Pちゃんの通訳
『さあ、どうぞ』
アレンが後部座席のドアを開けてくれた。イーサンはすでに助手席に乗り込んでいる。
「センキュー!」
美波がお礼を言いながら中に入り、母さんと俺は会釈をしてその後に続いた。アレンがドアを丁寧に閉め、左の運転席に自分も乗り込む。
「Ok?」
短い金髪でハリウッドスター並にカッコいいアレンが、後ろを向いて確認してきた。背も180以上あるし、目尻の少し下がった青い目は、何より優しげだ。
「オッケー!」
美波が元気よく答える。緊張するなんて言っていたが、今じゃすっかりその緊張は解けている。アレンが軽く頷くと、車をゆっくり走らせ始めた。
「ここからどれくらいかかるんだろうね? わあっ、広い道路……お母さん見て! 面白い建物がいっぱいあるよ!」
美波が母さんの腕を引っ張り、流れていく窓の外を指さす。
「ほんとねえ、ピラミッドにスフィンクスまであるし……あら? あれはエッフェル塔?」
二人が窓の外に釘付けの間、ウエストバッグの2つの丸窓を確認する。片方の窓の中ではマシロが丸まって寝ているのが見え、もう片方の丸窓の中で、Pちゃんが羽を上げた。
(航平、上手くいきましたピ?)
(ああ、助かったよ。通訳。Pちゃんに言われたとおり話したら通じたみたいだし、ホント良かった……。でもPチャンネルがこんな遠くまで届くなんてな)
(『魂の絆』に距離は関係ないですピ。後でマシロにアイスクリームをあげてくださいピ。このバッグの中への転移は目標が狭いので難しかったようです、もちろん私にもチョコアイスクリームをくださいピ)
(分かってるよ。アメリカはアイスもジュースもなんでもデカいっていうし、楽しみにしててよ)
『ナギコは何をしてる人? ボスから失礼のないようにと念を押されててね。よっぽどの役職なんだろう?』
助手席で外を眺めていたイーサンが、興味のなさそうな声色で何かを聞いてきた。名前の出た母さんが首を傾げ俺を見る。
(母さんがなんの職業か気になるようですピ。さっきみたいに私の言うとおりに話してくださいピ)
「母さんの職業を聞いてるんだよ。えっと、『母さんは職業組合の支部長で、今回の家族旅行は組合長からのご褒美です』」
『ふうん、特別重要ポストじゃなさそうだな。それであんな豪華なホテルに泊まれるんだ? 羨ましいねえ。その組合長の愛人か?』
『おいイーサン! やめろ』
『なんでだ? こんなガキ二人と女ひとり、俺たちが護衛するなんておかしいだろ? 愛人以外考えられるか? まあなんも考えてなさそうだから、俺たちがいなきゃ、あっという間に身ぐるみ剥がされそうだがな』
『おい、いい加減にしろっ! すまない、腹が減るとこいつ機嫌が悪くなるんだ』
(Pちゃん、なんだって? なんかイーサン怒ってる? アレンも慌ててるし)
(豪華なホテルに泊まれるのが羨ましいみたいですピ。あとイーサンはお腹が空いて機嫌が悪いらしいですピ)
(Pちゃんみたいだな……。それは待たせた俺たちのせいだ。もう一回ちゃんと謝りたいんだけど)
(ピ……分かりましたピ)
『母さんは仕事のできる優しく素晴らしい人です。美波もガキじゃないし、お前よりずっと強いです。ちなみに俺はもっと強いです。冗談も大概にしろよ? 赤頭。お腹が空いている事には同情する』
後ろを振り返っていたイーサンが呆然と俺を見る。
……あれ? 通じない? なんかストロングとかワードが入ってたけど……。
『……あはは! 良いねえコウヘイ! うちのリーダーにそこまで言える奴はいないよ! あはは!』
『笑うな……』
イーサンがぷいっと前に向き直る。
「こう兄なんて言ったの?」
「ん? イーサンが腹減って機嫌が悪いっていうから、謝ったんだ」
「なぜアレンさんは大笑いしてるのかしら?」
母さんが不思議そうに首を傾げた。
「さあ?」
アレンの笑い声が止まらない中、車は巨大な建物の中へ入っていった。
『じゃあまた。何かあればそこに電話くれよ』
アレンがくれたカードには『アメリカ合衆国陸軍特殊歩兵部隊所属:Allen Adams』名前と電話番号が書いてあった。
『ありがとうございます』
俺は丁寧に受け取り、ポケットにしまった。俺たちは3泊4日の旅だ。まあ時間もないし、こっちの探索者と関わることはないだろう。アレンとそっぽを向いているイーサンの左首筋に、六芒星のレベルタグがある事には気づいていた。
俺のタグには二人とも気づいていないようだ。こっちで怖い人に絡まれたら嫌だからと、バンソウコウを貼って隠しといて良かった……。母さんの手首のタグも、腕時計で隠れているしね。
「Bye!」
「バイバーイ!」
二人に美波がブンブン手を振り見送った。
「行っちゃった。良い人たちだったね。アレンは優しいイケメンさん、イーサンは素っ気ないイケメンさん」
「そうね、イーサンはツンデレキャラね、きっと」
母さん、ツンデレなんて言葉なんで知ってんだ?
「さあ、チェックインしちゃいましょう」
「母さん、部屋番号は?」
ホテルの名前は聞いていたが、部屋番号は母さんから知らされてなかった。
「んー、知らないの。長は名前を言うだけでいいって言っていたから、大丈夫でしょ」
「へえ、そういうもんなんだ」
如何せん初めての事で、勝手がよく分からない。母さんが豪華なロビーを通り、カウンターに向かうのについて行く。
「サインね?」
母さんが受付でサインを済ませると、ビシッと制服を着た男が俺たちの荷物を持って案内してくれた。きらびやかな廊下を通り、一番奥のエレベーターに鍵を差し込みボタンを押した。
「あら? 直通?」
停止階のボタンがないエレベーターに乗り込む。60階でエレベーターが止まった。
『プレジデントペントハウスになります』
制服を着た男が中に荷物を運び込む。そこは白を基調とした、とにかくオシャレで広い部屋だった。ソファーにデカい壁掛けテレビ、そこかしこに現代アートのオブジェ、女性の絵が飾られ、窓の外はラスベガスの街が一望できた。
「すごい……あ、チップ」
チップを渡そうとすると男はにこやかに手を振り、部屋を出ていってしまった。
「お母さん、ここってすごくない?」
「ええ、すごいわねえ」
「そういえばイーサンが、豪華なホテルに泊まれて羨ましいって言ってたよ」
「確かに豪華! ラスベガスってすごいねえ。見て! カップアイスが入ってる! ジュースも」
すでに探検を始めていた美波が冷蔵庫を開ける。
「待て待て! 冷蔵庫の物は高いはずだ」
「大丈夫、長が何でも好きに食べろって言ってたわ。タダなんですって」
母さんがうふふっと笑った。
「航平! アイスクリームくださいピ!」
「キュイ!」
腰に着けたバッグの中から、Pちゃんとマシロの声がする。バッグの上部を開けると、ふたりが飛び出してきた。
「ピヨちゃん! マシロちゃん! いつの間に!?」
「さっき着きましたピ。それよりアイスクリームピ」
「キュイキュイ」
「じゃあ喉も乾いたでしょう? ジュースも飲む? 二人も?」
母さんがキッチンからグラスを取り出した。
「飲む飲む! これでみんなそろって、家族旅行になったね!」
美波がエヘヘと笑う。それは本当に嬉しそうな笑顔だった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m ほふく前進……
誤字報告ありがとう! くう! お恥ずかしい!




