142.
「……ん?」
未来の俺が目を覚ます。
良かった。どうやら死んではいないようだ。
いや、かなりギリギリの、生きているのが不思議なくらいの傷だけど。
それでも未来の俺はまだ生きていた。
「なんだ……死んでねぇのかよ」
「まるで死んでた方が良かったみたいな言い方だな」
「……かもな」
未来の俺は傷を治すこともせず、ただ俺から目を背けた。
理由は分かる。
「眩しい……」
「それはお互い様だろ?」
黒海苔が全てはじけ飛んだので、俺は急いで謎の光を装備した。
アヒルパンツ? あのロリコン、セイランが気に入って離れねえんだよ。
派手なパンツは、未来の俺に装着させてる。
攻撃の余波でクジャクパンツが消し飛んだからな。
流石に丸出しで話をするわけにはいかないから履かせた。
「……絵面ぁ」
「自覚はあるよ」
うん、酷い絵面だ。
仰向けのまま空を見上げる未来の俺に、俺は手を差し出す。
「……何の真似だ?」
「何の真似だって? 決まってるだろ? とっとと『世界の記憶』を寄越せ」
「ああ、そういうこと……」
なんだ? 手を差し出されたとでも思ったのか?
んなわけないだろ。
「今回のミッションは『世界の記憶』を手に入れることであって、お前を殺すことじゃないからな」
……いや、割と殺すつもりで戦ってたけどね。
そこはやはり未来の俺。無駄にしぶとい。
「……はっ」
大きくため息をつくと、未来の俺は右手を上げる。
すると、世界の記憶が再び現れた。
見る者によって姿を変えるので、俺には古びた手帳に見えている。
「ほらよ、世界の記憶だ」
未来の俺は、素直に応じてくれた。
受け取ると、アナウンスが流れる。
『世界の記憶を手に入れました』
よし、これで今回のミッションはクリアだ。
マッピングの方は、戦ってる最中に結構移動したおかげで自然に埋まったからな。
でもまだいつもの黒い空間に戻らないってことは、まだイベントが残っているのだろう。
それは当然、未来の俺との会話で間違いない。
未来の俺が口を開く。
「……あの飛行能力。あれはなんのスキルだ?」
「ディザス・マッシュリーってモンスターから貰った加護だよ。頭のパンツからキノコが生えてきて、それを食えば一時的だが、スキルが手に入る」
「――!」
未来の俺が表情を変える。
なんだ? ずいぶんと驚いてるな。
「ど……どうやって出会ったんだ?」
「エイトさんに紹介してもらった」
「――!」
それを聞いて、未来の俺はますます驚いた表情を浮かべる。
やがてどこか納得したように、笑みを浮かべる。
「はは、そうか……そういうことか。そういう選択もあったのか……」
「なんだよ、一人で納得して? ほら、さっさと説明してくれないか? どうしてお前は世界をこんな風にしたんだ? 戦う前に言ってたアイツってのは誰だ?」
「説明するのはちょっと長いし面倒だな。……後で適当に読んでくれ。それに全部、書いてある」
未来の俺は、世界の記憶を指さす。
「だから……俺から言うことは何もねえよ。それにお前が俺にならないってことも確信できた」
今の会話で?
「ディザスさんに会えたことがそんなに重要だったのか?」
「そうだ。ディザスさんのキノコを食えば、アイツの干渉を防ぐことが出来る」
――お前が弱いからアイツに取り込まれた! お前が弱いから全てを失ったんだ。
未来の俺が言っていた台詞が脳裏をよぎる。
「俺はパルムール王墓に行っても会えなかった。会ってくれなかったんだ。そうか、エイトさんが……そりゃ会えないわけだ」
「おいおい、どういう意味だよ。私にも説明してほしいんだけど」
後ろで見守っていたエイトさんも口をはさんでくる。
すると未来の俺は顔を逸らした。
「なんで顔逸らすのさ?」
「……俺は君に何かを言う資格なんてない」
「なにそれ? 戦闘中は散々馬鹿にしてくれたくせに」
「……なんで未来の自分を殺した相手に、そんな風に話しかけられるんだよ?」
「あはは、アイドルって嫌な人にも笑みを振りまかなきゃいけない時もいっぱいあるから」
「……」
一瞬、エイトさんの瞳から光が消えた。
未来の俺も、ちょっと引いてる。
なんか見ちゃいけないアイドルの闇を見た気がした。
「……俺は君を裏切った。君が助けを求めて来た時、俺は自分の都合を優先したんだ。それが……取り返しのつかない事態を引き起こした」
「何のことだよ?」
「無限EKに陥ってた君を……俺は助けなかった」
未来の俺の告白に、俺もエイトさんも驚く。
「いや……本当は助けるつもりだったんだ。ただ、作戦決行を一日ずらした。それが……取り返しの付かない事態になった」
そういえば、エイトさんとの共闘戦は、出会ったその日のうちに決行になったな。
でもたった一日のズレがどうしてそこまで影響したんだろうか?
