徹さんのおもちゃ箱
「レベルタグといえば……そうだ、兄さんが今していることを見てもらっていいかい? P様とマシロはまだ食べ足りないようだから、ここで待っててもらおう。澤井」
澤井さんがすっとドアを開け入ってくる。
「P様たちを頼む」
「はい」
ついて来てくれと、開いたドアから廊下に出た。美波が肩を狭め、そろそろとその後に続く。きっと何も触れないよう細心の注意を払っているのだろう。いい心がけだ。先輩の書斎とは違う扉の前で立ち止まり、軽くノックをする。
「兄さん、入るよ」
「ああ、いいよ」
中から徹さんの声と、微かな機械音が聞こえた。先輩が扉を開けると、そこにはスチール製の広い机の上に小型のロボットアームが2台置かれ、一段下にもう1台、そのまた下に木箱が置かれていた。3本のアームが忙しなく動いている。部屋の隅には、蓋がカマボコ型の木の宝箱が9個、整然と並べられていた。
「やあ田所くん。それに君は……妹の美波さんだね? 初めまして、薫の兄の徹です。君のお兄さんに、兄妹共々命を救ってもらったことがあるんだよ」
そう言って、紺色のパンツに白いサマーセーターを着た徹さんがニコッと笑った。
「はひ! いつもこう兄がありがとうございます!」
しまった! 美波は恐怖耐性しか持っていない。魅了5の徹さんの微笑みに耐えられるはずがない。
「田所くん、大丈夫。スキルコントロールはしているよ。田所くんには効果がないからやっていなかっただけで」
見透かしたように徹さんが微笑むと、美波が赤い顔のまま、首を傾げた。なんだ、ただイケメンに見惚れただけか。
「徹さん、この機械はなんですか? レベルタグの箱を開けて、閉め……もしかして?」
「ああ、レベルタグのストックを作っているんだよ。今現在タグ箱はひとつだからね。今後ダンジョンが高確率で出現する6ヶ所にも、タグは置いておかないといけないから」
「クククッ。蓋を開く、タグを取り出す、蓋を閉める、タグを宝箱に詰める。その作業ロボットは兄さん手製だ。変人だろ? クククッフゴッ」
変人兄妹。
「別に既存のアームをレベルタグ用に改造しただけだよ。変人とは心外だね」
徹さんが軽く肩をすくめる。
「一体どれくらい作ったんですか?」
「1秒で1枚、1時間で3600枚だね。日本の18歳以上の人数、地域等を計算すると、それぞれ1万枚は確保しておきたい。ただ想定数以上にダンジョンが出現する可能性もあるし、10万枚は作っておこうと思っているよ。28時間弱で生成出来るしね。ちなみに宝箱ひとつ1万枚のタグが入っている」
「ずっと作っていたんですか?」
驚きを隠せないでいると、ははっと徹さんが首を振った。
「まさか。これでも他にやることがあるよ」
そりゃそうだ。公務員だもんな。ずっとタグに掛かりきりにはなれないだろう。仕事あるし。
「レベルタグの箱に入れる魔石だけど、大きさや色の濃さで、タグを作れる枚数が変わるんだよ。この親指の爪くらいのキラーアントの魔石では、タグは10枚。トリッキースネークが30枚、棘蛙50枚、アンシリの魔石で100枚だ。ギルドに置く1万枚のタグを作るのに、アンシリ級の魔物を100匹倒さないといけない。ただ田所くんが支払った中にあった雷竜の魔石、あれは1000枚。魔鉄喰いが5000枚だった」
机に置かれたパソコン画面を開きながら、どの魔物がどれくらい生成出来るか説明してくる。
「魔石のエネルギー量をタグ生成量で算定しているところだよ。それからこれも見てくれ」
白い機器を、机の空いた空間に置く。中型のシュレッダーのようだが、吸入口は俺の拳がすっぽり入るほど、広く取られていた。
「これは?」
「色差計と、大きさを判別するAI学習機能を搭載した試作品だよ。例えばー」
電源を入れ、緑の小さな光が点灯するのを確認してから、持ち運び用の窪みと思っていたところに、左の人差し指を入れる。ピッと、Pちゃんが鳴いた時のような音がし、徹さんがブラッドバッド、ビッグスラグ、蚊などの魔石を上部が開いている吸入口から、カランッと中に入れた。白い機器が微かに振動する。10秒ほどで緑の点灯が青い点灯に変わった。
「判別が終わった。もし魔石以外の物、例えば黒曜石や黒いガラス等を入れると、このライトが赤く点滅して警告音が出るようになっているんだ。青く点灯したらこのボタンを押してー」
ボタン横の隙間から、レシートのような白い紙が出て来た。そこに書かれていたのはQRコードのようなマークが中央にひとつ。
「これをこのボックスに入れる」
部屋の隅に置かれた、コンビニに置いてあるようなATMの液晶画面に、また左手の人差し指をつけると、そのレシートをカードを入れる所に差し入れた。紙が吸い込まれる。
「これで私の登録口座に、魔石の買取金額が振り込まれた。このまま引き出しも出来る」
「えーと……これは?」
「まずこの白い機器『魔石鑑定器』とでも言うかな。指紋認証後……本当はタグの星印で認証したいところだけど、その技術はまだないからね。これが魔石の濃淡を判定して、大きさを判別する。登録した魔石を基準として査定価格が出る。情報が入ったQRコードが排出され、それを指紋認証ATMに入れれば、支払いが受け取れるという仕組みだよ。もし他人のQRコードの紙を入れても、認証で弾かれるようになっているんだ」
「はあ……凄いですね」
「まだまだ改善の余地はあるけどね。これから冬馬も来るから、冬馬の『解読』スキルで星印の謎が少しでも分かれば、認証に使えるかもしれない」
「……あの、なんでタグの入れ物が宝箱なんです?」
不思議に思っていた。徹さんにしては工夫がないような……。
「宝箱の方がワクワクしないかい? 探索者登録をする時に、そこからタグが出てきたら」
徹さんが楽しそうに笑った。ただ呆然と部屋の機器を見ていた美波がくすっと笑う。
「徹さん、おもちゃを見つけた子供みたいですね」
「実際そうだよ、美波。兄さんは本業の仕事をさっさと片付けて、長期休暇を取ったんだ。おもちゃで遊びたくて。クククッフゴッ!」
「薫、それは言うなよ」
徹さんがバツが悪そうに頭を掻いた。
コンコンッ
「おーい、徹。入るぞー」
まだ返事もしないうちからカチャリと扉を開けて、あくびをしながら冬馬が入って来た。茶色くサラサラだった髪が、寝癖でボサボサだ。
「全く。澤井さんはVIPをおもてなし中って、ダイニングから出て来ないし。徹が出迎えろよ、呼んだのそっちなんだからさ。あー眠ぅ。ふぁぁ……ああ!?」
あくびを飲み込み、固まったように美波を見る。
「あれ? 確かこう兄の友だちの……」
「そ、そうです! こうへーの友人であり、徹の弟のようなものであり、薫の兄かもしれませんっ」
寝癖の髪を両手で整えてから、ビシッと背筋を伸ばした。
「え? そうなの?」
困惑顔で振り向いた美波に、皆一斉に首を振った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝のみ!




