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2 七不思議

 放課後、誰もいなくなった教室。私が自席で窓から部活動の様子を眺めていると、教室の前方のドアが開き、黛くんが教室に入って来た。


「吉野さんは、まだ教室にいるの?」


「ううん。もうすぐ帰るつもり」


 私は苦笑しながら答えた。最近、皆の視線が怖くてずっと窓の外を眺めていると、いつの間にか夕方になっていることが多かった。


「そっか……ねえ、これから七不思議のひとつ、校舎裏の石碑を見に行こうと思うんだけど、一緒にどう?」


 黛くんが、私の席に向かって歩きながら聞いてきた。私は首を横に振る。


「私、クラスの皆に嫌われてるし。私と一緒にいると、黛くんも嫌われちゃうよ?」


「そんなことないよ。ほら、一緒に行こうよ」


 黛くんは、私の席の横に立って笑顔で言った。


 私は黛くんの顔を見た。イタズラでもなさそうだし、憐れみでもなさそう。純粋な好意の笑顔。


 こんな笑顔で話し掛けられたのは、いつぶりだろう。涙が出そうになった私は、必死に泣くのをこらえながら立ち上がると、黛くんと一緒に教室の外へ出た。



 † † †



 石碑は、校舎裏の大きな木の陰にあった。高さ1メートルくらいの小さな石碑で、長年の風雨にさらされたせいか、刻まれた文字は読めない。


「吉野さん、これ見える?」


 黛くんが、石碑の下を指差して言った。目を凝らして見ると、黒いモヤモヤしたものが漂っていた。


「この黒いの、一体何?!」


「これが瘴気だよ。簡単に言えば『悪い空気』。世の中の様々な(けが)れが集まって出来るものなんだ」


 黛くんが説明していると、突然、その黒いモヤが石碑の下から溢れ出し、私の体を覆った。


「な、何これ?!」


「吉野さん、落ち着いて!」


 驚く私にそう言うと、黛くんが短い呪文を唱えた。すると、黒いモヤは散り散りとなり消えていった。


「吉野さん、大丈夫?」


「う、うん、大丈夫。ありがとう……ねえ、今のって黛くんが助けてくれたの? 黛くんは、霊能者か何かなの?!」


「ちょっと違うんだけど、まあ、そんな感じかな。さあ、残りの七不思議も見に行ってみよう」


「えっ?」


 黛くんは、驚く私の手を取り、旧校舎へ向かった。



 † † †



 旧校舎のトイレ、音楽室のピアノ……他の七不思議のどの場所にも、あの瘴気が漂っていた。そして、その全てが、私に纏わりついてきて、その度に黛くんが助けてくれた。


「よし、これで全ての瘴気を浄化できた。もう安心だよ、吉野さん」


 すっかり暗くなった学校の廊下で、黛くんが笑顔で言った。


「ねえ、あの瘴気は、どうして私に集まってきたの? どうして私に襲いかかってくるの?!」


 私は黛くんに聞いた。瘴気が黛くんを襲うことはなかった。七不思議の場所の近くにいた他の生徒を襲うこともなかった。瘴気は、()()()を狙ってきたのだ。


「明日になれば分かるかもしれない……いずれにしても、今日はもう大丈夫だから安心してね、吉野さん」


 黛くんはそう言って微笑んだ。黛くんは嘘を言っているようには見えなかった。


 私は黛くんを信じることにして、廊下で黛くんと別れた。



 † † †



 翌朝。教室の私の席に、いつの間にか花が生けられた花瓶が置かれていた。今までは、無視されたり嫌悪の目で見られたり、陰口を言われたりはしていたが、こんな意地悪は初めてだった。


「一体誰? どうして、こんなひどいことするの?!」


 私は自席から皆に向かって叫んだ。クラスが一瞬静まり返ったが、皆は何事もなかったように雑談を再開した。


「どうして、どうして!!」


 私は大声で叫び、花瓶を机から払い落とした。


 激しい音を立てて、床に落ちた花瓶が割れた。クラスの皆が私の方を向いた。


「キャーッ!」


 クラスの何人かが叫んだ。ちょうど教室に入ってきた先生が驚きながら聞いた。


「どうしたんだ?!」


「先生、あれ……」


 女子のひとりが私の席と割れた花瓶を指差して言った。


 先生が私の方を見ていった。


「吉野……吉野がやったのか?」


「先生、わ、私……」


 私の話を遮るように、女子の一人が叫んだ。


「いや! もうやだーっ!!」


 女子が泣き出した。先生は、無言で私の席に近づくと、割れた花瓶を片付け始めた。


 私はどうしていいか分からず、その場に立ちすくんだ。先生はそれ以上何も言わなかった。


 私が悪いの? こんなひどいことをしたクラスの皆は悪くないの? 私は我慢できずに泣いてしまった。目から止めどなく涙が溢れる。


 そのとき、片付けを手伝っていた黛くんが、先生に言った。


「先生、すみません、少し席を外します」


「お、おい、黛!」


 先生の制止を振り切り、黛くんは私の手を握ると、教室の外へ私を連れ出した。

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