老若男女
「そうか、美波は16歳か。俺は18だ。このおっさんたちの中で一番歳が近い」
冬馬が視線を合わせることなく、頷きながら呟く。……お前、さっきの勢いは何処へ? テンパってたの?
「うん、そうだね。でもおっさんって言うのは止めた方がいいよ。目上の人に失礼だと思う」
「え? ……でもおっさんはおっさんー」
美波が冬馬の言葉を軽く流し、俺の腕を引っ張った。
「ねえこう兄、ピヨちゃんたちも食べ終わってるだろうし、そろそろ行こうよ」
美波は乱暴な言葉遣いや、嘘が嫌いだからな。もうすでに、冬馬にはあまり良い印象を持っていなさそうだ。
「ああ、そうだな。先輩、色々ありがとうございました」
「いや、美波またおいで。姉さん待っているから。クククッ!ウフン……」
先輩が鼻を摘みながら笑いかけた。……相変わらずの残念ビューティー。
「はい! ありがとうございます。じゃあ徹さん、冬馬君もまた」
頭を下げ、顔を上げるとニコッと笑った。
「うん、またおいでね」
「……こうへー、これからどこ行くんだ?」
冬馬が俺を見て聞いてきた。
「ん? 家帰って、ダンジョンに潜ろうかと」
「俺も行く」
冬馬が椅子から立ち上がり、徹さんを振り返る。
「徹、今の俺の解読レベルじゃタグの詳細は分からない。もっとレベルを上げないと」
「なるほど……。田所くん、冬馬も一緒に良いかな?」
「それは構いませんが。冬馬、美波に合わせるから、ちょっとキツい階層に行くけど大丈夫か?」
「ああ、望むところだ」
なぜか顔を少し赤らめ冬馬が頷く。反して美波の眉間にシワが寄った。お前も顔に出すぎだ。
「まあ冬馬が解読出来ても、それをいかせるか分からないけどね。私に道具作製のスキルがあればと思うよ」
「兄さんは他にたくさん有用なスキルがあるんだ。それ以上求めるのは、いささか欲が深いというものだよ」
珍しく自嘲気味に言う徹さんに、先輩が笑いかける。
「道具作製スキル……ああ、美波! ちょっとここで待ってて」
「え!? 何? トイレ?」
「違う。でもすぐ戻る! あ、徹さん、道具作製のために必要なものがあるんですが、頂いても?」
「ああ、澤井に言えば用意してくれるよ。いくらでも持っていってくれ」
「ありがとうございます!」
俺は返事もそこそこに、Pちゃんたちがいるダイニングに向かった。
「こんにちは」
「あれ? 航ちゃん?」
「なんらおめ、もう来たのけ?」
暗い鍛冶場で、ゆんと小槌を振っていた定爺が、ちらりと俺を見てまた鉄を打ち出した。
「はい。定爺にお願いがあって」
「俺はまだ、おめを認めてねえら」
そうだった。ゆんが俺の所に泊まっていたと勘違い……まあ泊まっていたのは本当だけども……。違うんだ!
「ピ! 定爺、カッコいいですピ」
「キュイー」
肩に乗ったPちゃんとマシロが手を上げる。確かに黒いタオルを頭に巻き、黒い作務衣姿で小槌を振るっている姿はいつ見てもカッコいい。とても86歳には見えない。
「なんらあ、ピイ助に真っ白も来たのけえ。唯、休憩ら」
手を止めるとカーテンを開ける。薄暗かった鍛冶場が明るくなった。定爺はPちゃんを話すオウムと思っていて、不思議とも思っていないようだった。
「定爺、ちょっと一緒に来てもらいたい所があるんだ。これはそのお礼といっちゃ何だけど」
澤井さんが用意してくれた桐の箱を見せる。
「おめ……こりゃあ『桃源郷朝露』幻の雫酒ら! しかも中瓶……」
わなわなと震える両手で木箱を掴むと、座り込んで蓋を開ける。
「間違えねえ、ほんもんらあ。死ぬまでに一度飲んでみたかったけえ……。いくらあ金積んでも、手に入らねえと聞いたが」
……澤井さんがあっさりくれたけど、後で支払いはした方が良いかな。千駄木オヤジのだろ、これ。……おいくら万円だろうか。
「……代わりにと言っては何なんだけど」
「分かったけえ。おめの覚悟を見た。唯をやる」
「やだ、おじいちゃん。私たちまだそんな関係じゃ……」
日本酒であっさり陥落するなよ! 孫の未来でしょ!? ゆんもモジモジしながら言わない!
