先輩の想い
「おはようございます、航平様」
転移後の一瞬の歪みが取れると、澤井さんが近付いて来た。
「澤井さん、おはようございます。突然すみません」
「こう兄……ここは」
辺りを見渡し、美波が俺の腕を掴んでくる。
「美波様ですね。お会いするのは初めてですが、前から存じておりました」
千駄木オヤジめ、澤井さんを使って俺の家族を調べてたのか。
「……はあ、それはかたじけないです」
美波……混乱中だな。
「可愛らしいお嬢さんですね。では薫様をお呼びしてきますので」
澤井さんがにこやかに退室して行った。
「ちょっとちょっと、こう兄! 誰? 今の低音ボイスのカッコいいおじさん。それにこの映画のセットみたいな所。シャンデリアなんて初めて見たよ……」
「ここは変人先輩宅のダイニングだ。良いか美波、この部屋は分からんが、廊下の調度品、絨毯は俺の年収150年分だ。絶対、壊すなよ?」
「え、何? 壊せってこと?」
アホかっ! 混乱しすぎだろ!
「フリじゃない。そんな恐ろしいフリをするわけがない」
「ピ、ざっと見てこの部屋は、航平の年収300年分ですピ」
「キュイー」
アンデッド化して働き続けても、払い終わらず朽ちてしまいそうだ。
マシロが肩から降りると、ササッとダークブラウンのダイニングテーブルの上に乗った。
やめてマシロ!? テーブルをカリカリしないで!
「待たせてすまない……ん? マシロは何か食べたいのかな?」
テーブルの上のマシロを掴んだ時、ドアが開き、先輩が入って来た。
「いやあ、あはは。朝飯は食べたんですけどねえ。……何かいただけます?」
「ピ! 私にも下さいピ!」
「そちらのお嬢さんは航平君の妹さんだね? 君も食べるかい?」
先輩がにっこり微笑むと、真っ赤な顔をした美波が、コクコクと何度も頷いた。
「うう……美味しい。このふっくらフワフワパンケーキ最高」
「航平の作ったのにはない、生クリームとチョコソースがたまりませんピ」
「キュイィ」
ダイニングテーブルに並んだセレブ、いや、有民の優雅な朝食を堪能している三人は置いといて、同じテーブルに着き、コーヒーを飲んでいる先輩に顔を向ける。
「それで、電気事業の方が上手く行きそうだと?」
「ああ、航平君が言っていた通り、0.6気圧を常に維持する施設内から、陽圧にしている施設内の間に作り込んだタービンが回った。魔石は流体エネルギーとなってタービンの羽根を動かし、10万kw程度の中小容量だが、確かに電気を作り出したよ。しかもピンポン玉程度の魔石ひとつで。クククッフゴッ!」
先輩が笑うと、パンケーキを口いっぱいに詰め込んだ美波が、びっくりしたようにこっちを向いた。
「……失礼。今、市場に電気を売っている。今までと同じ方法と相手は疑いもしない。まあガスで作ろうが魔石で作ろうが電気は電気だからな。クククッ! ウフン……」
美波に気を遣ってか、最後はとっさに自分で鼻を摘み、鳴らないようにした。
「じゃあいよいよ、魔石が多く必要になりますね」
テーブルに思わず身を乗り出す。良かった……ようやく買取ってもらえるのか。
「ああ、でもまだ容量も小さいし、この前航平君が支払った手数料分の魔石で、当分回せる」
先輩がにっこり微笑んだ。
「……それは、良かったです」
俺のようやく絞り出した言葉に満足そうに頷き、コクっとコーヒーを飲んでから、先輩がまた話を切り出した。
「で、妹さん、美波さんのレベルタグの話だが」
「ええ、本人はつけたいと言っているんですが……」
ちらっと美波を見ると、こっちに向き直り、両手を膝の上に乗せた。
「千駄木さん、私は真剣です」
「ああ、分かっているよ。でもその前に、千駄木さんは止めてくれ。ボクは昔から妹が欲しかったんだ。姉さんと呼んでくれないかな?」
先輩がクールビューティーに笑うと、美波がぽっとまた赤くなった。
「……私も、お姉ちゃんが欲しかったから、嬉しいです。私のことは美波と呼んで下さい」
ええ!? そうなの!? お前にはお兄ちゃんしかいないぞ? ……俺だって、妹の次にお兄ちゃんが欲しかった。
「安心しろ、航平君。美波にとって君は別格だ。こうして綺麗な肌に、レベルタグを付けようと思うほどにね。クククッフゴッ!」
俺の顔を見て、先輩が楽しそうに笑った。美波の顔がますます赤くなる。
「本当に分かりやすいな、航平君は。ところで美波、お姉さんとしてではなく、ギルド立ち上げの責任者として言う。レベルタグをつけられるのは、18歳以上と決めているんだ。だから美波につける事は出来ない」
美波がはっと息を飲んだ。
「美波がレベル的に、航平君の次に強いのは聞いているよ。ただ世の中、犯罪歴がなくても、どうしようもなく腐った人間もいる。ギルドに出入りしていれば、そんな人間に目をつけられるかもしれない。18歳なら大丈夫かと言われれば、それは何歳でも同じ事だが、社会的には一人前として扱われる。自己責任という言葉で片付けられるんだ。美波はまだ16歳だよ? もう少し、航平君やお母さんに甘えていなさい」
先輩が黙ってうつむく美波の頭を、優しくなでた。
「……ギルドに出入りしなかったら?」
「特例は作らない」
「美波、俺は死なないよ。ちゃんと連絡も取るようにする」
うつむいたままの美波の頭を、今度は俺がクシャッとなでた。
「……毎日?」
「え? 毎日はちょっと……。1週間に一回くらいで」
「じゃあ、2日に一回」
「……3日に一回で勘弁してくれ」
「分かった。3日に一回で許してあげる」
美波が顔を上げ、俺を見てふふっと笑うと、
「薫お姉さん……おっちょこちょいで、鈍感で、ケチ臭いこう兄を、どうかよろしくお願いします」
先輩に深々と、頭を下げた。
良いところ、一個も言ってねー……。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝を胸に頑張りまっせー<(`・ω・´)




