黒縁眼鏡③<最終話>
ひとしきり笑いが収まってくると、ぜえはあと全力疾走した後のような息切れを起こす。二人ともソファに座ったまま、項垂れて肩で息をしている。その呼吸も落ち着いてきた頃に、ふ、とお互い顔を見合わせて視線を交わした。
距離が近い。今までこんなに近いことがあっただろうか。と、不意に猫柳が武藤に顔を寄せてくる。唇が触れ合う。武藤は黙ってそれを受け入れる。これが、お互いの想いの形。
唇が離れ、距離を開けようとした猫柳を、両頬を手で覆うことで捕まえて、武藤はこつんと額を合わせた。
「これは………そういうことで、いいのか」
「………うん。武藤くんこそ、これでいいの?」
「愚問だな」
「そっか」
ふふ、と猫柳が穏やかに笑う。武藤の身体をソファに寝転ぶように倒すと、その上に乗った猫柳が、武藤の黒縁眼鏡をそっと外した。
「およ、……意外と童顔?」
「うるさい。あんまり見るな。気にしてるんだ、これでも」
「あは、どんな武藤くんでも大好きなのに」
ことり、と眼鏡をテーブルに置くと、猫柳は顔を寄せる。
「このぐらい?」
「もう少し遠くても大丈夫だが、……いいな」
「何が」
「眼鏡が無くても、この距離ならお前の顔がよく見える」
「イケメン?」
「そんなこと一言も言ってないが?」
「じゃあ、もう少しもらっても良いってことかな?」
「それも言ってないが……まぁ、それなら」
「うん」
すっと顔を近づけて、猫柳は武藤にキスをする。角度を変えて何度も。舌先で武藤の唇を撫でるように舐めると、うっすらと開いたその口腔に舌を滑り込ませる。
「ん…ぅ」
今まで感じたことのない感触に、武藤の肌がぞわりと粟立つ。だが手は猫柳の首に回されたまま、徐々に猫柳の動きに応えるように、舌が動く。絡めて、吸いあって、お互いにこれ以上は止まれない、というタイミングで猫柳は武藤を解放した。
「初めてだった?」
「こんなの……何度もあってたまるか」
「やったぁ、武藤くんのハジメテをいただきましたー」
「くッ殺……」
「どこで覚えたの、それ」
「ライトノベル」
「だいぶ古いよ?」
「知ってる」
抱き合って、くすくすと笑いあう。ソファの下では、放り出された文芸誌が、寄り添うように落ちていた。
俺は今、恋をしている。
以前、俺は『小説』に恋をしたと話したと思う。
しかし本当の相手は小説じゃなく、『化け猫』だった。
まるで『妖怪』に惚れた変人のようだろう?
だけど、どうやらそれも間違いだったみたいなんだ。
物語には作家の感情や思想が入る。
そして、それらは妖怪じゃなく『人間』が持つ。
だから ――― この気持ちは、恋と呼んでいい。
しかも、恥ずかしながら、これは最初からただ一人に向けてのものだった…らしい。
【”恋”を理解した、ある読者のはなし】
<完>
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