「一日で状況が変わっていたんだ。エイトさんが無限EK状態になっていた場所は、黒い巨人の縄張りになっていた」
「「ッ……!」」
その言葉に、俺たちは息をのむ。
「俺がログインした時、エイトさんはすでに黒い巨人によって姿を変えられていた。黒い巨人はエイトさんを連れ去ったまま姿を消し、結果、エイトさんは無限強制ログイン状態となり、現実でも意識が戻らなくなった」
そういうことだったのか。
エイトさんは終末世界の病院に、自分の病室があることをずっと気にしていた。
本来は三日で退院する予定だったのに、なぜ残っているのかと。
その理由は、無限強制ログイン状態による昏睡状態が続いていたからだったんだ。
「それでエイトさんからディザスさんを紹介してもらうことも出来なかったのか」
「そうだ」
まさかたった一日、決行を引き延ばすだけでそんな結果になっていたなんて。
わずかな行動の違いが、大きく結果を変える。
バタフライエフェクトとはよく言ったもんだ。
「とはいえ、その後にもいくつかの要素が重なるけどな。まあ、最初のきっかけが消えたんだ。もうお前たちの未来は大丈夫だろう……たぶん」
「たぶんって言うなよ」
「絶対ってことはありえないからな。今も『終末世界』がデイリーダンジョンとして存在しているのがその証拠だ。可能性の一つとして、この世界は存在し続ける。小雨のような大陸龍魚を仲間にした奴は他にもいたからな」
……やっぱ俺以外にも居たのか、大陸龍魚を仲間に出来た奴。
さらっと重要なこと言いやがって。
「つまり今後も、デイリーダンジョンから『終末世界』は消えないってことか」
「そういうことだ」
あくまで無限にある未来のルートの一つって訳か。
ただまあ、少なくともこの『世界の記憶』があれば、俺が終末世界を引き起こす可能性は限りなく低い。
処方箋としちゃ、上出来だろう。
「お前らはどうなんだ? 井口、ノンノンデニッシュさん」
未来の俺が倒れたまま、二人を見つめる。
「少なくとも、君たち二人には、俺を裁く権利がある」
世界がこうならなければ井口はモンスターに変異しなかっただろう。
ノンノンデニッシュさんも家族と幸せに暮らせていたはずだ。
それを奪った。
だからこその、問い。
でも、それを聞くって事は――。
「やはり、悔いているんだね、君は」
「……」
ノンノンデニッシュさんが前に出る。
穏やかな口調で。
「先ほどはああいったが、私の病気を治してくれたのはこの世界の君だ。だから君には返しきれないほどの恩がある。とはいえ、それで世界全てを滅茶苦茶にした罪を許すことは出来ない」
「だったら――」
「だから、君はこれから、君が犯してしまった罪以上に、たくさんの人を救うんだ」
「――」
「何か理由があったんだろう? だから君はずっと自分を責めている。それでも自暴自棄になって死ぬなんて許さない。死ぬなら、もっと多くの人を救ってから死になさい。君には、それが出来るだけの力があるだろう?」
「……」
「人からの罵倒も、恨み言も、全てちゃんと受け止めるんだ。それでも目を逸らさず、自分の犯した罪と、ちゃんと向き合いなさい。罪も、過去も、決して消えない。でも、その手で未来を作ることは出来る。楽な道に逃げるんじゃなく、険しい道を歩くことは、君も望むところじゃないか?」
それに、とノンノンデニッシュさんは続ける。
「君に悪役の振りをするのは似合わないよ。私も以前はやったことがあるが、あれはストレスが溜まる。似合わないことはしない方が良い」
やっぱ演技だったのか。
にしても、ノンノンデニッシュさん、本当に高潔な精神だな。
見た目以外は、本当に素晴らしい人だ、この人。見た目以外は。
「……お前はどうなんだ、井口」
「わ、私は……」
