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「RPGパラレル・パラドックス」  作者: しんTAKA


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恵理

「みんな、あの歌を求めてる」 過去の魔法に縛られ、孤独な迷宮にいた彼女に、 俺は一冊の独りよがりなノートを差し出した。 そこから始まったのは、世界でたった一人の「シーさん」と、 彼女がもう一度自分を取り戻すための、不協和音の物語。

ライブカフェ「Here After」。

そこはアマチュアの音楽仲間が集う場所で、『自由歌人音楽村』という団体の活動拠点だった。

仕事や学業の傍ら、音楽に夢を抱えた連中が、夜ごと集まって歌う場所だ。


「Here After」という名前には、「ここから始まる未来を応援する」という意味と、もう一つ――

たとえ今は花開かなくても、ここで歌い続けていれば、来世(Here After)では咲けるかもしれない、

そんな祈りにも似た意味が込められていた。


実際、ここから名前が残る人間なんて、ほとんどいない。

多くの若者は夢を置き去りにして、大人になっていく。


でも、恵理は違っていた。

彼女がギターを抱えてステージに立つと、空気が変わる。

ざわついていた客席が静まり、音が真っ直ぐに向かってくる。

来世なんて待つ必要はなく、今、この瞬間に世界を塗り替えてしまう力が、彼女にはあった。


そんな恵理は、ずっと「音楽村」に留まっていた。

彼女はもがいていたのだ。

初めて書いた曲、「パラドックス・プレイス」が本人を苦しめていた。

ギターをはじめた当時に覚えた数少ないコードと、胸に湧き上がった言葉を組み合わせてできた一曲。

それを勇気を出して、この「Here After」で歌った時、彼女は、生まれてはじめて人から褒められた。

それまでそんな経験のなかった恵理にとって、自分の歌を評価されることは、この上ない喜びだった。


だが、その喜びは、やがて恐怖に変わる。

褒められれば褒められるほど、次の歌が書けなくなる。自分の歌が、何なのかわからなくなっていく。そのうち、


「……これ、私が書いたんじゃないみたい」


そんな感覚が彼女を支配し、もう二度とあんな魔法を描けない気持ちになる。

誰もが陥るその感覚の中で、恵理は逃げ場のない孤独を感じていた。


ある夜のHere After。

カウンターで、ぼんやりしている恵理に、俺は声をかけた。


「また新しい歌のこと、考えてるの?」


彼女はハッとしたようにこちらを向き、少し無理をした笑顔をつくる。


「あ、安岡さん。この前はライブに来てくれてありがとうございました。今日も来られたんですか?」

「いやぁ、この前のライブ、すごかったから、また見たくなってね」

「ありがとうございます。でも、私、今日は出番ないんですよ」

「あ、そうなんだ。でも、他の人がどんな演奏するかも見てみたいし、それに……」

「それに?」

「恵理ちゃん、失礼、立山さんが来ていたら、音楽の話できるかなと思って」

「ここではみんな『恵理ちゃん』って呼ぶので、恵理ちゃんでいいですよ」

「そう、じゃ、恵理ちゃんと話してみたいなと思って。

 どうやったら、あんな曲が書けるのか興味があってね」

「……『パラドックス・プレイス』、ですよね?」

「それそれ。『パラドックス・プレイス』。なんか、新しかったなぁ」


俺が率直な感想を伝えると、彼女は深いため息をついて、カウンターに突っ伏した。


「……はぁ。やっぱり、もうダメだ」

「え、どうして?」


俺の問いに、彼女は顔を上げないまま、消え入りそうな声で言った。


「みんな、あの歌を求めてるんですよね。でも……私、もう二度とあんな歌、書ける気がしないんです」

「そう。まぁ、でも、そんな歌があるだけすごいことだけどね」

「それは、そうなんですけど……。はぁ、やっぱりダメ」


突っ伏したまま動かない恵理を見て、今の彼女の心理状態がわかった。

俺は、どうしたらいいか、迷ったが、ふと、自分の作詞ノートを持ってきていることに気づいて、彼女に見せてみた。

そこには、日々、気に留めた言葉をまとめた歌詞やその断片があった。

恵理は、その中から、一つの詩に目を留めた。


「モノクロームの君」


愛してた あの季節

もう今は 君が過去にいる

影映す 心の奥

モノクロームで君が微笑わら

 君が選んだ幸せに

 僕が何を言えるだろう

 愛し合うもの同士が

 一緒になるのが一番いいのさ

 君が選んだ幸せは

 だけど僕には悲しいね

 独りよがりをしたくなるよ

 独りよがりをしたくなるよ



『愛してた あの季節……』


恵理は、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。


「安岡さんの歌……すごく、独りよがりですね」

「ん? うん……。本当にそうかな?」

「え?」


と恵理はもう一度、俺の詩を読んで、


「あ、独りよがりにもなれていないのか……。そっか、そういうことか」

「そうだね。でも、こうしか書けない。それが俺なんだよ」

「……いいなぁ。私も、そんなふうに……『それが私』って言える歌、書けたらなぁ」


彼女はそう言うと、手元のアイスティーに刺さったストローに指をかけた。

蛇腹の部分の下を左に曲げ、その少し上を、もう一度右に捻る。

不自然に歪んだその形を見つめて、俺は思わず声をかけた。


「恵理ちゃん、ストロー、そんなふうに曲げるんだ」

「あ、これ、私のクセなんです。人と少し違うことしちゃうんですよね」


彼女は小さく自嘲して、その歪んだストローから冷めた液体を一口啜った。



    

