雁屋三姉妹
「あの、田所さん」
魔力丸で6階に転移した所で、二葉さんが遠慮がちに声を掛けてきた。
「なんでしょう?」
「ピイちゃんやマシロちゃんを置いて来て、良かったんですか?」
「ああ、9時からあなたのドラマを観るから良いみたいです」
まだ7時前だというのに、あっさり裏切られた。夕飯まで置いて行けとは……。そんな子たちに育てた覚えはありません! こんな美人三姉妹とダンジョンに潜るなんて、我慢せず吐いてくださいよ? と背中をさすられているようなものだ。
「二葉が女優になるなんて、初めはびっくりしたよ。一番恥ずかしがり屋なのにさぁ」
「だって私には、二人みたいな才能ないもん」
「演じる事は立派な才能よ。こんなに人気が出たんだもの。私たちも変装をしなきゃいけないほど」
ダンジョンに生えている草を摘んで、指先でもみ潰し、匂いを嗅いでいた三姉妹のひとりが言う。
この人は……ひとみさんだ。24才、職業が調香師(高)、スキルに『調合』を持っていた。
「ほんとほんと。街歩いてるだけで、勝手に写真撮られるしさ」
この人は美津さん。こういう時、鑑定を持っていると間違わないから助かる。で、職業は……特別職国家公務員(高)!? まさかの背広組…!? スキルは『応用術』……徹さんの繋がりはこの人か。
「ホントにごめん。私もこんなになるなんて思ってなかったのよ」
二葉さんの職業は俳優だろう。えーと……職業は俳優(高)と、旗手(低)? ……なんだこれ?
旗手:民の先導者
へえ、そんな職業があるのか。(低)だけど。スキルの『操心術』は澤井さんと同じ、『魅了』は他の二人も持ってる。『心眼』は母さんと、確か紅音さんも持っていた。目新しいスキルはないが、組み合わせによってなにか違うのか?
「まあ写真撮られる時は、いつも変顔するけど」
美津さんがうへへと悪い笑いをする。
「それはやめて……」
「そうよ美津、二葉は女優よ? イメージを壊すような事はダメ。私みたいにセクシーポーズを決めなさい」
ひとみさんが片手を頭にあて、腰をひねる。
「……それもやめて」
同じ顔でも性格は違って当たり前か。どうしてか、二葉さんに同情心が湧いてくるな……お!
「魔物だ。まず俺が倒すから。魔力移譲が終われば、自分のステータスが見られるようになるからね」
緊張が3人の顔に張り付く。でもすぐに二葉さんが、俺がいるから大丈夫と二人に笑いかけた。ひとみさんと美津さんもそれで緊張が解けたのか、にこりと笑い、頷いた。
「じゃあ行きますっ」
現れたトリッキースネークが、牙を向け威嚇する前に、雷光の刃先が首を飛ばした。
「うわっ、頭の中に声が…」
「私もよ。田所さんが大蛇を倒してくれたらすぐ……。何もしていないのにちょっと筋肉痛」
「魔物討伐、レベルアップと、ステータス……まさにファンタジー小説! 憧れの錬金術師になれるかも! ふふふ……」
押し殺せない笑いが、ひとみさんの口から漏れる。
あれ? てっきりセクシー担当かと……。
しかし錬金術師は人気があるらしい。つぐみさんもなりたがってたし。
「ひとみ、好きだったもんね。俺Tueeとかの小説さ。私は無人島サバイバル派」
「じゃあひとみは、私Tueeかな?」
美津さんと二葉さんがからかうように言うと、
「まずはこの剣鉈で、魔物を討伐しまくるわ」
と、ひとみさんがウインクをした。
「あ、ずるい! 私だってハンターとかシーフになりたい!」
美津さんが剣鉈を構えつつ、むふーっと息を吐く。皆なりたい職業があるのか。俺も忍者に憧れていた時期もありました。徹さん見て諦めたけど。
「私は……エルフが良いな」
二葉さんが顔を赤らめながら小さく呟いた。……うん、それは無理だね。
「ただいま」
「ピー……お帰りなさいピ。早かったですピ」
部屋に戻ると、新米探偵東海道子のドラマが終盤なのか、ガラステーブルに上がっているPちゃんとマシロが、チラリと俺たちを見て、またすぐにテレビに向き直った。
熟年夫婦か!?
「うふ、そんなに夢中になってくれて、ありがとう」
二葉さんが嬉しそうに笑った。
「じゃあ私たちこれから、徹先輩の家に行くね」
「本当に、もう決めてしまって良いのか?」
これから3人は千駄木家に行き、レベルタグをつけるという。
「ええ、約束だったのよ。ダンジョンに潜ってみて、やっぱり無理だと感じたらレベルアップの前に航平さんに言って、ダンジョンを出る。もしこのまま『探索者』になり、誰かを助けたいと思ったらレベルタグをつける。私たちは後者を選んだわ」
ひとみさんが頷くと、美津さん、二葉さんが同時に頷いた。
「私は俳優を辞めるつもりなの。タグがタトゥのように見えれば、私みたいな女優はすぐに仕事がなくなるだろうし。それにもともとこの仕事、向いていないから」
二葉さんが吹っ切れたような表情で笑う。
「まあ二葉は魑魅魍魎うごめく世界より、『探索者』として、魔物相手に戦う生き方の方が合ってると思うよ。あの蚊の魔物、一番倒してたじゃん」
美津さんがからかうように言うと、だって蚊に刺されたくないし、と二葉さんが気まずそうに呟いた。
「ピ! 出ます!」
テレビを観ていたPちゃんが叫んだ。
『100人騙せても、101人目の私は騙せないわ! 犯人はー』
「貴方です!」
「貴方です! ピ!」
画面の中の二葉さんと、目の前にいる二葉さんとPちゃんが、シャキーンと手を前に突き出した。
女優、向いてるように見えるけどなぁ。
読んでくれてありがとうm(_ _)mダンジョン出現まで後11日。
誤字報告ありがとうございます! 土下座ダコが出来ているから、いくらやっても痛くありません!(*´∀`*)