話を振られ、井口は少しだけ視線を逸らしながら。
「……正直言うと、ここへ来るまでは、たとえ死んでも道連れにしてやろうと思ってました。私の中に居る彼女たちの為にも……」
井口は自分の胸に手を当てる。
合成させられた人達か。
おそらくは井口の知り合いだったのだろう。
それは彼女にとって、決して許せることではないはずだ。
「でもそれが先輩だってわかって、頭の中ぐちゃぐちゃになって、どうすればいいのか、今は分かんないんです……。あんなに殺してやりたいと思ってたのに」
「井口……」
「あ、で、でも……先輩を殺して、私も死ぬ? 先輩にとって最後の女になるとか、意外と悪くない……? だ、駄目……そんないけないこと考えちゃ……ハァハァ」
「……い、井口?」
お前、そんな子だったっけ?
え、ちょっと怖いんだけど、この子。
未来の俺もちょっと引いてるじゃんか。
すると、エイトさんがぽんと、肩に手を置く。
「……罪な男だね、リュウ」
「生まれてこのかた無罪放免だよ」
さっきまでのシリアスな雰囲気どこいった?
「はっ……本当になんだよこの空気は……馬鹿みてぇじゃないか」
全くだ。全然締まらない。まあ、俺たちらしいと言えばらしいけど。
未来の俺が、腕で顔を隠すように小さく呟く。
「……………………よくやった。ありがとよ」
だが、それははっきりと、俺の耳に届いた。
「おうっ」
すると、体が白く光り始めた。
どうやらこれでイベントは終わったようだ。
そういえば、今回はあの黒い人影は出てこなかったな?
俺たちはノンノンデニッシュさんの方を見る。
「ノンノンデニッシュさん、改めてありがとう。アンタが居なきゃ、俺たちはミッションをクリア出来なかった」
「礼など不要さ。過去でまた会おう」
ノンノンデニッシュさんは笑みを浮かべる。
「じゃあ、リュウ。また後で」
「ああ、またな」
光に包まれるように、俺たちは終末世界を後にした。
――そして、未来のリュウとノンノンデニッシュがその場に残される。
先に動いたのはノンノンデニッシュの方だ。
「さて、それじゃあ私も失礼するよ。お互い生きてたら、またどこかで会おう」
「……ノンノンデニッシュさん」
背を向けるパンツ一丁のおじさんに、未来のリュウは話しかける。
「……全てが終わったら、アンタの子供に会いに行ってもいいか?」
「! ……勿論だとも。あの子もきっと喜ぶ」
口元に笑みを浮かべながら、ノンノンデニッシュはその場を去る。
未来のリュウはそのまま仰向けになっていると、また誰かの気配を感じた。
そちらを見れば、そこにはあの黒い人影が居た。
「そうか、お前か。……お前が、過去の俺を導いてくれてたんだな」
『進むならあっち……』
身を起こし、未来のリュウは、黒い人影が指す方向を見る。
進むべき方向。
すなわち、彼にとって因縁深い相手が居る方向だ。
「……なるほど、あっちにアイツが居るのか……」
収納リストから女神の雫を取り出し、傷を癒す。
立ち上がると、黒い人影が指さす方向へと歩み始めた。
そのまま、黒い人影の横を通り過ぎる寸前、彼は口を開いた。
「……すまない。だが、もう少しだけ、過去の俺を導いてやってくれないか? お前も知ってるだろ? あの頃の俺は、まだ異世界ポイントのことを何も知らない。だから、お前の力が必要なんだ」
『……うん』
黒いモヤが消える。
そこに居たのは――。
「……ありがとうな、セイラン」
昔よりも少しだけ背が伸びた少女に向けて、彼は礼を言う。
黒い人影――未来のセイランは少しだけ笑みを浮かべた。
『大丈夫だよ。未来は変わった。だから……りゅーぅも、きっとアイツに勝てる』
「……まだ俺をそんな風に呼んでくれるのか」
