124.みんなで一緒に朝食を食べる
朝、目が覚めると何やらいい匂いがした。
「……ん?」
何だろうか? 台所から漂ってくる。
起き上がろうとして、更なる違和感に気付いた。
両脇に感じる温かさ。
見れば、セイランと夜空がそれぞれ両脇に寝ていた。
「……え?」
「……んん。りゅーぅ~……えへへ」
「ウッキィ~……」
二人ともスヤスヤと寝息を立てている。
え、なんで居るの?
ああ、夢か。
そうだよな。セイランも夜空も待機室に居るはずだし、現実に居るわけが――。
『ボー』
「うぉぅ!?」
と思ったら、目の前に小雨が居た。
真正面、至近距離で、ドアップの魚顔。
心臓に悪いってもんじゃない。
改めて思うけど、宙に浮かぶアロワナがベッドの上に浮かんでるって違和感半端ないな。
「こ、ここ、小雨!? おま、お前、まさか勝手に『世界扉』を使ったのか!?」
『……ボボー』
小雨は顔を横に振る。
「違うって言うのか? でもお前以外にこんなこと出来る奴は……」
「あ、先輩起きましたか? 朝ごはん出来ましたよー」
ひょこっとリビングから井口が顔を見せた。
「井口!? お前、なにやって……?」
「何って、先輩の為に朝ごはん作ってたんですよ。混乱してますよね? 皆がこっちに居る理由もちゃんと説明しますんで。あ、ついでにセイランちゃん達起こして下さいね~」
そう言って井口はリビングへ戻ってゆく。
まったく朝から何だってんだよ……。
「はぁ……」
なんか一周回って冷静になって来た。
「起きろ、二人とも。朝だぞ」
「……んむぅ? あ、りゅーぅ、おはよー」
「ウッキィ~……」
俺はセイランと夜空を起こすと、リビングへ向かった。
リビングには雷蔵も居た。
刀を抱えたまま、窓際の壁に背を預けたまま佇んでいる。
テーブルには井口が作ったであろう朝食も人数分、並んでいた。
ご飯にみそ汁、焼き鮭、ほうれん草のおひたし、卵焼き。
日本人好みの朝食である。
「……うまいな」
「んふふ、でしょう? 腕によりをかけて作りましたから。お代わりもあるから、いっぱい食べて下さいね」
「いぐち、これおいしい!」
「ウッキキ~♪」
俺の隣に座るセイランと夜空も美味しそうに朝食を食べている。
二人とも、箸が使えないからスプーンとフォークを使っている。
「セイラン、口元が汚れてるぞ、ほら」
「むぐっ……、ありがとりゅーぅ♪」
俺はティッシュでセイランの口元をぬぐってやる。
すると、それをじーっと見ていた夜空がおもむろにほっぺにご飯粒を付けて、こちらを見た。
「ウキッ♪」
「……自分で取りなさい」
「ウキー!?」
夜空はがーんって、この世の終わりみたいな感じの顔になる。
仕方ないのでとってやったら、途端に上機嫌になった。
『……ボー♪』
小雨は左右のひげを器用に使って、細かく切った焼き鮭を口に運んでいる。
……お前、そうやって食べるんだ。てか、魚食うのか。
「きゅー♪」
雲母はテーブルの隅で、小さくカットされた野菜と果物を頬張っている。
……うん、一番可愛い。癒される。
「……ウゴゥ」
雷蔵は壁に寄りかかったまま、スムージーみたいなのを飲んでいた。
たぶん、牛乳とかプロティン入りのやつだろうな。
以前、俺が飲んでるのを分けてやって以来、妙にハマってたし。
井口の方を見れば、彼女は食事には手を付けず、ただ嬉しそうに朝食を食べる俺たちを見つめていた。
「食べないのか?」
「私、お腹減らないんですよ。人間だった頃と違って、今の私って体の作りが全然違うので」
井口は自分の心臓部分を指さす。
「心臓に私の魔石があるんですけど、これが周囲から魔力を吸い取ってエネルギーにしてるんです。だから、人としての食事は一切必要ないんです」
「……エネルギーが切れたらどうなるんだ?」
「死にはしませんけど、しばらくは活動できなくなりますね。人間でいう所の、睡眠に近い状態になります。全力で動き続ければ、息切れだって起こしますし、そこは人と一緒ですね」
「なるほどな……」
改めて、井口が人ではなくモンスターになったのだと思い知らされる。
すると井口は自分の肩を抱いて、悲痛そうな表情になる。
「ああ、愛する人と一緒に食事もとれないなんて、なんて可哀そうな私っ。先輩、慰めて下さい」
「コンセントなら、そこ空いてるから好きに使っていいぞ」
「私、ロボットじゃないですよ!? もうちょっと同情してくれても良いじゃないですか!」
「調子に乗りそうだから、駄目」
「ぬがぁ!?」
がーんっと落ち込む井口。
「……まあ、朝食は美味しかったよ。ありがとうな」
「まあ、胃袋はしっかり掴めたようなので、それでよしとします」
落ち込んだり、明るくなったり忙しいなコイツ。
むしろ、人間だった頃よりも、表情豊かになってないだろうか?
てか、愛する人とって……コイツは、さらっとそういうことを、全く。
「……人間に戻れたら、真面目に考えるか」
「え? 何をですか?」
「なんでもねーよ。てか、そろそろ話してくれ。なんでお前らは勝手に現実側に来てるんだ? あと、この食材どうしたんだ?」
冷蔵庫や棚には野菜とレトルト食品くらいしかなかったはずだ。
「食材は宿泊場の冷蔵庫から持ってきました」
「食糧庫……ああ、そういえば宿泊場の食堂にあったな」
セイランたちが寝泊まりする宿泊場には食堂もある。
調理場には冷蔵庫もあり、中には様々な食材が入っていた。
「こっちに来た理由は――まず、小雨ちゃんのスキルが変化したからですね」
『ボー♪』
「小雨の……?」
「『世界扉』のCTが短くなったんです。以前は12時間だったんですが、半分の6時間になったんですよ」
「……!」
半分になっただと?
終末の楽譜にはロックになったスキルを解放するだけじゃなく、そんな効果まであったのか。
「それは見落としてたな……。てっきり、スキルのCTは変わらないもんだとばかり思っていた。」
だがありがたい。
今までよりも遥かに使い勝手が良くなる。
「それで、小雨ちゃんに『世界扉』を開いてもらって、皆でこっちに来たんです。先輩、全然危機管理甘いですし。……私自身の検証も兼ねて」
「危機管理?」
「そうですよ。ぶっちゃけ、先輩、気を抜きすぎです」
「何を言って――ッ!?」
刹那、井口の杖と雷蔵の刀が俺の首に当てられていた。
セイランも雲母もぽかんとしている。
夜空は……少し何かを我慢するように震えていた。
「ほら、気を抜いてる」
「井口、雷蔵……」
「私達がその気になれば、こんな簡単に先輩のこと、殺せちゃうんですよ? スキルも使えず、力も常人並みに戻った今の先輩じゃ、まともに反応も出来なかったでしょ?」
「……」
そう言って、井口と雷蔵は武器を収めた。
ドッと汗が噴き出した。
井口と雷蔵の殺気に当てられたのか、体が震えていた。
「雷蔵……」
「……ウガォゥ」
俺が視線を向けると、雷蔵は申し訳なさそうに頭を下げた。
「雷蔵さんを責めないでくださいね。これ、私が言い出しっぺなので。……夜空ちゃんは、演技でも絶対嫌だっていうので」
「……ウッキィ」
ああ、夜空にも話はしてたのか。
それであんな反応をしていたのか。
「言いたいことは分かったよ。確かに、俺の認識が甘かったな」
井口がどうしてこんな行動をしたのか、今のやり取りで嫌と言うほど分かった。
俺以外にも『世界扉』が使えるプレイヤーが居る可能性。
ソイツが悪意を持って、他のプレイヤーを探し、襲った場合、今の俺はあまりにも無力だ。
考えすぎ、なんてことはない。
現に、その悪意を持った何者かの仕業で未来は『終末世界』になったのだから。
「でも常時ログイン状態を維持するなんて無理だぞ?」
確かに小雨の『世界扉』は閉じてからもその効果は継続する。
だがログイン状態になるということは、あの姿になるということだ。
俺に社会的に死ねというのか。
(……服を着れば何も問題ない。でもそれが難しい)
ここ最近気づいたのだが、ログイン状態の俺は、どうにもあの姿じゃないと落ち着かなくなっている。
服を着るとスキル的なペナルティがあるわけでもないのに、だ。
ひょっとしたら『職業』の弊害かもしれない。
いわゆる職業における隠しステータス、隠し効果というやつだ。
……いや、隠し効果ってか、呪いだなこれ。
世の中は変態にとって生きづらい。とても良いことだと思う。
「だからこそ、私達がこうして現実に来たんです。先輩がログイン状態じゃなくても、私達が現実で影から護衛したり、スキルでサポートすれば万が一にも備えられます。特に私や呪い人形ちゃん、亡霊ちゃんは、敵から身を隠したり、探知されないスキルを使えるので」
現実にプレイヤーが居ても、探し出せないってことか。
確かにそれはありがたいな。
「ちなみに呪い人形ちゃんは先輩のスマホのストラップに擬態してます」
「あ、ほんとだ……」
スマホに親指サイズの人形が付いていた。
元の不気味な見た目じゃなく、ピンク色の魔法少女みたいな感じのちょっと可愛い系。
『――コノ姿、悪クナイワ♪』
呪い人形もちょっと楽しそうである。
……でもこれ、俺が付けてていいのか?
似合ってなくない?
「それと嘆きの亡霊ちゃんが影に入っていれば、何があっても確実に対応できます。ついでに屍狼ちゃんも、デカいハスキーってことで申請出せば現実でも飼えますよ。このアパート、申請出せばペット可みたいですし」
井口は俺の部屋の賃貸契約書を取り出す。
「……お前、俺が寝てる間に、変な物探してないだろうな?」
「それで私自身の検証結果ですが――」
コイツ、露骨に話逸らしやがったな。
まあ、今は突っ込まないでおこう。
「結論から言えば、私がこっちに居ても問題なかったです」
「……まさかお前、会って来たのか? こっちの世界の自分に」
「はい」
井口は真剣な表情で頷く。
「安心してください。誰にも気づかれてはいません。それに会って来たって言っても、寝てる自分の姿を見て来ただけです」
「いや、そうじゃなくてだな……。お前、もしかしたら消えてたか、同化してたかもしれないんだぞ? そんな軽々しく試すもんじゃないだろ」
「軽々しくなんて、思ってませんよ。それにいつかは確認しなければいけなかったことです。それに収穫もありましたし」
「収穫?」
「はい。色々と……記憶が戻ったんです。それにカードについての知識も。先輩、カードって『合成』が出来るって知ってますか?」
「ああ、知ってる。でもまだ試したことはないな」
「……だと思いました。夜空ちゃんたちを見てれば分かります。先輩、優しいですもんね」
井口は夜空や雷蔵を見る。
「ウキキ?」と夜空は小首をかしげた。
確かに俺は『合成』を今まで避けていた。
呪術猿に虐げられて生きてきた夜空たちを、同じように使い潰す真似、絶対にしたくなかったからだ。
「カードの『合成』には二種類あるんですよ。『同化』と『共存』です」
井口は指を二本立てる。
「同化は文字通り、一枚のカードに別のカードを同化させること。戦闘力もスキルも格段に向上しますが、素材になったカードは失われます。もう一つの『共存』は『融合』よりも向上率は下がりますが、分離が可能なんです」
「分離……元に戻せるって事か?」
「はい」
元に戻せる……。
確かにそれなら、夜空たちの戦力アップにも繋がるし、猿たちにも説明しやすい。
「確かにそれは俺たちにとってありがたい話だな。でもなんで急にそんな話をしたんだ?」
「……それは」
井口は顔を逸らし、暗い表情を浮かべる。
「……私の中にも他のカードが合成されてるんです。何枚も……」
「なんだって……? クラウン・レディオの仕業か?」
「はい。私だけじゃなく、狙撃兵さんたちにも」
現地調達と言っていたが、終末世界で井口や狙撃兵以外のカードを使っていなかった理由はそれか。
戦力になりそうにないカードは、全て井口たちの強化に使っていたんだ。
「同化した人たちは無理でも、共存した人たちなら解放できる
先輩、お願いします。どうか、彼らを解放させてあげてくれませんか?」
「そんなの当たり前だろ。すぐにでも取り掛かるぞ」
頭を下げる井口に、俺は迷うことなく頷いた。
そういう頼みなら、断る理由なんてない。
(……しかし気になるな)
クラウン・レディオはどうして、全てのカードを同化させなかったのだろうか?
『同化』と『共存』を使い分ける理由……。
ひょっとしたらカードの合成には、まだ俺や井口が知らない仕組みや制約があるのかもしれない。
何か検証する方法も考えないとな。




