千駄木オヤジからのご褒美?
目の前でなにが起きたのか、俺は理解できずにいた。
『なんだよ……なにやってんだお前……おい、ベン?』
曇った空を虚ろな目で見上げるベンに問いかけても、返事は帰ってこない。
starG8321/9235 Ben Mogan Lv4 dead
首のstarに触ってもいないのに、勝手にレベルタグスクリーンが出現し消える。そこには血溜まりの中、仰向けに倒れているベンだけが残った。
『ひぃっ! クライド! ヤバいぞ……クソッ』
アルフが辺りを警戒しながら、ジリジリと後退る。
『待てよ、まだベンが……』
『もう奴は駄目だ! スクリーンに出ただろっ! 俺は行くっ』
走り出したアルフの背中を呆然と見つめる。どうにも足が動かない。その時ベンの血にまみれた体が一瞬動いたように見え、急いで近寄った。
『……おい、ベン!』
相変わらずベンは、生気のない目で宙を見ているだけだ。そうしている間にベンの体が、硬い岩盤の中にズブズブと沈んでいく。動いたんじゃない。動かされたんだ……。
『クソッ! どうなってんだ!』
ベンのソードをバックパックに差入れ、首にかけられた銀色のドッグタグを引きちぎり、走り出す。足が鉛のように重い。まるでベンが置いていくなとすがっているかのようだった。
突然現れたあいつはまるで無数の刃を持ったトルネードの様に回転し、立ちすくんだベンを切り刻み去って行った。
聞いてない……あんなのが2階にいるなんて聞いてない!
1階へ続く階段まであと少しの所で、うつ伏せに倒れているアルフがいた。背中が真っ赤なのが遠目でも分かる。
『アルフッ』
仰向けに抱き上げたアルフの体はまだ温かい。呼びかけに反応し、アルフの目が微かに開き俺に笑いかけた。
『……すまない。お前を置き去りにした罰だな……ダチなのに』
抱き上げたアルフの腹から、血が溢れて止まらない。
『……神よ……お許しを』
そう小さく呟き、目を再び閉じた。ガクリと首が下がる。
『おい! しっかりしろっ! 階段はすぐそこに……』
starG8245/9234 Alf Cnnor Lv5 dead
……クソックソッ! クソッタレ!
地面についたアルフの踵が、ズブリと沈んでいく。いくら引っ張り出そうとしても抜けなかった。体は諦め、アルフのドッグタグを取る。
俺は死なない!……死んでたまるか!
目の前に階段に飛び込もうとした時、背中に強い衝撃を受け、そのまま前に倒れ込んだ。背中が燃えるように熱い。バックパックが背中から切り離され、熱く脈打つ場所を手で触る。触った手が、ぐっしょりと濡れる。倒れたまま後ろを見ると、異様な姿のあいつがそこにいた。
……クソ、もう駄目だ……お前は一体、どっから来たんだ?
自分のドッグダグをなんとか引きちぎり、ベン、アルフのドッグタグと一緒に階段の一段目に置く。
……せめてこれだけは、ダンジョンに食われたくねえな
そこで意識がプツリと途絶えた。
コンコンッ ガチャッ
『おいイーサン、上層部から調査要請がきてるぞ』
『……うん、無理』
ノックと共に部屋の明かりをつけられ、暗闇を求めベッドに潜り込む。まだ日も昇っていない。
『下士官の二等兵3人がやられたらしい。二人が死亡。ひとりは意識不明の重体だ。……本物の陸軍兵士の初めての死者だ』
『……どこで?』
ベッドの中から同僚のアレンに尋ねる。
『サンフランシスコ市トレジャーアイランド』
『トレジャーダンジョン? あそこはそんなにモンスターレベル高くないだろ? 何階? イキって4階とか行ったんじゃないか?』
『いや、どうやら地下2階らしいぞ』
『2階? 初心者か?』
思っていたよりも浅い階層に、思わずベッドから顔を出す。
『ランクはstarGだが、Lv4、5。Lv9の奴が重症者だ。そいつも背中に新しいソードを入れてなかったら、間違いなくお陀仏だったらしい。他2名の遺体はない』
『あの黒い刃紋のソードか……。他の奴はモンスターに食われたらタグは残らないし、ダンジョンに呑まれたんだろう』
軍部がドッグタグを背負わせたネズミで検証した結果、死んでからしばらくすると死体は地面に沈んで消えるが、無機物はその場に残ることが分かっていた。
『まあ、死んでしまえばどっちでも同じか。軍葬?』
『いや、探索者自体が秘密事項だからな。何もしないだろ。だから親兄弟のいない者を集めたわけだし。俺も、お前も』
ブロンド短髪のアレンがふうっと天を仰いだ。
『3枚のドッグタグ、随分重いな』
アレンの呟きにああと頷きながら、ベッドから出た。完全に目が覚めてしまった。時刻は朝の5時。ここラスベガスからトレジャーアイランドまで車で5時間はかかる。
『アレン、朝食は"ホットバード"のフライドチキンがいい』
『え? またかよ……好きだからって朝からそんなの食うやついないぞ?』
『いいじゃないか、旨いんだから』
『はいはい分かったよ、リーダー』
アレンが大げさなため息をついた。
同日22時、東京
「それでね、冬馬君がその『気配探知図』を製作するまで、品川ギルドは閉鎖。品川の探索者は八王子ダンジョンに潜るらしいわ。今月中にできるかも分からないって、冬馬君も徹さんも青ざめてたから、お母さん、連休ができちゃった」
うふふと母さんが悲しそうに笑う。うん、嬉しそうだな。思えば母さんはずっと働きづめだから、たまにはゆっくりしても罰は当たらないだろう。それにポーションや魔石を売って、金銭的には俺もずいぶん余裕が出てきたから、母さんひとりくらい温泉に連れて行ける。
「じゃあ、温泉でも行く?」
「えー! ほんと!? それって家族旅行みたい! 行きたい!」
美波が自分も行けるものだと思ったのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
そういえば家族旅行なんて行ったことがない。なんだか急に美波が不憫に思えてきた……。
「でもお前は学校だろ?」
「旅行再来週にして! そうしたら文化祭の振替休日で4日間休みがあるから。もちろんピヨちゃんとマシロちゃんも一緒に!」
「お前そんなに長く……宿代だって」
「ねえみんな、実は長が自衛隊員を守ったご褒美にって、海外行きの旅行券くれたの。行く?」
「……きゃあー! 行く行く! はってでも行く!」
「お母さんも!」
母さんと美波が、もうトランポリンをやってるんじゃないかというくらいに跳ねる。
「ちょっと待った! 海外って……行けないだろ? パスポートなんて高級品、みんな持ってないんだから」
「それがね、澤井さんがパスポート申請してくれるみたいなの。私たちは書類を書いて、1週間後に取りに行くだけですって」
母さんが、うふふと笑う。
「パスポートなんてすごいねえ」
「ほんとねえ」
美波と母さんが、うっとりと呟く。
「なんか至れりつくせりだな……場所はどこ?」
どうも怪しい。千駄木オヤジがなんの見返りもなく動くか?
「ラスベガスですって」
「ラスベガス……たしかカジノだよね!? きゃあぁ! カジノ!……カジノって、何するんだっけ? お母さん」
「たしかサイコロで、半! 丁! って感じじゃないかしら?」
「へえ……ハンチョウってなあに?」
美波が首を傾げる。
……絶対怪しいだろ!? 田所家に一番縁のない場所にご招待なんて!
読んでくれてありがとうm(_ _)m パスポートって高いよね……




