第四十八話 夢
美濃国・関ヶ原 真田幸村隊
「先を急げ!ただ進むのみじゃ!」
「真田様!真田様!」
そう幸村の前に立つ使者は涙を必死に堪えていた。
「福島殿か…」
使者は小さく頷いた。
「おのれ…」
幸村は拳を強く握り締めた。
「我らはこれより南宮山に向かう!今は好機じゃ!狙うは家康の首!」
幸村は必死に駆ける。正則のことを思い出しそうになる度、拳を握った。
「進め!我らに倒せぬ敵はおらぬ!」
「それはどうじゃろうな!源二郎!」
その声に幸村は思わず振り返る。その視線の先にいたのは兄・信之の軍勢であった。
「兄上…」
「こうして敵味方に別れてしまった以上、儂はここを通す訳には行かぬ!」
「父上は、我らの戦を望んではおりませぬ!」
「乱世に生きるとは、こういうことなのじゃ源二郎!豊臣の世はもう終わった!」
「某は徳川が作る平和な世に、生きたくはありませぬ!」
そういうと幸村は踵を返した。
「源二郎!儂より早く死ぬことはこの儂が許さぬ!」
「父上が兄上に真田の御家を保つことを託されたのなら、某には夢を託されたのです。兄上、申し訳ありませぬ!」
「源二郎!」
信之は叫んだ。踵を返し、南宮山へと向かっていく赤備えを信之は追おうとはしなかった。
美濃国・関ヶ原 豊臣秀頼隊
秀頼と秀忠、偉大すぎる父を持った二代目の直接対決は苛烈を極めた。
「秀忠、豊臣の威信をかけて、お主に負けるわけは行かぬ!」
「殿、馬防柵が倒されておりまする!」
「体勢を変えよ!槍を持て!」
美濃国・関ヶ原 徳川秀忠隊
「秀頼、お前には死んで貰わねばならぬのだ。そして儂の手で、お前を討たねばならぬ!」
「敵方の槍隊に押されております!」
「ならばこちらも槍で応戦せよ!弓隊を前に出し、左右に回るのだ!」
「はっ!」
「千成瓢箪が倒れるのが先か、金扇が倒れるのが先か…」
美濃国・関ヶ原 松平忠輝隊
「何故じゃ!何故あのような老いぼれに苦しんでおるのだ!」
「あの老いぼれ、無謀な突撃を何度も繰り返しておるのです…」
「無謀ならさっさと追い返せ!」
「敵将、程近くまで来ております!」
「一度退け!退け!」
「我こそは真田家家臣・高梨内記である!覚悟のある者からかかってこい!」
「あの老いぼれ、狂っておる。まともに戦っていたら足を掬われるぞ…」
美濃国・関ヶ原 徳川家康隊
「ぐわぁ!」
正則を失った福島隊に、抵抗できる力など残っていなかった。家康隊に無惨にも薙ぎ倒されていく。
「正則が死んだのはどうやら真のようですな。」
家康は微笑む。
「勝った…今じゃ!又兵衛の元へ使いを送れ!」
美濃国・関ヶ原 後藤又兵衛の陣
「何?!」
「福島左衛門大夫様、行方知れず!福島隊、総崩れにございます!」
「福島殿が…」
「殿!お心をお決め下さいませ!徳川様に付くなら、今しかございませぬ!」
「儂は決めた!儂は!」
心を決めかけた瞬間、松尾山から広がる戦場の景色に、一筋の紅い閃光が走った。
「あれは…赤備え…」
美濃国・関ヶ原 宇喜多秀家隊
「掃部!戦況は!」
「未だ膠着状態!我らだけで言えば、押されております!」
「怯むな!進め!」
「申し上げます!福島隊、総崩れにございます!」
「負けた…」
「殿…」
秀家は涙を流した。
「福島殿が負けたのだ…我らに、勝ち目はない…」
秀家は諦めていた。かつて対等に渡り合った好敵手の敗報、それは自らの敗北を意味していたのだ。
「殿、あれをご覧くだされ!」
「逆さ藤…後藤殿か!」
美濃国・関ヶ原 後藤又兵衛隊
「父上、これでよろしかったので?」
「構わん。あんなものを見せられたら、寝返りなど馬鹿馬鹿しく思えてくる。」
「では、徳川様の使者は?」
「捨て置け!宇喜多殿、明石殿を助けるぞ!山を下る!」
『応!』
美濃国・関ヶ原 徳川家康隊
「大御所様!後藤又兵衛が…」
「山を降りたか!」
「それが…松平越前守隊に攻め込みました!」
「何故じゃ!乱心したか又兵衛!この戦、このまま行けば勝てたと言うに!」
「申し上げます!真田隊、徐々にこちらに向かって来ております!」
「真田…」
美濃国・関ヶ原 真田幸村隊
「あれでございます!葵の旗印、家康隊にございます!」
