蟻たち
「ピ! 航平! ダンジョン自体を攻撃したというのは、どういうことですピ!?」
「キュイ?」
「……なんです? この愛くるしい生き物は。今どこから」
突然会議室のテーブルの上に転移してきたマシロとPちゃんに、紅音さんの震えた声が響いた。
「ピーチャンとマチロですよ。だいじょーぶよ、こわくないですよ」
Pちゃんが怖がっていると思ったのか、エミが身を乗り出して、そっとふたりをなでる。
「……ピィ、エミーナ、もう大丈夫ですピ」
「キュイィ」
「この子たちがPちゃんとマチロちゃんね。じゃあ僕もモフらせて……」
伸びてきた櫻井先生の手をするりと躱し、ふたりが俺の両肩に乗ってきた。
「Pちゃん、ある国がダンジョンに爆弾を仕掛け、爆破した」
くうう……と呻いている先生を無視して、千駄木オヤジがPちゃんに話かける。
「俺の警告が届かない、内戦が続いている地帯での話だ。にらみ合いが続く中、境界線上に前日にはなかった穴が空いた。両者共相手が夜中のうちにこっそりと塹壕を掘ったと思ったんだろう。階段もあるしな。……ふんっ」
千駄木オヤジは息を吐くと、先を続けた。
「ダンジョン内に入った者が、中で何かが動く気配を感じて爆破したらしい。どのみち敵だからと、相手の確認もせずにな」
「……で、どうなったんだ? オヤジさん」
「長と……まあいい。情報提供者によれば爆破後、崩れた地面から数匹の巨大な虫が這い出してきて、皆食われたそうだ。銃も効かず、皆が逃げまどい隠れていたところで、虫は徐々に動かなくなり、いつの間にか消えたそうだ。……徹」
皆が息を呑む中、徹さんがパソコンを操作して一枚の写真をスクリーンに映し出した。
「ダンジョン爆破後の、その地域を映した衛星写真です」
日本の衛星写真でよく見かける、台風の目がある小さな渦巻きが写っていた。コマ送りのように画像が動き、雲の流れが映る中、その小さな渦巻だけは動かない。
「この小型サイクロンは2週間、この地域に留まっていました」
「サイクロンって台風でしょ? 2週間も同じ場所なんてこと、あるの?」
美波が首を傾げる。皆が同じように困惑の表情を浮かべていた。
「まずありえないよ、美波ちゃん」
徹さんが答えると、千駄木オヤジがPちゃんを見つめた。
「Pちゃん、これは今回のダンジョン爆破と、関係があるんだろう?」
千駄木オヤジの言葉に、皆が一斉に俺の左肩に止まっているPちゃんを見る。Pちゃんが静かに話し出した。
「ダンジョンは自己再生しますピ。魔力を破損した場所に流し、より強固なものにしていきますピ」
俺が落ちた地下10階に繋がったダンジョンの穴も、しばらくしたら塞がってた。
「ダンジョンの入り口、上層を破壊すれば、魔力は表層近くに集まってきますピ。地上では魔力が拡散してしまうため、より大量の魔力が集まり修復することになりますピ。魔力溜まりは気圧が低い、この事は皆も知っていますピ?」
Pちゃんが片方の羽を上げる。
「低気圧、か」
徹さんが呟いた。
「え? どういうこと?」
美波が首をひねる。
「ダンジョンが破壊され、魔力によって局地的に低気圧が発生して、天気がおかしくなったんだよ」
冬馬が小さな声で答えた。
「でもP様、魔石を使って電気を作っていますが、特に天候は変わりません」
先輩が慌てたように言った。
「異世界からダンジョンに流れ続ける魔力と、結晶化した魔石を使うのとでは、エネルギー量を比べるまでもありませんピ。砂糖の山から蟻がひと粒食べたところで、砂糖の山は崩れませんピ。上からはまだ砂糖は降り注ぎ、山は大きくなっていきますピ」
「……俺たちがしていることは、せっせと砂糖を運んでいる蟻、か」
つぐみさんがぼそっと呟く。会議室がしんと静まり返った。うん、これはPちゃんが悪い。
「あー、Pちゃん。完全に皆の気持ちが沈んじゃったよ? 俺はPちゃんの独特な、一風変わった考えに慣れているから良いけど」
「ピ!? 独特なと一風変わったは、同じ意味合いですピ!」
「……クククッ」
俺たちのやり取りを見ていた先輩が、突然の笑い出した。
「良いじゃないか……面白い。ボクたちはせっせと砂糖を運んで、せいぜい美味しく頂こう! クククッフゴッ! ……失礼」
礼儀正しく先輩が謝ると、会議室の緊張が一気に解けた。
「フハハ! よく言った薫! 砂糖に埋もれて死ぬなら本望!」
「ええ? そんなの嫌に決まってんじゃん」
「冬馬、長にそんな口のきき方はいけません」
「じゃあ私たち、女王蟻ってところかしら?」
「ひとみは女王様って感じ」
「美津ったら、そんな上手いこと言って」
「俺は辛党ら」
「おじいちゃん、そんなこと話してないでしょ!」
「……定爺さんは飲み過ぎだ。体を大事にしないといけない」
「マチロちゃんをモフって良いですか?」
わいわいと話す皆を、遠野親子が楽しそうに見ている。澤井さんと美波がコーヒーを入れ直していると、母さんが俺に近づいてきた。
「皆さん良い人たちね。航が紡いだ縁よ? 大切にしなさい」
「なんだよ? 急にー」
心眼5の母さんの目に、狂いはない。
「……うんまあ、俺に出来ることはするよ」
美波と母さん、Pちゃん、マシロ以外にもいつの間にか、守りたい人たちが増えていたことに気がついた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 今日もギリギリ




