澤井さんの想い
さっきまで柔らかい笑顔で話していた澤井さんが、目の前にいない。……これは現実か?
「キュイィ」
「航平! まずは腕をしまってー」
「ん、ああ……これは空間庫に入らないだろ?」
生きている物は入らないぞ? この腕は、生きているんだろ? ああ、そうか、何かのトリックで偽物という事も。
ぼんやり考えていたら、片耳を思いっきり引っ張られた。
「いででっ」
いつの間にか丸窓からPちゃんが抜け出し、肩に止まっている。狭くて抜けられなかったはずなのに、頑張って抜けたのか。
「航平! 腕を早くしまって下さいピ!」
くちばしで耳を更に引っ張ってくる。
「分かったって!」
空間庫に千切れた腕をしまう。『サワイシュウジの左腕』と脳内表示された。
「……痛いなぁ」
耳を押さえながら呟いた。やはり現実だった。
「呆けている場合じゃありませんピ!」
Pちゃんの言う通りだった。自分の頬を両手で打つ。とにかく探さないと!
「捜索」
金色の点、澤井さんの気配を探す。9階の隅々まで、舐めるように。
「……いない。なんでだ? まだそんな遠くに行ってないはず……Pちゃん、アイツは転移出来るのか?」
「自分の意思で転移出来る魔物は、マシロ以外にいませんピ」
「魔物の気配がなかった、澤井さんの後ろに突然現れた。そうか、強制転移されたのか。強制転移された魔物は、自分の住処、階層に戻る……10階だ!」
血溜まりのある階段前から、下り階段を跳びながら降りた。
「捜索っ」
青い空と緑の草原が続く10階で、赤い気配が動き回っている。その中でひとつだけ、真っ直ぐに11階の下り階段を目指す赤い点が見えた。重なるように金色の点がある。
「いたぞっ! Pちゃんバッグに戻って! マシロも窓を閉めろ」
バッグの天板を開け、Pちゃんが中に入るのを見届けてから、瞬間移動の座標を赤と金に合わせる。追い抜かしても戻ればいい。息を吸い、体を傾けた瞬間、辺りの景色が流れた。
次に息を吐き出した時、景色が止まり、目の前に黒く濃い霧のような、軽ワゴン程の塊が浮遊しながら移動しているのが見えた。
吸血系:闇使い Lv40
攻撃パターン:闇縛り、巻込み、闇魔法Lv4
魔樹木のウロを住処とし、近づく者を霧で捕獲、吸血する
弱点:光魔法、中心部魔石への物理攻撃
「澤井さん! 聞こえますか!?」
離れていく闇使いを追いかけながら叫んだ瞬間、黒い矢の様な物が6本放たれた。雷光を取り出し、全て切り落とす。分断された矢は霧散した。
「澤井さん! 返事してくれ!」
一部の黒い霧が鞭のように伸び、しなりながら襲って来る。全て躱しながら闇使いに近付いて行く。
「……航平、様」
闇使いの中から姿は見えないが澤井さんの声が聞こえた。
「澤井さん! 無事ですか!?」
「……腕の止血はしたので、大丈夫と言いたいところですが……かなり血を吸われて……申し訳ありません」
傷からの出血じゃなく、吸血されている。マズい!! あれから何分経った!?
「……どうか、千駄木家の皆さんをお願いします……あの方たちには、敵も多い……」
「何を言ってるんです! 今そこからー」
中心部の魔石を破壊するか? 澤井さんはこの中の何処にいる?
目が遠くの物を見る時のようにズームし、闇使いの霧の中に寄って行く。見えた。ジャージの上着を千切れた腕にグルグル巻きにし、魔石を抱え込むように体を丸めている。魔石がドクンと微かに動いて見えた。吸血しているのか? 攻撃すれば澤井さんにも当たってしまう。
「澤井さんの胸の近くに魔石がある! 掴めますか!?」
「……徹様、薫様、私が弱かったばかりに……ああ、なんて事だ……徹様の足が血まみれに……」
意識が混濁しているのか、独り言のように澤井さんが呻く。更に集中すると、澤井さんの右脇の隙間から魔石が少し見えた。
闇使いの霧の鞭が迫る。それが俺の左腕に巻き付くと、闇使いが動きを止めた。右手に持った雷光を濃霧の中に刺し込む。雷光の切っ先が澤井さんの右脇を通り、拳大の魔石を貫いた。
「……三好」
ドサッと草地に落ちた澤井さんの呟きを残して、闇使いが淡い光になって消えて行った。
「……ううむ」
「ピ! 航平! 澤井が起きましたピ!」
「キュキュイ!」
「お、澤井さん起きました? じゃあこれ、念の為飲んで下さい」
魔力回復ポーションの瓶詰め作業を止め、ベッドから起き上がった澤井さんに増血剤の小瓶を渡した。
「生きて、る……? 航平様、ここは一体……」
「俺の家、うーん、別荘かな。もちろん生きてますよ。ただ血がかなり失われていたから、危なかったのは確かですけど」
澤井さんがぼんやりと小瓶を受け取り、木で出来た栓を抜く。そして気付いた。
「私の左腕が……ある」
栓を持った手をマジマジと見つめる。もちろん手首の内側には、星印がついていた。
「その増血剤、妹に言わせるとトマトジュースみたいで美味しいらしいですよ」
「……頂きます」
一気に飲み干すと、ベッド横のサイドテーブルに空き瓶を置いた。左手を握り、開くをしばらく繰り返し、自分の左肩辺りも確認する。
「薄っすらとケロイド状の痕が残ってしまいました。もっと早く処置してたら、傷も残らなかったんですが……すみません」
「航平様、頭を上げて下さい!」
澤井さんが慌ててベッドから降りてきた。
「そもそも航平が澤井の手を引っ張ったから、ゴールドスライムの原液を使う事になったですピ」
「キュイー」
「あ、そういうこと言うんだ? それを言ったらお終いだよ?」
「航平様、どうやってこの腕を?」
ゴールドスライムの原液は凄かった。意識をなくした澤井さんは飲めなかったので、小分けにしておいたゴールドスライムの原液5mlを、千切れた腕を合わせた部分に掛けた。するとみるみるうちに肉同士がくっつき、再生されていったのだ。瓶に残った数滴を口の中に垂らすと、紙のように真っ白だった顔に、血の気が戻っていった。
ただ意識は戻らなかったので、賢者の家に連れてきたわけだ。2階の部屋の一室に寝かせ、手持ち無沙汰だったので、ゆんから送られて来たガラスの小瓶に、魔力回復ポーションを詰めていたら、澤井さんがようやく起きた。
「意識を失って、どれくらい経ちますか?」
「3時間くらいですかね?」
「そんなに!? 急いで帰らなくてはっ」
慌てて部屋の木製扉に向かおうとした澤井さんを止める。
「大丈夫です。ここでは3時間でも、元の世界は30分間くらいですから。澤井さんが連れ去られて40分も経っていませんよ」
「……すいません、ちょっと混乱して何をおっしゃっているのか」
「まあそうですよね」
俺は詰め終わった魔力回復ポーションを空間庫にしまうと、バッグを腰につけた。
「マシロ、地下一階に頼むよ」
「キュイ!」
バッグに入り、丸窓から顔を覗かせたマシロが『分かったっ』と元気良く鳴く。
「キュキュキュー」
最近分かったこと。それは賢者の家からダンジョン内であれば、マシロは転移出来るということ。また解除していない賢者の家は、違う階からでも俺は解除出来るということ。解除しないと新たに出現させられないし、目の前にしか出せないのは変わらないが、大きな収穫だった。
「キーキュイッ!」
銀色に光ったマシロに連れられ、俺たちは地下一階に戻った。
「戻ったら時間を確認してみてください。遅い昼飯を食べるくらいの時間はありますよ」
土階段を登りながら後ろの澤井さんに声をかける。
「そうですか。では三好が作ったお弁当を皆さんに」
「あ、そうだ! 澤井さん」
意識なくす寸前に、澤井さんが名前を呟いていた事を思い出す。
「三好さんて、もしかしてー」
土階段を登りきり、部屋に上がる。
「あああ! 帰ってきた! フゴッフゴッ!」
部屋から先輩の鼻が鳴る音が聞こえた。
「おお! 澤井がいる! 良かった!」
「おのれ澤井! 抜け駆けしおって!」
徹さんと千駄木オヤジの怒声が響く。
「へえ、ほんとにダンジョンだ」
「ひゃあ、すげえな! 俺をすぐ入れろ」
「わたくしも」
聞いた事のない声も混ざる。気付けば狭い部屋が満員御礼状態だ。
「……あの、どちら様で?」
俺は呆然と部屋を見回した。
読んでくれてありがとうm(_ _)mいやあ良かった良かった。




