皆のレベル上げは……
「クソッ! なんだよっ、この階層は! 暗くて見えねーし、地面ぐちゃぐちゃだし! 沼か!?」
白い頬に跳ねた泥を拭いながら、冬馬がブツブツ文句を言っていた。
「冬馬、言葉が汚いです」
長い袖をタスキがけし、朱色の袴をたくし上げ輪ゴムで止めた紅音さんが、冬馬をたしなめる。
紅音さん、皆には暗くて見えていませんが、俺には綺麗な足が見えちゃってますよ? 槍を取りに家へ寄ったんだから、着替えてくれば良かったのに。若いんだからジーンズの1本や2本持ってるだろ?
そう、妙に落ち着いている為か、年齢不詳だった紅音さんだったが、ダンジョンに入る前に全員の鑑定をして判明していた。
Lv1 伊能紅音(イノウアカネ) 22才
種族:人間
職業:修復師(高)
所属:星
ランク/ランキング:ー/7/10
生命力:100/100
魔力:ー
体力:9
筋力:11
防御力:12
素早さ:12
幸運:67
スキル:身体操作1 心眼1 鑑定1
槍技2 修復3
まさかの年下だった。そして紅音さんの槍技のレベルが高いので、
「紅音さん、槍の先生か何かで?」
と聞くと、
「いいえ、趣味です」
と無表情で返された。いつもは木槍で鍛錬しているらしい。触れた物の本質を見極め、元に戻る手助けをするという『修復』スキルもある。多分呪いの浄化は、このスキルによるものだろう。他の二人も身体強化系のスキルは無いにせよ『解読』、『トリアージ』という面白いスキルを持っていた。
「こう視界が悪いと、いつ魔物に襲われるか分からない恐怖があるね?」
ゆんから借りた剣鉈を両手で構えながら、櫻井先生がははっと笑う。
「ヘッドライトでもいいんですが、この先逆に明るかったり暑かったり、階層によってかなり変化に富んでいます。こうしてダンジョンの空間に慣れていくのが一番だと思いますよ」
そう説明しながら空間把握と気配探知をもう一度放つ。念には念を、また澤井さんのような事態が起こったらと思うと恐ろしい。Pちゃんたちいないし……。
千駄木家を出る時ちょうどデザート中だったらしく、一緒に来るのを拒否された。それでもダンジョンナビゲーターか!? と叫ぶも、フルーツたっぷりのクレープの前にあえなく敗北した。
櫻井先生が運転する車内で、俺はおにぎりふたつだったっていうのに! 10階のテレポたちと魔力丸とチョコレートを交換しといて良かったよ。……あ。
「魔物が来る」
俺の言葉に全員が足を止める。
「何処にいるんだよ!? 全然見えねーし!」
「落ち着いて、冬馬君。呼吸が荒くなると疲労が増すよ?」
「先生の言う通りです」
「まずは俺が倒します。パーティーを組んでいるから、全員均等に魔力が得られるはずです」
バシャリッバシャリッ
近づいて来た棘蛙に雷光を向ける。棘のある長い舌の攻撃を紙一重で避ける。見切りスキルが大分体に馴染んで来た感覚と共に、魔力を通した雷光の雷一閃が横に走ると、棘蛙が光って消滅した。
「すげえ……雷が横に」
「肉片も残さず、魔物は消えるんだ?」
「……お見事です」
魔石を拾っている間に、みんなのレベルが2に上がった。
「やった! ランクが出た! ステータスも分かる!」
冬馬が喜々として、周りに自分のステータスを話し出す。さっきまで文句を言っていた同一人物とは思えない可愛さだ。
「じゃあこの階は移動しながら、レベル上げ、新たなスキル取得をして行きます。目が慣れてきたら走りますよ?」
とにかく眼調整、駿足は必須だ。紅音さん以外の二人には身体操作も取ってもらわないといけない。何だか講師みたいでそわそわするが、これも母さんや美波を守る事に繋がっていくはずだ。
「よしっ! やってやる! 今日でランキング上位に食い込む!」
「お手柔らかにね」
「……お願いします」
声には感情の差があっても、みんな目に、強い決意を宿していた。うん、良い生徒たちだ。
強い決意を宿した良い生徒たちの……はず。
「なんだよ。沼だったのかよ、ここ! こんな階早く出ようぜ」
「ここはどんな細菌がいるか分からないな。この階は早々に立ち去ったほうが良い」
「この階に、この私服は合いません」
皆が眼調整のスキルを取った途端、7階の沼地途中で不満を言い出した。
ここ沼っぽいって、初めから何となく分かってたよね!? 紅音さん、その私服が合う階層なんて無いからね!?
