117.慢心しない敵は厄介
クリアはしたがいつもの空間にはまだ戻らない。
イベントが残ってるってことか。
(そういや、あの黒い人影もまだ現れてないな)
いつもはクリア寸前になると現れていたあの黒い人影。
ひょっとしたら、この後出てくるのか?
エイトさんと雷蔵たちが近づいてくる。
「リュウ、今クリアのアナウンスが流れたんだけど、そっちは?」
「ああ、こっちも流れた」
どうやらエイトさんにもアナウンスは流れていたらしい。
良かった。これで二人ともミッションクリアだ。
エイトさんは手に持った鍵を見つめてくる。
「それが『救世の鍵』かい? 効果は?」
「まだ確認してない。それと一つしかないみたいなんだ」
二人でクリアしても報酬は一つだけ。
これってもし仮にエイトさんが無限リスキルになってなければ、どうなっていたんだろう?
俺とエイトさんそれぞれがアイテムを手に入れていたのか。
それとも早い者勝ちだったのか。
クリア出来た以上、確認しようがないが。
「ふーん。じゃあ、それはリュウが持っててよ。私は良いからさ」
「いいのか?」
「いいも何も、リュウがいなきゃ、私はずっとリスキル状態だったもの。だから、それはそのお礼ってことにしといて。どの道、今回の報酬はリュウにあげるつもりだったし。ほら、これ」
そう言ってエイトさんは、自分の収納リストから何かを取り出す。
それは見覚えのある古びた楽譜だった。
「それって……」
「うん、終末の楽譜F。クリア報酬に入ってたんだ。前にリュウが集めてるって言ってただろ? だからあげるよ」
「そうだけど、いいのか? なんか貰い過ぎて、逆にこっちが申し訳なくなってくるよ」
「いいよ、別に。友達じゃんか。困ったときはお互い様だよ」
「……分かった。じゃあ、ありがたくいただくよ」
エイトさん、なんていい人なんだ。
見た目が8なこと以外はパーフェクトである。
……正直なところ、エイトさんのこの提案はかなり嬉しかった。
これで前回、今回のクリア報酬と合わせてE、F、Gと新たに三枚の楽譜が手に入った。
待機室に戻ったら、セイランと小雨に確認してもらおう。
「それで、君の同僚や狙撃兵のカードはどうなったの?」
「ああ、それも今確認する」
俺はアヒルパンツに挟んでおいた四枚のカードを取り出す。
とても生暖かかった。
「……今更だけど、他に仕舞うところなかったの?」
「……ない」
マントにポケットみたいなのは付いてないし、パンツ以外にどこに仕舞えというんだよ。
他人のカードは収納リストにもバインダーにも納められないし。
カードの井口の表情が複雑な表情を浮かべていた。
……どういう表情なんだこれ? 嬉しいのか、泣いてるのかどっちだ?
「それを言うなら、エイトさんだってないだろ」
「私はあるよ。ほら、ここ」
エイトさんは8の下の部分の空洞を指す。
え、そこ物入るの?