その後、恵理の相棒として一緒にギターを弾くようになり、

『ERI with T』としてライブをするようになった。

……やがて、俺は恵理と付き合うようになった。


恵理は相変わらず、蛇腹を歪めたストローでアイスティーを飲んでいた。

俺は、それを見ているうちに自分でもやってみようと思い、ストローを曲げた。

すると、


「崇さん、真似したなぁ。でも、ちょっと違う。いい」


と恵理は俺の手を取りながら、


「こうやって、それから、こう。崇さん、反対にやってたから。ちゃんと覚えてね」


そう微笑んだ。


「恵理、最近は曲書けてる?」

「う〜ん、歌詞とかメロとかが断片的に出てくるくらい」

「そうか。‥‥俺、思ったんだけど、このストローみたいな歌書いたらいいんじゃないかな?」

「へ? ストロー?」

「そう。こんな捻じ曲がったストローで飲み込む言葉が恵理の中でどんな化学変化を起こすのか、

 そんな考え方ってできないかな?」

「‥そっか。う〜んでも、『パラプレ』よりもっと曲げてしまうと‥‥」

「そうじゃなくて、あるもの、このアイスティーでもグラスでもなんでもいい。

 恵理の感覚でほんの少しだけ捻じ曲げてみる。 

 例えば、『ため息まじりの恋を見つめるあなたの目』みたいなフレーズがあったらさ、

『遠く見つめる、あなた。ため息』みたいに、崩してみるとか。

 置き換えたり、順番を変えたりして、言葉遊びしてみるのはどう?」


恵理は、自分が捻じ曲げたストローと、俺の言った言葉を交互に見つめた。

と、恵理は何か思いついたように、


「ねぇ、崇さん、前に見せてくれた作詞のノート、見せてくれる?」

「ん? ああいいよ。えーっと、ハイ」

「いつも持ち歩いてるの?」

「まあね。最近、携帯にメモするようになってきたけど、やっぱり書いた方が心に残るから」

「なるほど」


そう言いながら、恵理はノートをめくった。


「前から思ってたんだけど、崇さんの字って綺麗だよね。昔から綺麗だったの?」

「いや、高校入った頃は全然。かなり下手だったよ。でも……」

「でも?」

「……昔、綺麗な文字を書く子がいてね、少し真似してた時期があったんだ。

 そしたらだんだんこんな文字になった」

「ふ〜ん。それって、この詩の相手とか?」


恵理は、『初恋』と書かれた俺の詩を指差した。



「初恋」


あどけない笑顔で 僕を見つめ

優しく話しかけてくれた あの日の君

そんな君に いつか僕は 

初めてのトキメキ 感じていた

 ゆらゆら揺れる想い迷路

 口にするだけで壊れそうな愛

ああ一度だけでも この腕の中に

熱く抱きしめたいと 遠くで君を見つめてた



「おー、恵理ちゃん、さすが鋭いね。そう、その『初恋』の相手のことだよ」

「やっぱり……。そうだと思った。でも、この詩、ずいぶん野暮ったいというかピュアよね。

 ねぇ、どんな初恋だったの?」

「え? それ聞く?」

「聞く聞く!」

「あー。……まぁ、いいか。あれは俺が高校一年の時だったなぁ……」


それから俺は、みゆきとの出会いと結末を恵理に話した。

すると、恵理は急に怒りだして、


「なんでそんなひどい女に恋したの? 私っていうものが未来で待ってるというのに!」

「え? そんなこと言われても」

「崇さん、今でも、どこかにその人のこと、抱えてるでしょ?」

「‥‥んー、まぁ、強烈な思い出だから、何もないと言えば嘘になるな」

「許せないなぁ。ちょっと妬けるし‥‥。 でも他の女と同じ呼び方は嫌だな。

 ‥『カシさん』ってどう?」

「へ? カシさん?」

「そう。もともと、タカシさんってタのところ、あんまり発音してなかったから」

「まぁ、なんでもいいよ。恵理の呼びやすい呼び方で」

「うん、じゃあ、カシさん。‥‥て、んー、やっぱり少し変だな。

 ‥‥カシさん、カシさん、‥‥シーさん! そうだ、シーさんにする」

「お、なんか呼ばれたことない呼び方。ちょっと嬉しいかも」

「ほんと?よかったぁ。じゃあ、シーさんにするね」


恵理は俺に抱きついて笑った。



それから少し経ったある日、


「シーさん、新しい歌書いたから見て」


と渡されたのが、



「Paradox」


何を言えばいいのか

何を伝えれば・・・

背中合わせのもどかしさに

心は立ち止まる


偶然 出逢った 昔の彼

たわいないジョークの後

別れ際に不意にキスされて

一瞬 息を止めた

時間がParadoxy

矛盾した現実を振り切るように

彼の手 ほどいた私の前に

あなたがいた


何も言わずあなたは

悲しく笑って・・・

背中を向けて歩き出した

さよならの彼方へ



私が戻れる場所は 

もう あなたしかないのに 