『あたしにとって……りゅーぅは、ずっとりゅーぅだよ。だから――ッ』
少女の手が、彼を掴もうとしてすり抜ける。
当然だ。本当の彼女はもうとっくに死んでいるのだから。
泣きそうになる少女に、彼はどうしようもなく胸を締め付けられた。
「……すまない」
触れられない少女の頭に、彼はゆっくりと手を置く。
あるはずのない感覚を、しっかりと確かめるように。
「みんなと一緒に待っててくれ。今度こそ、全てを終わらせてくる」
少女を背に、彼は再び歩き出す。
その後、終末世界において、ある大規模な戦闘が発生する。
果たして彼がどうなったのか、それはまだ、誰も知らない――。
――さて、黒い空間に戻って来た。
「ふぅ……これでサブクエストもクリアか」
画面を見れば、メインストーリーが解放されていた。
これで次のシナリオに進むことが出来る。
「それじゃあ、待機室に行って、『世界の記憶』とやらを確認するか」
未来の俺に何があったのか?
アイツとは、いったい誰なのか?
その辺の疑問も全て、これに書いてあるはずだ。
ふと思ったのだが、俺がああなる前から、デイリーダンジョンってあったよな?
因果律とかってどうなってるんだろう?
この手の問題って、鶏が先か、卵が先かみたいなのが常にある気がする。
まあ、考えても答えは出ないか。
『フレンドメッセージが届きました』
「……ん?」
フレンドメッセージ?
誰だろうかと、確認してみればエイトさんだった。
『リュウ! 今すぐログアウトして、現実に戻るんだ! なんかとんでもないことになってる! 戻ったら連絡頂戴!』
「……なんだ?」
ずいぶんと慌てた様子だ。
とりあえず、了解と返信しておくか。
「現実がとんでもないことに……?」
なんだろうか?
まさか、終末世界の未来が変わった影響だろうか?
『世界の記憶』の内容も気になるけど、先にこっちを確認するか。
俺はログアウトを選択し、現実へと戻った。
「ふぅ……」
なんか久々に戻って来た感じがするな。
実際には、現実の時間は殆ど経過していないはずだけど。
「とりあえず、エイトさんに連絡を――ん?」
ふと、あることに気付いた。
「……畳?」
フローリングだったはずの床が、畳になっていた。
よく見れば、部屋の内装も変化している。
中でも一際目を引くのは、壁に掛けられた着物だ。
まるで江戸時代の浪人が着ているような着物が、いくつもあるではないか。
ここってスーツ掛けてたはずなんだけど?
「……なんでスーツが着物になってるんだ?」
ここ、現実だよな?
なんだか嫌な予感がしてテレビをつける。
ニュース番組には、見慣れたキャスターが映っていた。
……着物姿で。
『えー、緊急ニュースです。先ほど、第26代将軍徳川ロドリゲス様は、合衆国に対し、新たな徴兵制度の実施を決定を下しました。しかし愚かにも合衆国はこれに対し反対の意を示しており――』
「……なに、このニュース?」
徳川ロドリゲスって誰だよ?
なにこれ? まさかとは思うけどこれって……。
「……現実が変わった?」
――第142話 『未来を変えたと思ったら、現実が変わっていた件』
読んでいただきありがとうございます
これにて第五章は終わりです
更新がちょいちょい遅くなってしまってすいません
リアルの都合やら色々重なってしまいました
次回より、第六章に入ります
今までほぼノータッチだった『戦国乱世』や亜人解放戦線など、大河さん関連のイベントも盛りだくさんの予定。
新えねみーやメイちゃんも出番あるよ
主人公の尊厳もまだまだ失われるよ。やったね
面白かった、続きが気になる、更新頑張れと思って頂けたら、ブクマやレビュー、ぽちっと☆で評価したり、感想を頂けると嬉しいです
それでは引き続きよろしくお願いします