戦闘中は体から数字を生やしてたし、謎構造過ぎる。
「ていうか、リュウ。戦闘が終わったんなら、もう服着てもいいんじゃないの? 『着替え』があれば、何かあってもすぐに対応できるでしょ?」
「出来るけど、万が一、その『着替え』のCT5秒がネックになるかもって考えちゃうんだよ。たった5秒が戦闘にどれだけ影響するか、エイトさんだって分かるだろ?」
「……確かにそれを言われちゃったら、何も言い返せないね」
エイトさんなら一秒の重みを誰よりも知っているだろう。
そうだ。俺だって好きでこんな変態な格好をしているわけじゃないんだ。
ただ万が一に備えて、恥を忍んでいるに過ぎない。
待機室ではって? 別に見られて困る連中は居ないし。
あー、でも井口が仮に仲間になれば、流石に待機室では服着なきゃな。
「さて、それじゃあ井口のカードを……あれ? そういえば、他人のカードってどうやって実体化するんだ?」
「そういえば、どうやるんだろう? そもそも他人のカードを奪ったり、交換するって出来るのか試したことないよね」
「だよなあ……」
すると頭の中にアナウンスが響いた。
『以前の所有者がカードの所有権を放棄しました』
『終末の魔導士及び終末の狙撃兵の、現在の所有者は居ません』
『従属化しますか?』
「今、頭の中にアナウンスが流れて、なんかカード化出来るみたいだって」
「そうなんだ。良かったね……」
ふと、エイトさんは何か考えるそぶりを見せた後、こちらを見た。
「ねえ、リュウ。もしよければ、終末の狙撃兵の方は、私に所有権を譲ってくれないかい? 出来れば、三枚とも」
「別に構わないけど、どうしてだ?」
「ちょっと気になることがあってね。後で確認が取れたら、ちゃんと話すよ」
「分かった。じゃあ、これ」
俺はエイトさんに三枚のカードを渡す。
確かに狙撃兵は強力な戦力かもしれないが、別に惜しくはなかった。
エイトさんの頼みだからな。
彼女が終末の楽譜を対価を求めず譲ってくれたように、俺も彼女にはそうありたいと思った。だって友達だからな。
エイトさんは三枚のカードをバインダーに収める。
「ありがと。少し時間はかかるかもしれないけど、確認が取れたら後で連絡するよ」
「ああ、分かった」
俺も井口のカードをバインダーに収める。
すると、どこからかパチパチと拍手のような音が聞こえて来た。
音のする方を見れば、あの黒い人影が居た。
『……おめでとう』
「相変わらず唐突に出てくるな、お前」
黒い人影は駅の中を指さす。
『進むならあっち……戻るならそっち』
「あっち、ね。んで、今度は何があるんだ?」
『……世界の記録。きっと役に立つよ』
「なあ、今更だけどお前は誰なんだ? そろそろ正体を教えてくれよ?」
すると黒い人影が、かすかに揺らめいたように見えた。
ともすれば、どこか悲しそうに。
『……なんでそんなことを聞くのか分からない』
「え?」
『今日は……ここまで。いつか思い出してくれるのを……待ってるから』
そう言って、黒い人影は消えた。
……今の言葉はなんだったんだいったい?
思い出すって、いったい何のことだ?
「なかなか気になることを言ってたね。君の同僚やあの道化の話といい、今の黒い人影といい、『異世界ポイント』にはまだまだ謎がいっぱいありそうだね」
「……そうだな」
黒い人影が居たところを確かめるが、今回は特にアイテムはなかった。
いよいよ井口を実体化させようとすると、体が白く光り始めた。
「……どうやらここまでみたいだね。リュウ、今回はありがとうね。本当に助かったよ」
「別にいいって。また何かあったら、よろしくな」
「うんっ」
さて、待機室に戻ったら、井口に話を聞かないとな。
白い光に包まれ、俺とエイトさんは終末世界を後にするのだった。
一方そのころ、薄暗い空間で、クラウン・レディオは目を覚ました。
碌に身じろぎも出来ない狭い空間だった。
身をよじって、手でふたを開けると、一気に視界が広がる。
薄暗かったのは、棺に閉じ込められていたからだ。
ふたには十字架をあしらった模様が施され、吸血鬼が眠りにつくような外観をしている。
外に出ると、そこは寂れた教会だった。
「ふぅ、ようやく戻ってきましたか……」
棺から起き上がると、さしたる感慨もなく、体の具合を確かめるように伸びをする。
久しぶりに本来の体に戻ったからか、体のあちこちが固くなっているような気がした。