「遂に…この時が来たか…」
赤備えは駆けることを辞めなかった。家康本陣への接近を何とか止めようとする軍勢を、ただ薙ぎ払う。
「家康…」
家康は待ち構えていた。大軍を率い、どっしりと構える老人には、天下人たる威厳が備わる。
「真田…お主らにはほとほと手を焼いた…ここで、死んで貰おう。」
「思い違いをしておるようだな、ここで死ぬのは、徳川家康、お主だ。」
「儂を殺しても、何も変わらぬ。秀忠は秀頼と乾坤一擲の勝負をしておる。もはや徳川の支配は盤石。豊臣はどうだ。急な拡大で天下には未だ程遠い。お主は、勝てぬ。」
「黙れ!儂は父のため、何より自らの信念のためお主を殺さねばならぬのだ!お主をこの手で討ち果たすまで!死ねぬわ!」
そう言うと幸村は持っていた馬上筒を構え、天に掲げた。
「何?」
天に馬上筒を放つと同時に、もう一つの赤備えが家康目掛けて駆けてきた。
「あれは…何じゃ!」
「内記!遅いぞ!」
「申し訳ありませぬ!」
「我らも向かうか!狙うは家康の首!」
「大御所様!お逃げ下さい!ここは危のうございます!」
二つの赤備えに急襲を受けた家康隊は大混乱となった。
「退け!退け!」
家康はとにかく逃げた。真田に自らの首を渡すわけにはいかない、その一心であった。
「あやつに首を奪われるぐらいなら、儂自ら腹を切る!」
「大御所様!お止め下さい!」
家康は家臣に催促され、逃げ続ける。供回りは、徐々に少なくなっていた。
「これだけ走ったのは、伊賀越え以来じゃ…」
「ここまでこれば、もう追っては来ませぬ。」
「この戦、儂の負けか?」
「上様がまだ秀頼と戦っておられます、それに、越前守様や越後少将様も。」
「不甲斐ないのう。」
「大御所様に出来ることは、ここまでにございましょう。」
「ん?」
家康が話していた家臣の顔を見ようとした時、既に家康の背には刀が刺さっていた。
「真田…左衛門佐…お主いつの間に…」
「言ったであろう、儂はお主を殺すまで死ねぬ。多少汚い手であっても、やり遂げなければならぬのだ。」
「何故…そこまで…儂に執着する…」
「儂の使命は父の夢を叶えること。父がなし得なかったことをするのが、儂の役目じゃ。」
「親子二代で…儂を苦しめおって…」
「ここまでじゃ、家康…」
幸村は刀を抜いた。
「徳川家康、この真田左衛門佐が討ち取ったぞ!」
美濃国・関ヶ原 豊臣秀頼隊
「家康隊、総崩れ、徳川家康、真田左衛門佐様が討ち取りました!」
「左衛門佐がやったぞ!今こそ総攻めじゃ!」
美濃国・関ヶ原 徳川秀忠隊
「まさか…そんな…」
「上様!戦は終わっておりませぬ!ここは一度退き、必ず再起を図るのです!」
秀忠は静かに頷いた。
美濃国・関ヶ原 真田幸村隊
「殿!遂に成し遂げられましたな!」
「おう…内記…」
「亡き御父上も、必ずお喜びのはずです。」
「そうであればよいがな…」
「殿、どうなされました?お加減が優れませぬか。」
「いや、ただの戦疲れじゃ…それより、戦場であったとはいえ、兄上ともう一度会えて、よ…かった…」
幸村はそういうと、一気に体の力を失った。馬上にいた幸村は一気に地面に叩きつけられる。
「殿!殿!お気を確かに!殿!」
信濃国・上田城
「痛い…」
「源二郎!ようやく起きましたか。お主ももう子供ではないのです、木登りなど、もうやめなさい。」
「母…上?」
「父上がお待ちですよ、早く行きなさい。」
「父上が?」
源二郎はすぐに床を出て、父の居室に向かった。
「父上!」
昌幸はいつものように、縁側に座っていた。
「おう、よう来たのう、源二郎。」
「父上…某は、死んでしまったのですか?」
「お主は使命を十分果たした。儂の夢、よくぞ叶えてくれたな。」
源二郎は子供のように泣きじゃくった。昌幸は何も言わず、抱き寄せた。
「もう気張らずともよい。心配はいらぬ、ここで好きなように暮らせ…」
幸村の顔は、この上なく笑顔であった。
完
最後までお読み頂き本当にありがとうございました。完結まで6年近く掛かったり、改稿を何度も繰り返したりしましたがここまでなんとか辿り付くことができました。重ねてお礼申し上げます。




