139.ようこそ、地獄の入り口へ
黒い人物の周囲に現れた無数の黒い影。
シルエットは様々で、巨大な蛇や、大型の猿、猪のような形の奴までいる。
人型タイプは武器まで持っているな。
モンスター図鑑が更新されないってことはモンスターじゃないのか?
いや、もう一つ可能性がある。
――カード。
プレイヤーが所有するカードならば、モンスター図鑑では調べられない。
エイトさんの3や四分音符、ノンノンデニッシュさんのゴブリンたちもそうだった。
アイツもプレイヤーである以上、その可能性は高い。
『さあ、お前ら……奴らを殺せ!』
「「「「「ゴァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」」」
黒い影の大群が一斉に俺たちへ向かってくる。
「ここは私に任せたまえ! 出でよ、我が無双の軍勢よ!」
ノンノンデニッシュさんが右手を水平に掲げる。
すると、体から大量のローションが床に飛び散り、そこから無数のモンスターたちが現れた。当然、ローションから出て来たので、全員漏れなくぬるぬるだ。
こんなにも見た目が最悪な召喚の仕方があっただろうか?
だがその数は黒い影の大群と同じく百はくだらない。
「『上下一心』のスキルを持つ私に、カードの召喚制限は存在しない。物量には物量で対応させてもらおう!」
そうだ。
ノンノンデニッシュさんがパルムール王国で呼ばれていた二つ名は『個人騎士団』。
プレイヤーは本来9枚しか使えないカードを、ノンノンデニッシュさんは何枚でも使用することが出来る。
職業『ドM豚野郎』の固有スキルだ。
しかも召喚されたモンスターたちは、俺が以前遺跡で戦った時とは比べ物にならないほどに強くなっている。
「ギッシャアアアアアアアアアアッ!」
「ギャォォオオオオオウ!」
「ゴァォォオオオオ!」
ノンノンデニッシュさんのモンスターたちは黒い軍勢相手にも一切ひるむことなく、応戦している。
……ついでにローションにも慣れているのか、ぬるぬるでも動きは全く鈍っていない。
むしろ心なしか黒い軍勢の方が、なんか戸惑ってる感じがもう酷い。
「ゴン太、ゴブ助、ポチ郎!そちらの指揮は任せた!」
「ウガォゥ!」
「ゴブゥ!」
「ガルォォオオオオオオン!」
今、ノンノンデニッシュさんが声かけた三匹って、俺たちが遺跡で倒した奴らか。
事前に聞いた情報では、ゴン太がグランド・オーク、ゴブ助がキングゴブリン、ポチ郎がバスタードウルフという種族だったか。
比較対象の同族が雷蔵しかいないが、おそらく同格かそれ以上。
『……上下一心か。いいスキル、持ってるじゃないか』
「それはどうも――『ローション縛鎖・蜘蛛の糸』!」
ノンノンデニッシュさんの体から飛び散るローションが極細の糸へと変化。
黒い人物を絡め捕る。
『……きたねえな』
それは同意。
だがこれで動きは止まった。
「エイトさん!」
「分かってるよ! 全部1にな~れ!」
エイトさんの指先から、数字の1が銃弾のように高速発射される。
エイトさんのスキル『オール1』。
1秒間、命中した相手のステータスを全て強制的に1にしてしまうという恐るべきスキル。
それを受けて、黒い人物の動きが一瞬、鈍る。
だが一瞬あれば十分!
「――『時間停止』!」
1秒間だけ、時間を止める。
射程範囲にさえ入れば、ソウルイーターで一気に仕留める。
だが――。
『――雷神』
「なっ――」
そこで予想外の事態が起きた。
停止したはずの時間の中で、黒い人物の体が動いたのだ。
それに合わせるように、奴の足元から一際巨大な影が出現する。
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
デカい。
上半身だけで、天井まで届いている。
(ッ――デカブツが邪魔で間合いに入れねぇ!)
デカブツの腕が、黒い人物を守るように俺を邪魔する。
いや、問題はそこじゃない。
その直前だ。
(――停止した時間の中で動いただと?)
それはつまり俺と同じ時間系のスキル、もしくは何かしらの対策アイテムや装備を持っていることに他ならない。
だとすれば時間停止は乱用できない。
下手に使えば、逆にこっちが不利になる。
ともかく、まずはこのデカブツを処理しなければ!
「魂葬刃断!」
ソウルイーターの最大火力を叩き込む。
「ウガォゥ!」
「ウッキィ!」
「食らえ!」
「やぁー!」
更に雷蔵、夜空、井口、セイランも俺に合わせるようにそれぞれ攻撃を放つ。
全員、新月と雲母のバフで強化された状態だ。
『GOAAA……!』
それでもデカブツは耐えた。
腕や体はそれなりに削れたが、内側に居る黒い人物にまでは届いていない。
「CT終わった! リュウ! 合わせて!」
「エイトさん!」
エイトさんの『オール1』で、ステータスを弱体化させれば、確実にデカブツを処理できる。
「全部1に――」
『――夜神』
すると新たな影が現れる。
派手な杖を持った細身の影だ。
『UGIIIIIIIIIIII!!』
派手な杖から放たれたのは、銃弾のように小さな炎。
それはエイトさんが放った「1」と激突する。
「なっ、馬鹿な……1を相殺するなんて――がはっ!?」
「エイトさん!?」
夜神と呼ばれた影の放ったスキルの方が、威力は上だったようだ。
エイトさんは避け切れず、ダメージを負う。
「大丈夫か?」
「うん……左腕を軽く火傷しただけ。でも信じられないよ。『オール1』はスキルの威力だって最低値になるはずなのに、それでこの威力なんて……」
エイトさんは自身の収納リストから取り出した回復アイテムで腕を治療する。
『『オール1』はそこまで便利なスキルじゃねえよ。まだまだ使いこなせてないみたいだな』
「……まるで私よりも私のスキルに詳しいみたいな口ぶりだね」
『ッ……さあな』
なんだ、今の間は?
まるで失言してしまったかのように、黒い人物はかぶりを振る。
『さて、じゃあ次はこちらの番だ。雷神、チャージは終わったな?』
『GOAAA……』
バチバチと雷神の体から、放電現象が発生する。
その瞬間、背筋がぞわり、とした。
「みんな、俺の傍に! 何か来る!」
反射に近い号令。
全員が同じ気持ちだったのだろう。
誰もが即座に駆け出した。
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
次の瞬間、雷神から、全方位に雷撃が放たれた。
ズドォォォンッ!!!!
爆音と共に周囲が光に包まれ、俺たちはあっさりと吹き飛ばされた。
「ぐっ……がはっ」
いったいどれほど吹き飛ばされたのか?
胸のあたりに激痛が走る。
(ま、マズイ……息が出来ない。体が動かない……)
女神の雫を……いや、無理だ。
視界が霞んで、収納リストを確認できない。それじゃ間に合わない。
(意識が――……そ、『その場しのぎ』!)
薄れゆく意識の中で、必死にスキルを発動させる。
ずるり、と。
体から何かが抜けてゆく。
どうやら運悪く肺に鉄パイプが刺さっていたらしい。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
心臓に刺さってたら即死だったな。
血まみれになった鉄パイプを見て、ゾッとした。
はっきりと意識が戻ると同時に、周囲を確認する。
「ッ……嘘だろ?」
目の前にはかつて駅だったものが広がっていた。
駅ビルや広場は見るも無残に崩壊し、周囲の建物もボロボロ。
「ぐっ……リュウ、無事かい?」
「せん、ぱい……」
「りゅーぅ……」
後ろからエイトさん、井口、セイランの声が聞こえた。
三人とも、あの瞬間俺の後ろに間に合ったおかげで直撃を避けることが出来たようだ。
代わりにストックしてたマジックミラーは全て使い切っちまったし、同時発動させた魂魄障壁でソウルイーターのストックもかなり消費しちまった。
「……ウガォゥ」
「……ウッキィ」
少し離れた場所で、雷蔵、月光、月影が瓦礫の中から立ち上がる。
雲母は雷蔵に抱きかかえられていた。
夜空や新月も彼らの後ろに居た。
どうやら、咄嗟に雷蔵たちが壁となって夜空たちを守ってくれたようだ。
月影や月光に比べて、雷蔵の傷が浅いのは悪魔のネックレスのおかげだろうな。
小雨も待機室に置いたままが幸いした。
下手したら守り切れなかったかもしれない。
ともかく無事でよかった。
「ハァ……ハァ……すまない。避け切れなかった」
「ノンノンデニッシュさん……よかった。無事だったんだな」
近くのビルからノンノンデニッシュさんが現れる。
どうやらかなり遠くまで吹き飛ばされたらしい。
その割に傷はほぼない。
ということは――。
「……二回、死んだよ。雷撃で一回、ビルに叩きつけられた時に一回。もうこれで残機は残っていない」
「ッ……」
つまりノンノンデニッシュさんも、もう後がないということ。
「私も威力の減衰スキルや防御系はしばらくCT待ちかな。ミー君やシーちゃんも死んだみたいだ。……蘇生アイテムはあるから、後で蘇生は出来るけど、前線にはもう出せない」
おそらくノンノンデニッシュさんのカードも同じような状況。
つまり残ったのはここに居るメンバーのみってことか。
「ッ……ふざけんな」
たった一撃だぞ?
たった一撃で、ここまで追い込まれるだと?
悪い冗談にも程がある。
「リュウ……今の攻撃、連発出来ると思う?」
「出来ない、と信じたいな。次、また今のがくれば、全滅だ」
土煙の中から、黒い人物が現れる。
その背後には雷神、夜神と呼ばれた影も居た。
『GOaaa……』
巨大な黒い影――雷神が、奴の足元に沈んでゆく。
どうやら力を使い切ったらしい。
……連発は出来ないようだな。
そこだけは安心したが、CTがいつ終わるか分からないし、油断はできない。
またやられれば、終わりだ。
『今の一撃でもう瀕死か。やはり弱いな』
「てめぇ……今の攻撃。味方も巻き込んで……」
先ほどの雷撃で、ノンノンデニッシュさんのカードと戦っていた黒い影の大群も軒並み吹き飛んでいた。
味方も平気で巻き込む形であの攻撃をしやがったんだ。
『それがどうした? そんなことをいちいち気にするから、お前は弱いんだよ』
「がはっ」
黒い人物が腕を振ると同時に、吹き飛ばされる。
攻撃の軌道がまるで見えなかった。
『ダメージが消えてるな。女神の雫……いや、『その場しのぎ』か。まったくその場、その場で、適当に生きてきたお前にぴったりのスキルだな』
「な、なにを……?」
『ああ……本当に腹が立つ。こんな……この程度で。早く死ねよマジで』
なんだ?
コイツは何に苛立っている?
「りゅーぅをいじめるなー!」
ボコボコボコッ! と。
奴の足元から土で出来た巨大な腕が出現する。
セイランの精霊魔法だ。
そのまま奴を掴み取り、握りつぶそうとする。
『あぁ……セイランか。お前は本当に哀れだな。そんな弱い奴に拾われたばかりに』
「うるさいっ! みんなをきずつけて! つぶれちゃえ!」
『お前には出来ないよ。お前じゃ精霊魔法も色魔法も使いこなせない』
拘束されても、奴には焦りの様子は一切見られない。
『――魂魄斬り』
その声と共に、セイランの作り出した腕が豆腐のように切り裂かれた。
そのまま事も無げに地面に着地する。
『精霊魔法にとって、魂を切り裂くソウルイーターは天敵だ。精霊も一種の魂だからな』
「なっ……」
その手に握られていたのは――魔剣ソウルイーター。
まさかコイツも俺と同じ武器を持っていたのか。
だが、なんだこの胸のざわめきは?
これは……偶然なのか?
『偶然じゃねえよ』
「ッ……」
まるでこちらの心を見透かしたかのような声音。
『なあ、もう薄々勘づいてるんだろ? 俺が……誰なのか』
「だ、黙れ! 魂葬刃――」
『脱衣』
その瞬間、俺の手からするりと、ソウルイーターが滑り落ちた。
急いで拾い上げようとしても掴めない。
これは……この感覚は装備不可の状態だ。
それに、さっきコイツが言ったスキル名は……。
「…………ッ」
そんなわけない、そんなはずがない。
脳が、心が、答えを拒んでる。
『そうだな。いくら弱いとはいえ、何も知らないまま、死ぬのは哀れだろう。最後に教えてやるよ、俺が誰なのか。夜神、俺の認識阻害を解除しろ』
『UGII……』
奴の後ろに控えた夜神と呼ばれた影が杖を振る。
すると、まるで汚れが剥がれるかのように、奴を覆っていた影が消えてゆく。
その素顔が露わになる。
「そんな……あり得ない」
エイトさんが愕然とする。
「嘘……嘘……そんな……」
井口が信じられないといった表情を浮かべる。
いや、井口だけじゃない。
その場にいる全員が同じだった。
ドクンッと心臓が嫌な鼓動を奏でる。
背中から冷や汗が流れ、唇が震える。
「……嘘だ」
「嘘じゃねえよ」
ようやく絞り出した言葉は、同じ声によって否定される。
終末世界に変えた元凶。
諸悪の根源。
そこに居たのは――俺と同じ顔。
「改めて自己紹介をしようか? 初めまして、過去の俺」
未来の俺が、そこに居た。