何故 何も言えず見送るだけなの

壊れたパズルのよう

すべてがillusion

逆戻りすることも許されないまま

あなたと彼の間で揺れる私がいた


何を言えばいいのか

何を伝えれば・・・

背中合わせのもどかしさに

心は立ち止まる


何を言えばいいのか

何を伝えれば・・・

背中合わせのもどかしさに

心は 心は 心は 立ち止まる



という歌詞だった。


「『パラダイス・プレイス』からの『Paradox』?」


俺が訊くと、


「そう、原点に一回、戻ってみようと思って」

「なるほど、それもありかもね」

「で、どうですか?」

「うん、シチュエーションはおもしろい」

「で?」

「……うーん」


俺は一瞬ため息をついた。


「……正直に言うと、恵理らしさはあるけど、まだどこか迷ってる感じがする」

「迷ってる?」

「うん。原点に戻るのもいいけど、戻っただけじゃ歌は前に進まない。今の恵理が何を言いたいのか、何を伝えたいのか、そこがはっきり見えない」

「ああ、そうか……」

「だから、この歌詞で満足しちゃダメだと思う。もちろん曲との兼ね合いもあるだろうけど、

 もっと、自分の感性を信じて、迷いも全部ぶつけるくらいでないとみんなには響かないと思う」

「……ぶつける、ね」

「うん。恵理の歌はもっと強くて、もっと痛くて、もっと生々しいものが描けると思うんだよ」

「……わかった。もう一度、書いてみる。……シーさん厳しいね。でもうれしい。ありがと」


恵理はそう言って、自分の部屋へ帰って行った。


そして、その一週間後に恵理が見せてくれたのが、これだった。



「キミは魔法使い」


ギター弾き、歌うキミの声に ボクの両耳は奪われた 

アコースティックな音色おとにグッと絡んだ 

キミの歌声はまるで魔法

キミの紡いだ言葉が 連なった音符の海を泳いで 歌となって

ボクの耳から心のずっと 奥へ奥へ奥へ 深く深く強く  

侵入はいってきた

キミは魔法使い ボクをトキメかせる

キミの歌う声が頭の中でRefrain 繰り返してる

甘く酔いしれてる気分に包まれる 飲み込まれる

キミが近くなる ボクは怖くなる キミが怖くなる 好きになる


「もしも魔法が使えたなら 恋の呪文でトリコにさせるわ

だけどそんな魔法ちからで アナタのココロを射止めても 

それは愛じゃないから」

キミは魔法使いにはなれないと 歌いながらボクに魔法をかける

キミの歌声自体すでに 摩訶不思議不可思議 ヒトのココロ掴む 

恋の呪文 

キミは魔法使い ボクを惑わせてる

キミのささやく声が頭の中でGoing Around 回り続ける 

熱く燃え上がった想いがあふれてる 飛び出してる

キミを守りたい ボクしかできない キミしか見えない 


「これからもよろしくね」と笑ったキミの笑顔は サイバーテロ

一撃で支配された ボクのアタマを カラダを ココロを すべてを


キミは魔法使い ボクを惑わせてる

キミのささやく声が頭の中でGoing Around 回り続ける


キミは魔法使い ボクをトキメかせる

キミの歌う声が頭の中でリRefrain 繰り返してる

甘く酔いしれてる気分に包まれる 飲み込まれる

キミが近くなる キミが怖くなる 

キミを守りたい キミしか見えない 

キミをこんなにもアイシテル!



恵理が差し出したノートの言葉を、俺は読み進めた。


「……キミは魔法使い、か」


俺は歌詞をじっと見た。

一目で、これは今までとは違うと直感した。

そして、あっという間に釘付けになった。

俺はしばらく、ページを閉じずにいた。


「……どう? また厳しいこと言うんでしょ?」


恵理は少し不安そうに、でも挑戦的な目で俺を見つめている。


「恵理……、いいよ、これ。……すごくいい」

「ほんと? 嘘じゃない?」

「ああ。前の『Paradox』みたいな器用さはないけど、今の恵理が何に支配されて、

 何に怯えて、それでも何を伝えたいのかが全部出てる。

 特にこの『サイバーテロ』ってフレーズ、最高に捻じ曲がってて、恵理らしいよ」

「ほんと?……よかったぁ。シーさんにこの前言われて、

 私、本当に頭の中がGoing Aroundしちゃってた。でもこれならって思えたんだよね」

「ああ、これなら、誰の耳からも、心の奥まで深く侵入はいっていく。

  よし、この歌、すぐに音にしようよ。 恵理、ギター。

 俺と一緒に、一撃で、誰かの心を奪いに行こう!」

「うん、シーさん。一緒に行こう!」


恵理と俺との、少し歪んだ新しい未来が、遠くに見えた気がした。

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