戦闘開始――まだ《雷》は使えない
魚の顔に人間のような手足を持つ、緑色の鱗で覆われたモンスター、水棲青鬼。その姿形が確認できるところまで彼らは迫ってきていた。指揮棒を持ったナディネが声を上げる。
「まずは、音楽隊いくよ! 《強化の前奏曲》♪」
同時に味方の能力を向上させる前奏曲が流れ出す。効果範囲は音楽が聴こえた味方。音と音、小さいバフが重なり前線に力を与える。また、この後の曲に前曲までの効果を継続させる効果もある。
「まずは遠距離攻撃!」
全体が見渡せる様に用意した台の上から、デニーゼが指示を出す。上陸前に被ダメージを増やす、もしくはヘイトを分散させるのが目的だ。来訪者たちは攻撃の届く距離ギリギリ、沿岸から魔法や矢を放つ。アプリコットも《マジックショット》を撃っている。
攻撃がヒットした水棲青鬼たちはまだ倒れない。だが、当たらなかった個体よりも速度は下がった。
(流石に、上陸までに個体を減らすことは無理ね。)
「以降上陸まで、リキャストが回復次第、前側の軍団に打ち続けて。」
デニーゼは侵攻を遅くさせる指示を出した。魔法の球が、矢が、風が、少しずつ水棲青鬼の侵攻を阻む。
そうした攻撃を数回繰り返した後、とうとう水棲青鬼が上陸するタイミングがやってきた。幸い、見たところ遠距離攻撃持ちは今のところいない。
「次の曲。《無関心の遁走曲》♪」
音楽隊はモンスターからのヘイトを低減させるアーツを奏でる。これで、先ほどまでに上昇していた遠距離攻撃持ちへ攻撃が向かうリスクを下げる。
「ここからは各自パーティ戦闘。なるべくパーティ毎に戦えるように散開、各個撃破。ヘイトが遠距離組に向かってるはずだから注意。」
デニーゼが指示を出した直後、乱戦が始まった。
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「《タウント》」
水棲青鬼たちを目の前にアニーが挑発スキルを使用する。これにより、アプリコット、フラウ、ノーラを襲おうとしていた敵の注意がアニーに向く。
「《サイスラッシュ》」
そこに、後ろから跳びだしたシーナの横薙ぎが複数の相手にヒットする。
「「《マジックボール》」」
「《トリプルシュート》」
「仰ぎ旋」
前衛がヘイトを稼いでいるうちに、後衛も攻撃を放つ。フレンドリーファイアをしないよう、アプリコットとフラウは制御難度の低い《マジックボール》で。ノーラとミリアムは少し移動して。
「《ブレイク》」
シーナがまたも鎌を振るう。鎌の先端が1匹の水棲青鬼に刺さり、ダメージを与えるとともに防御力を低下させる。
「《スタッブ》」
その傷に向けてアニーが剣を刺す。1匹の水棲青鬼が光に還った。しかし、未だ多くの敵が残っている。前衛や他パーティーのヘイト稼ぎから漏れた水棲青鬼たちの攻撃が、アプリコットたち後衛にダメージを与えてしまう。
「《癒しの風》」
その傷をミリアムのアーツが癒す。その間にも、アプリコットたちはアニーの近くまで移動する。
「数が多い!《タウント》」
アニーが再び挑発する。しかし、先ほどより余裕はない。
「《サイスラッシュ》! もう少し余裕もって攻撃できればいいんだろうけど。」
そう言いながらシーナの刃は複数の水棲青鬼に致命傷を与えている。
そのとき、フィールドに星奈の声が響く。
「弱点看破! 雷属性が弱点みたい☆」
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「なるほど。じゃあいくよ。《サンダーショット》」
アプリコットたちとは別のパーティー。魔女帽を被った現地人の女性は雷のアーツを行使する。雷の球は近くの敵に衝突する。上陸までのダメージも相まって、水棲青鬼は倒れた。その様子を見て、他の敵が彼女を警戒する。
「《ラピッドスラッシュ》」
そんな水棲青鬼のうち1体をひよこの少女が二刀流で屠り、さらに返し刀で後ろの相手も切り裂く。
「さすがトルテ。」
「ウィルナこそ。」
魔女帽の女性の賞賛に対し、ひよこの少女は満更でもない様子を浮かべながらも褒め返した。
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ドーン!
「《雷爆弾》作っといてよかったな。」
別の場所ではある来訪者がポツリと呟いた。彼は、海から来るモンスターなら雷が弱点じゃね? と思い、《錬金》である程度の《雷爆弾》を作っていたのである。もっとも、
「ちょっとロゼってば! 煙で前が見えないんだけど!」
と、パーティーの前衛には若干不評だったのだが。それでも彼の《雷爆弾》は多くの水棲青鬼を蹴散らした。
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「《雷符》」
また別の場所では巫女服の女性が手に持った護符を構えていた。すると相手の周りに稲妻が走る。
(このゲームで初めて術を使った人ってまだ雷使われへんやろ。)
水棲青鬼を蹴散らしながら女性はそんなことを思っていた。
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「《雷》、スキル持ってるけど使えない!」
アプリコットは口を荒げた。なんならアプリコットだけでなく、《雷》スキル持ちの来訪者全員がそう思った。まだサービス開始5日目。属性スキルの使い方は《回復》以外見つかっていない。先ほどまでに述べたような、雷属性の攻撃ができる人は例外中の例外なのだ。
「とっかかりもつかめない感じ?」
アニーが敵を捌きながら訊く。《マジックトーチ》が使えるようになった場面を見ているアニーは、アプリコットならもしかしてと思っている。だが、そんな思いとは裏腹に、アプリコットの返答は否定的な頷きだった。
「そっかー。まあ仕方ないよね。」
「それよりも敵を倒すのが先だよー。後で私も手伝うから。」
フラウが敵を倒す。確かに。とアプリコットも、別の水棲青鬼に《マジックショット》を撃つ。
「《サイスラッシュ》」
「《トリプルシュート》」
「仰ぎ旋」
「《薙ぎ払い》」
残りの面々もまた範囲攻撃で水棲青鬼に対処していた。その攻撃を見てフラウが歯噛みする。
「魔法も複数同時に撃てたらいいんだけどっ。」
「確かに、1発じゃ……」
1体にしか攻撃できない。と言おうとしてアプリコットは気が付いた。1発の魔法で複数の相手に攻撃する方法に。
「《マジックボール》!」
アプリコットは1体の水棲青鬼の腹に《マジックボール》を当てる。いつもと違い、当てた瞬間に消滅する球を、魔力を込めて維持する。
「んでっ、おりゃーっ!」
その球で水棲青鬼をノックして別の水棲青鬼にぶつける。さながら杖と《マジックボール》をバットに見立てたスイングだ。ぶつけられた水棲青鬼たちは飛んでいき、地面に激突して消滅した。
「これでよし! っと」
アプリコットが満足そうに呟く。そんな様子を近くの人たちは口をあんぐりさせながら見ていた。