが両羽を高く上げた。
「多くの人に伝える……私ができること……」
Pちゃんの言葉を噛みしめるように呟くと、二葉さんがペコリと頭を下げた。
「Pちゃん、ありがとう。やれることをやってみます」
「二葉さん、最後良い笑顔だったな」
テーブルの上で寝ているマシロを抱き上げ、電気を消して、誰もいなくなった会議室を後にする。
「二葉は頑張り屋さんですピ」
「頑張り屋か……俺もなにかしたほうがいいかな」
「航平もやりたいようにやれば良いですピ」
「やりたいようにって……」
「当初の、母さんと美波が悪漢に襲われないよう強くする目的は果たせましたピ」
「うん……」
「航平は無職なので、職業にも縛られていませんピ」
「うっ……うん」
「失われた世界は地上にも魔力がありましたピ。地上の魔力は更に濃くなり、多くの魔物がダンジョンから出てきましたピ。この世界はまだ魔力は分散するほど薄いので、魔物というより地上に放出される魔力によって起こる、気象変化のほうが深刻になってくると思われますピ。ただ全てのダンジョンを見つけ、常に魔物を倒し、魔力の流出を防ぐのは不可能に近いので、航平はやりたいことをやればいいと言うことですピ」
「……なんだか、やり残したことがないようにって感じの言い方だな」
階段を降り切り、足を止める。
「失われた世界のそれぞれの種族も、懸命に戦いましたピ。しかし田畑は荒らされ、森はなぎ倒され、海でも魔物に襲われ、食糧難となりましたピ。魔物を倒し食料品がドロップしても、到底足りませんピ。食べないと力が出ません、魔物を倒せません、悪循環ですピ」
「……まずは気象変化による危機、食糧難か。いくらレベルを上げても、天気が相手じゃ俺にはどうすることもできないな」
「ですから航平は、自分の思うように、やりたいことをやれば良いですピ」
肩の上で、Pちゃんが片羽を上げる。
「……そうだな。俺のできること……まずは品川ダンジョンの最下層に到達するか」
「航平が今攻略しているのは──」
「まだ地下43階……でも仕方ないだろ?」
品川ダンジョン地下43階、森林地帯の階段を降りようとした時、階段の隣に見覚えのある、蟻塚のような土の盛り上がりがあった。そこから突然テレポが顔を出したのだ。黒い体に潤んだ目。こんな所にと思った時にはもう、『強制転移』で5階の砂漠地帯に飛ばされていた。
「だってアイツら階段の隣に巣を作ってたぞ? セオリー通りなら一番遠い場所に作るはずだろ?」
「倒せば良いですピ」
「ムリムリ」
あんなカワイイ子たちに、刃を向けるなんてできるわけない。だってどう見ても少し寸胴な黒猫仔猫なんだぞ? マシロの黒バージョン。
「せめて更に下の階層に飛ばしてくれればなあ。そしたらマシロも行ったことのある階層になるから、任意転移できるのに。下層に飛ばされるまでやるか、餌付けして通してもらうか」
倒せないからこの二択しかない。
「ピ、私のケーキとクッキーとチョコボールは駄目ですピ」
Pちゃんが両羽をクロスさせ、バッテンを作る。
「……分かってるよ。この前はつい油断して、何匹いるか探らなかったからまた行ってみる。甘い物買って」
「ピ! ついでにシュークリームも買ってくださいピ! マシロが食べたいと言っていましピ。顔をシューに入れて、中のクリームを吸うのがマシロは好きなんですピ」
「Pちゃんの食べ方じゃないか……食いしん坊め」
「ピ! 失礼な!」
「キュゥ……」
手の中で丸まって寝ているマシロが小さく鳴く。
「マシロの同意を得ましたピ」
Pちゃんが両羽を腰に当てドヤ顔をした。いや、うなされただけだろ、今のは。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 世界がどうなっていくのか……願わくばハッピーエンドでひとつ……。
誤字報告ありがとう!