「……じゃあ魔物を避けつつ、下の階層に向かいますか?」
「そうしようぜ! 話が分かるな。こうへー」
「皆、傷を負わないように。菌が入るからね?」
「蚊の魔物は槍で刺しやすいので、見つけたら倒します」
……俺、講師とか絶対向かねー。
「おい、こうへー。また来るからな」
「田所さん、今日はありがとう。有意義な時間だったよ」
「……お疲れ様です」
自分の部屋に戻って来たのは夜の7時を回っていた。澤井さんに電話をかけると、もう数分で着くとの事で、その事を3人に伝えると、わいわいと玄関に靴を置いていった。土足じゃなくなっただけ良しとしよう。
ピンポーン ドンドンッ
「お、来た」
冬馬が玄関を開ける。
「あれ? こう兄の友だち?」
玄関ドアが開き、てっきり俺がそこに立っているものと思っていたのか、美波が驚いたように目を見開いて立っていた。
「……と、友達です」
冬馬がドアノブを掴んだまま返事をする。
「皆さんお迎えに上がりました」
美波の後ろに、到着した澤井さんが現れた。
「航平様、これを」
澤井さんが俺のバッグと紙袋を渡して来た。お礼を言って受け取ると、澤井さんがにこっと笑い、停めた車へと戻って行く。
「ほら、このままじゃ田所さんの妹さんが中に入れないから、皆行こう」
櫻井先生がささっと外に出る。続いて紅音さんも、美波に軽く会釈をして外に出た。
「ほら、冬馬も行けよ。みんな外で待ってるぞ?」
玄関から動かない冬馬をせっつくと、
「……ああ、分かってるよ」
ぶっきらぼうに答え、外に出た。美波が代わりに玄関の中に入ってくる。
「……あのっ」
玄関前で冬馬が振り返った。
「あの俺、お兄さんの友だちで柊冬馬といいます。あなたは?」
「田所航平の妹の美波といいます。兄がお世話になっています」
美波がペコリと頭を下げる。別にお世話はしたが、された覚えはない。
「美波……」
「ほら冬馬君、行くよー」
櫻井先生が車の前で手を降っている。
「今行く! じゃあ……美波、またね!」
なんで急に呼び捨て!?
冬馬が照れたような、はにかんだ笑みを浮かべ、手を振りながら車に乗り込む。運転席の澤井さんが軽く俺たちに会釈をして、車で通り過ぎて行く時も、冬馬が後部座席で手を降っているのが見えた。
何だか、妙な胸騒ぎがする……。
「なに? なんの集まりこう兄? 巫女さんも居たけど?」
美波が怪訝そうに玄関のドアを閉め部屋に上がって来た。
「……なんだろう。俺もよく分からん。美波は今日もダンジョンか?」
「うん、14階の地底湖用に水着も持ってきたよ」
えへへと美波が笑う。今日だけで3回目……。いや、お兄ちゃんは頑張るぜ? でもその前に。
「その前に、ウニパスタ食べて良い?」
さっき澤井さんが紙袋をくれた時、中身はウニのクリームパスタと教えてくれた。
「あー、良いな。私にも」
「ピ! 航平! 私も!」
「キュイ!」
「Pちゃんたちは食べただろ!?」
こうして念願のウニパスタは、パーティーを組んだ時のように、4分割されたのだった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m全然加速してないだろっ!?((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル




