一冊目の文芸誌②
猫柳が『絶対に読書の邪魔をしない』と約束したので、武藤は渋々ながら猫柳をつれて帰ってきた。今回はもてなす気など全くないので、飲みたいもの食べたいものは自分で用意しろとコンビニに寄った。武藤はコーヒーがあれば他は何も要らないので買わずにコンビニの外で待っていることにする。
しかし出てきた猫柳の手にあるレジ袋のパンパンに膨らんだ様子を見て、思わず訊ねることを止められなかった。
「お前……なにをそんなに買ったんだ?」
「えっと、お菓子と飲み物と食べ物?」
「待て。なぜお菓子と食べ物が別になっている?」
「いや、普通弁当とポテチは一緒くたにはしないでしょ」
さも当然と言わんばかりの猫柳の言葉に、もう好きにしろと武藤は家路へと急いだのだった。
最初に言った通りにリビングに猫柳を放置して、自分の分のコーヒーを入れると、武藤は自室に籠った。
メッセンジャーバッグから文芸誌を取り出して、まずは表紙を眺める。書店で売ってる文芸誌の表紙をオマージュしたのか、雰囲気がとてもある。ひとつ深呼吸をして武藤はゆっくりとそのページを捲った。
昨年の冬以来の文芸誌。自分は参加していないが、ここに載っているのはみんなサークルメンバーの作品だ。あえてペンネームを訊くようなことはしていないので、どれを誰が書いたのかは分からない。だが、確かに、そこには色んなフィクションの手触りがあった。
文章としての技巧が上手いものや、ストーリーに重点を置いているもの、キャラクターの関係にフォーカスを絞ったもの、色んなものがあるが、結局それらは全て『虚構』の上に成り立っているものだ。だから、余計に面白い。
物語として面白いと思うものも多く、武藤はどこか満たされるような思いでそれらを読み耽っていた。しかし。
(……え?)
ひとつの作品に思わず目が留まった。勢いで最後まで読んでしまっていたが、確かに今、あの時の手触りを感じたのだ。そこで一度武藤は本を閉じると、本棚に収まっていた過去の文芸誌を取り出す。探すのは勿論東雲朔夜の作品だ。もう何度も読んでいるが、改めてまた読んでみる。
(似てる……いや、だけど)
作家の感情が溢れ出す、独特な手触りの『虚構』。今まで東雲朔夜の作品でしか感じたことのないものを、今、ここで再び感じるなんて。
今日もらった文芸誌を開いてもう一度その作品を頭から読む。その時に見たペンネームは『ぽんず』だった。どうにもふざけたペンネームである。それでも、そこにある手触りはとてもよく似ている。手触りだけでいえば、ほぼ同じに思えた。
(もしかしたら、先輩の誰かが「東雲朔夜」なのだろうか…?)
見なかったのは一年だけだ。ズレは生じるが可能性はある。もしくは、先輩なら東雲朔夜が誰だったのかを知っているかもしれない。そこまで考えて、武藤はふと手元の本に視線を落とした。
「………無粋だな」
作家が誰だって構わないではないか。自分が好きなのは『文章』のはずだ。
そう考えると、もう一度『ぽんず』の作品をなぞるように読んで、その先の違う作品に目を通し始めたのだった。
一通り今回の文芸誌を読み終わって、武藤はベッドヘッドにある置き時計を見た。時刻は20時を少し回ったところで、そういえば猫柳を完全に放置していたことを、武藤はそこでようやく思い出した。
スッと襖を開けると、猫柳がソファにうつ伏せになって文芸誌を読んでいる。なんとなく猫柳に文芸誌という組み合わせがアンバランスに見えて、武藤は小さく声を出して笑ってしまった。それに気が付いて猫柳が顔を上げる。
「あ、武藤くん。読書タイム終わり?」
「ああ。遅くなった」
「結構時間かかったねぇ?」
「それだけ読み込んでるってことだ。何故か知らんが講評を頼まれてるしな」
「武藤くんの評価か……聞きたいけど聞きたくないような」
「お前のは特に酷評してやろう」
「ひどい!てか、俺の書いたのどれか分かんないくせに!!」
「……確かにそうだ」
猫柳が起き上がってソファの片側を空けたので、そこに座って武藤がふぅ、と小さく息を吐いた。一気に読んだ充足感はあるが、目が疲れるのはどうしようもないことだ。眼鏡を外して、閉じた瞼の上から目を揉んでいると、猫柳が自分の文芸誌をパラパラ捲りながら問うてくる。
「武藤くんは、気に入った話とか、あった?」
「ん?」
「俺はねぇ、この『夏野蜜柑』っていうペンネームの人のが好きだなぁ」
「ああ、学生で青春してたと思ったらいきなり異世界に行くやつか。展開が唐突過ぎて理解するのにちょっと時間がかかったな」
「そんなじっくり考えずに、感覚でサラッと読めばいいのに…。武藤くんはどう?」
「うーん……みんなそれなりのレベルだよな。さすが文芸サークルというだけあるというか…。ああ、そういえば俺は『ぽんず』って奴が気になる」
「ぽんず?それ俺だけど」
「………は?」
思わず目を丸くして、隣に座っている猫柳を見た。彼はどこか照れたように頭を掻いている。
「いやぁ、武藤くんの目に留まってくれるなんて嬉しいなぁ。でも、なんで?」
「――――― ずいぶん未熟な文章だと思ったら…お前か」
「え、もう酷評ターン!?」
「下手猫」
「ちょっと!」
「……だが、嫌いじゃないぞ、お前のトンデモ話」
「それ、褒めてるの?貶してるの??」
「さぁな」
これで分かった。ぽんずの正体は猫柳だった。ここで『東雲朔夜=ぽんず』という可能性は、あまりにも時系列がおかしすぎるので消えてしまった。やはり東雲朔夜は、もうどこにもいないのだろう。
「文章はまだまだ雑だが……まぁ、お前の物語は嫌いじゃなかったよ」
「褒め…られた?」
「好きに解釈すればいい」
うーんと背筋を伸ばすように両腕を上げると、パキポキと背骨から音がした。それを聞いて「すっごい音」と猫柳が朗らかに笑う。
あの、取り繕ったようなヘラっとした笑みには、もう見えなかった。
次回へ続く!!
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