1 転校生
もうしばらくすると卒業式。そんな時期に、私のクラスに転校生がやってきた。
「黛北斗です。短い期間になりますが、よろしくお願いします」
教壇の横に立ち、深々と頭を下げた転校生の黛くんは、小柄で華奢な体つき。ストレートのボブヘアに切れ長の目で、ゾッとするほど美しい中性的な顔立ちだった。
「黛くん、めちゃくちゃ美形じゃない?」
「イケメンっていうレベルじゃないよね」
クラスの女子のヒソヒソ声が続く中、担任の教師が教室の一番後方の窓側にある私の席の隣を指差して言った。
「それじゃ、黛はあの席に座ってくれ」
黛くんが私の隣、右手側の席に座った。クラスの皆が後ろを振り返り、黛くんと私の席を見る。興味と羨望、そして、嫌悪の入り交じった視線。私は下を向いた。
「よろしくね」
黛くんの声が聞こえた。私が顔を上げると、黛くんは私の方を向いてニッコリ微笑んでいた。
教室が静まり返った。クラスの皆が驚いた様子で黛くんを見る。
私は黛くんの顔を見つめた。透きとおるような白く美しい肌に、キラキラした瞳……私は思わず顔を赤らめ無言で頷き、またすぐに机に視線を向けた。
「皆静かに! ホームルームを始めるぞ!」
ざわつき始めたクラスに、担任が大きな声で言った。なかなか落ち着かないクラスで、担任は本日の連絡事項を話し始めた。
† † †
「黛くんってどこから引っ越して来たの?」
「チューウだよ」
「それってどこ?」
「シウと、ショーウの間だね」
「何それ、知らなーい!」
休憩時間。黛くんの机の周りはクラスの女子で囲まれていた。もちろん、私はいつものように蚊帳の外だ。
女子の一人がチラリと私の方を見て言った。
「黛くん、さっき吉野さんの席に話し掛けてたように見えたけど、吉野さんのうわさ、知ってるの?」
「うん。知ってるよ」
「それでよく話し掛けたよね。すごーい!」
女子が大袈裟に驚きながら言った。
いつからだろう。私はクラスの皆から嫌われ、無視されるようになっていた。
皆の嫌悪の視線に耐えられず、私が机に突っ伏すと、黛くんの声が聞こえた。
「吉野さんは悪い人じゃないからね」
私は驚いて机から顔を上げた。黛くんは、優しく微笑んで私を見ていた。
クラスの女子が何か言おうとしたが、次の授業が始まるチャイムが鳴り、皆は自席に戻って行った。
「あ、ありがとう……」
私は、小さな声で黛くんに言った。黛くんは笑顔で頷いていた。それだけで、私は泣きそうになってしまった。
† † †
昼休み。私がいつものように一人で席から窓の外を眺めていると、昼ご飯を食べ終えたクラスの女子が、黛くんの周りに集まって来た。
「ねえ、黛くんはこの学校の七不思議って知ってる?」
女子の一人が、学校の七不思議を説明し始めた。旧校舎のトイレ、音楽室のピアノ、謎の石碑……どこにでもある話だ。
「まあ、吉野さんが一番の不思議だけどね」
最後に、女子が嫌悪の眼差しで私を見て言った。私は聞こえないフリをして窓の外を眺め続けた。
興味深そうにその話を聞いていた黛くんは、真面目な顔で言った。
「吉野さんは不思議でも何でもないよ」
少し気まずそうな顔をした女子に、黛くんは話を続けた。
「……でも、他の七不思議は気になるね。色々と瘴気の気配を感じるし」
「瘴気? 黛くんって霊感とかあるの?!」
「いや、そういうのじゃないんだけど……」
「すごーい!」
その後、話題は怪談話から最近駅前に出来たカフェの話に移っていった。
『吉野さんは不思議でも何でもないよ』
さらっと私のことを庇ってくれた黛くんに、私は窓の外を眺めながら心の中で感謝した。