「違う違う! そうじゃなくて定爺の力が必要なんだ」
「俺の?」
「ゆん、定爺にも話すぞ?」
唯がこくりと頷くのを見てから、俺は自分に起きたことを話した。これから起こることも。
「ピ!?」
「オウムにしては、ちびて太っとるけえ、おかしいと思っとったんだあ。ぬいぐるみけえ」
両手で持っていた酒の箱を脇に挟むと、Pちゃんを片手で掴み、もみもみしだした。
「ピ、定爺……パンケーキチョコソースが出ますピ」
「エッチでもピイ助はピイ助だあ。真っ白も。俺に出来ることがあるなら、協力するけえ」
「おじいちゃん『叡智』だよ」
「そう言ったけえ、エッチ」
「じゃあゆん、定爺を借りていくね。大丈夫、潜るわけじゃない。知恵を借りるだけだよ」
心配そうに定爺を見ているゆんに声をかける。
「やっぱりあたしもー」
「無理ですピ。マシロのレベルでは、ダンジョン外では大人ふたりが最大数で、体力的にも3回が限度ですピ」
定爺の手から逃れ、俺の肩に止まりながらPちゃんが言った。
「そうなの!?」
「マシロ自身が言っているので、間違いありませんピ」
確かに転移した後は、マシロがやけにお腹を空かせていたような……。
「……ゴメンなマシロ。たくさん使わせちゃって。先輩の所へは、電車で行くか」
これで転移を使ったら、3回目だ。
「キュイ!」
肩に乗ったマシロが小さな手で自分をトンッと叩くと、転移の鳴き声を上げた。
「……ありがとな、マシロ。定爺、行くよ!」
「電車乗るんなら、駅ー」
定爺の言葉を残し、俺たちは千駄木家のダイニングへ転移した。
「もう、こう兄! 遅いよお。10分以上……あれ? 薫姉さんのおじいちゃん?」
「サダナリさん! どうしてここに?」
俺の横で酒の箱をしっかりと持った定爺を見て、美波が首を傾げ、徹さんが驚きの声をあげる。
「さて? 真っ白が銀色になって、次はここにいたら。徹さんの家けえ」
定爺も首を傾げる。
「マシロは澤井さんにご飯もらってます。なぜかPちゃんもですけど……。ちょっと休ませたいんで、しばらく見ててもらっていいですか?」
「それは構わないが、航平君、この方を連れて来た意図はなんだい?」
「定爺は『道具創造』のスキル持ちです。ダンジョンの事も話しました。魔力移譲されてないので、何となくなんでしょうが。でも徹さんの力になってくれると思います」
「……『道具創造』か、それは凄いな」
「魔力移譲ってえ、おめがいう『男女』にあるら?」
「うん、これから俺はそこに行ってくるから、定爺は徹さんの道具の相談に乗っててよ。美波、冬馬、電車で帰るぞ」
「えー、澤井さんに送ってもらおうよ。それかタクシー」
「マシロちゃんたちは?」
二人が同時に声を上げた。
「澤井さんにはマシロたちをお願いしてる。タクシーは論外」
「俺も行くら。電車でええけえ」
「そう電車で……ってなんで定爺が!?」
隣で俺を見上げる定爺と目が合う。
「その魔力移譲っちゅうもんをもらえば、何となく感じていたあの感覚が、はっきりするら?」
「うん、まあ……多分。でも定爺に何かあったらー」
「俺は協力すると言ったで。男に二言はねえら」
定爺が俺の腹を軽く叩いた。
「じゃあボクが送ろう」
先輩がにっこりクールビューティーに微笑む。
「そしてボクもダンジョンに入る。クククッ! フゴッ」
「やった! 薫お姉さんと、定爺さんと一緒なら嬉しい」
「俺もいるって……」
えええ……大所帯。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 老若男女パーティーじゃ! そしてたくさん(これはこれで問題だな)誤字報告をくれた方、時間使ってくれて本当にありがとうm(_ _)m




