澤井さんの決意
ピンポーン
「ん? 誰か来た」
朝食を終え、片付けをしていると玄関のチャイムが鳴った。朝の8時からチャイムを鳴らすのは、美波くらいか……。でもまだ夏休みじゃないし、学校があるはず。
「なんだ美波、学校どうー」
玄関ドアを押し開けると、そこには黒い上下のジャージを着た澤井さんが立っていた。
いや、高級そうだからトラックスーツか? スーツ以外初めて見た。現役引退したアスリートみたいだ。
そんな事をぼんやり思っていると、
「おはようございます。朝からすみません」
と、澤井さんが頭を下げる。
「……ああ、おはようございます。18時に来ると思ってたんですが、8時の聞き間違いだったんですね。今すぐ用意して来ます」
今日は千駄木オヤジが澤井さんを迎えに寄越すと言った土曜日、精鋭イレブンが集まる日だ。
「いえ、本来のお迎え時間は18時で間違いありません……実はお願いがありまして」
いつもの柔らかい笑みが消え、真剣な顔で俺を見る。
「……上がります?」
「ありがとうございます。では失礼して」
ほっとしたように玄関に入った澤井さんを、俺の肩に止まって来たPちゃんとマシロが出迎えた。
「澤井、おはようございますピ」
「キュイ」
「Pちゃん、澤井さんだろ」
俺が慌ててたしなめると、構いませんと笑い、スニーカーを脱いで部屋に上がる。
動きやすいスニーカーにトラックスーツ……。これはもう、あれだろう。
「で澤井さん、抜け駆けして千駄木オヤジが怒り狂いません?」
俺が先手を取ると、澤井さんがばれました? というように、頭に手を乗せる。その左手首の内側に、星の印が見えた。
「大丈夫です。ちょっと出かけますと、伝えて来ましたから」
嘘はついていないが、澤井さんでもそんなことをするんだなと、少し意外だった。
「まあ今日はこれからダンジョンに潜ろうと思っていたんで、良いですよ」
「何か目的が?」
「いえ、探し物って感じなんで大丈夫です」
(Pちゃん、澤井さんが付いて来るとなると、オーブ探しはまた今度だな)
(了解ピ。澤井にはダンジョンの下層はまだ耐えられませんピ)
(……澤井さんだって)
俺の覚えた魔法は、風、水、光、雷、土、そして先週末、地下12階の火山帯でLv32の熱岩亀を倒し、火魔法オーブ4を取得していた。あと残すは、闇ひとつ。だが闇魔法のオーブがどうにも見つからない。
まだ探索していない階は17階、19階、そして最下層の20階。澤井さんは連れていけない階だ。まあ闇魔法なんてどう使えばいいのかさっぱり分からないし、何なら悪いイメージが先行するから、どうしても欲しいとは思っていなかった。どうせならコンプリートしたいというくらいだ。
「じゃあ行きますか。普通コースと、目も一緒に鍛えるコースと、どっちが良いですか?」
「目も鍛えられるんですか!? そちらのコースでお願いします」
「徹さんもへこんだコースですけど」
「構いません。私は千駄木家の方々を守りたい。いざという時の盾が、脆くてはいけないんです」
いつものように柔らかく澤井さんが笑う。
「分かりました。その前に、澤井さんの強さを鑑定させて下さい」
澤井さんが頷くのを確認して、鑑定をかけた。
Lv1 澤井修二(サワイシュウジ) 48才
種族:人間
職業:執事(高)
所属:星
ランク/ランキング:ー/4/5
生命力:180/180
魔力:ー
体力:20
筋力:20
防御力:20
素早さ:20
幸運:60
スキル:眼調整1 操心術1 身体操作3
棍技4
「……澤井さん、やっぱりなんか武術やってるでしょ?」
「ええ、まあ執事として鍛錬はしています」
武闘派執事か。操心術とか怪しいの持ってるし……。敵に回したくねぇー。
「武器とか、今日持って来てます?」
「徹様から誕生日に頂いた特殊警棒を。4140鋼より硬いですが、クッション性があって手首を痛めない作りらしいです」
トラックスーツのパンツの後ろに手を入れ、十字の鍔が付いた黒い警棒を取り出す。グリップの底についているボタンを押すと、シャッ! 鋭い音と共に警棒が1メートルくらいに伸びた。
「ちなみに電気も流れます。良いプレゼントを頂きました」
澤井さんが嬉しそうに言った。
誕生日プレゼントになんて物をあげてるんだ、徹さん……。
「……それは良かった。じゃあ行きますか」
それで良いのか澤井さん……と思いつつもあまり突っ込まないようにして、俺はベッドを動かした。
「……ハアハアァ。これは何を鍛えているんでしょう? こう暗いと足元が……ハア……」
魔残(マカス)をビリビリ警棒で倒しながら、肩で息をしている澤井さんがツバを飲む。
「常夜灯くらいには明るさがあるでしょ? 澤井さんの身体能力ならこの岩場も、呼吸を整えて跳んで行きましょう。身体操作と駿足が更に上がるかも。それにもうすぐ地下10階の平野に出ますよ」
「そこで休憩ですピ! 澤井、頑張って下さいピ」
「キュイ!」
バッグの中で楽ちんそうなふたりが澤井さんを励ます。澤井さんが嬉しそうに笑うのが見えた。この人もかなりのモフ好きだ。
「……ハア、階段ありました」
下り階段を前に、澤井さんがほっとしたように呟く。
「次は澤井さんがメインで魔物を倒してください。その方が早くレベルが上がりますから」
「ピ! 忘れてました、航平!」
Pちゃんがバッグの丸窓を押し開いた。
「何を?」
「印をお互い同時に触れると、パーティーが組めますピ」
「パーティーって、メンバーとかそういう事?」
「そうですピ。魔力移譲は距離によって移譲量が変わりますが、パーティーを組むと魔力を同量分割して、タグがそれぞれ引き寄せますピ」
「……なんでそんな大事な事を今更」
澤井さんがもう少し楽にレベルアップ出来たじゃないか。
「私はパーティーを組まなくて良いです。航平様は強いので、パーティーを組ませてもらったら、あっという間に強くなってしまう」
澤井さんが笑いながら体を起こした。
「この印に恥じないよう、自力で強くー」
澤井さんが左手首の印を何となしに眺めようとした瞬間、澤井さんの背後の空間が動いた。
「澤井さんっ!!!」
「え?」
とっさにその左手首掴み、引き寄せる。
「ピイイ!!」
目の前から、澤井さんが消えた。
「おかしいな……」
だってほら、手を握っている。
「ピ! 航平! 航平! 澤井が闇使いにさらわれました!」
Pちゃんの緊迫した声が遠くで聞こえる。握っている澤井さんの手首が重い。ブラブラと、持ち主を失った腕が、血を流しながら揺れている。
星F3/5 サワイシュウジ Lv9 lose
目の前にスクリーンが現れた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m うう。