「あら、負けちゃったの?」
声が聞こえた。
そちらを見れば、紫色の薄いドレスに身を包んだ女性が、笑みを浮かべながら、彼を見ていた。
銀色の髪は腰ほどまで長く、その瞳はルビーのように赤く輝いている。
「これはこれは女王。ぷれいやーに無様に敗北した哀れな道化に何の御用でしょうか?」
「やっぱり負けたのね。初めてじゃないの? 貴方が『ぷれいやー』に負けるなんて」
女王と呼ばれた女性の声には、ほんのわずかな驚きの感情が混じっていた。
彼女にとって、クラウン・レディオが負けたのは、それほど予想外だったのだろう。
彼女の言葉に、クラウン・レディオは苦笑する。
「中々に貴重な経験をさせて貰いましたよ。ほろ苦く、飲み込み難く、とても長く腹に残りそうだ。これが敗北の味というやつなのでしょうね」
「悔しいんだ。やーい、やーい、敗北者〜」
「……そういう貴女こそ、ここに居るということは負けたのでしょう?」
クラウン・レディオにそう問われて、女性はうぐっと、渋い表情をする。
よく見れば、彼女が腰かけているのも、彼と同じ棺であった。
つまりは彼女もまた『ぷれいやー』に負けたということ。
少し言い方に棘のあるのは、僅かばかりの意趣返しだろう。
「ちょ、ちょっと油断しただけよ。力だって制限されてたし、相性も悪かったし、それにすっごい変な格好してたのよ。オドオドして大して強そうに見えなかったし」
捲し立てるように話す彼女に、クラウン・レディオは苦笑する。
「模造品とは言え、貴女を倒すとは大したぷれいやーじゃないですか。どんな奴だったんです?」
「……SM女王様とバニーメイドが合体したような見た目の女だったわ」
思い出すのも忌々しいと、彼女は呟く。
「なんですか、それ? 貴女と将軍が配置されたのは『戦国乱世』ですよね? 侍とかじゃないんですか?」
「知らないわよ。そうとしか言いようがないもの。クソデカい斧を鎖鎌みたいに投げてくるわ、砲弾みたいな弾を連発してくるわ、世界観ガン無視だったわよ。なによメイドキックって! どこにキック言いながらミサイルぶっ放すメイドが居るのよ!」
「……ずいぶんと個性的なぷれいやーですねぇ」
彼も中々個性的な『ぷれいやー』と戦ったが、彼女も似たよう相手と戦ったらしい。
思い出したくもないのか、女王は話題を切り替える。
「そういうあなたはどんなぷれいやーと戦ったのよ?」
「派手なパンツを履き、乳首に星マークを付けた男と、数字の8に手足が生えた女性でしたね」
クラウン・レディオの言葉に、女王はぽかんとする。
イメージ出来ない。どういう変態と、どんな生き物だそれは?
一瞬、冗談かとも思ったが、クラウン・レディオがそういう類の冗談を言う男ではないと、彼女は良く知っていた。
「……ひょっとしてぷれいやーって頭のおかしい奴しか居ないのかしら?」
「かもしれません。ですが、彼らが強いのもまた事実。厄介ですよ、実に」
「そうね」
敗北はしたが、情報は得られた。
情報が得られれば対策も立てられる。
二度と同じ手は通じない。
それに次に会うときは、模造品ではない本来の姿だ。
力も一切制限されていない状態ならば、クラウン・レディオが負ける理由は一つもない。
(ですが、その程度に考えていては、きっとまた負けてしまいますねぇ……)
何故なら、自分と再び出会うときには、あの『ぷれいやー』はもっと強くなっているはずだ。
対策するだけでは足りない。
警戒し、あらゆる可能性を想定し、十全に力を蓄えなければ。
「ああ、楽しみだ。次に会うときが待ち遠しい」
その時にはきっと、もっともっと素晴らしい殺し合いが出来るはずだ。
騙し合い、策をめぐらせ、小細工をたっぷりと仕込んだ真っ向勝負。
まさに彼が望む最高のショーだ。
その為には、まず一つだけ。どうしても決めておかなければならないことがある。
「ところでクイーン。一つ相談があるのですが」
「なによ?」
「私も胸にシールを貼ろうと考えているのですが、どんな柄が良いと思いますか? 星はいかにも彼を意識しているようで露骨過ぎますし、やはり♠か◆辺りが無難かと思うのですが……あ、色はピンクですよね、やはり」
「知るかボケ!」
確かに『ぷれいやー』には奇妙な奴らが多い。
しかしだからと言って、仲間にも変な奴が多いのは困る。
ぷれいやーに悪い意味で毒されないで欲しいと、女王はつくづくそう思った。




