第四十七話 命運
近江国・長浜 第二次関ヶ原の戦いから二週間前 福島正則の陣
この時長浜には豊臣軍の陣がおかれ、諸将がまもなく始まるであろう大戦に備えていた。
「殿、明日の朝は軍議がございます。ご承知おきくださいませ。」
「分かっておる。儂はもう寝る。下がってよいぞ。」
「はっ。」
彼が福島正則に転生してからはや三年。彼は豊臣家重臣・福島正則としての生活に満足しはじめていた。
「決戦は近い。それまでに俺にやれることをやらなければ…」
そう決意を新たにした正則は、突如強烈な頭痛に見舞われた。
「な、なんだ…これ…」
正則は自分の意識が朦朧としてくるのをひしひしと感じた。
「まだ…死ぬわけには…」
翌日
「殿!気を確かに!殿!」
「はっ!」
そこには見慣れた家臣の顔があった。
「どうなされたのです!」
「いやいや、何でもない…何でもないぞ…」
「何か具合の悪いところがあるのですか?」
「いや、儂はこの通りじゃ。それより、今日は軍議であろう。早う参るぞ。」
「畏まりました…」
美濃国・大垣城 第二次関ヶ原合戦から三日前
福島正則の陣
この頃正則は、慢性的な酷い頭痛と悪夢、突発的な高熱に悩まされていた。
「これを殿や真田殿たちに知られては全軍の戦意に関わる…なんとしても隠し通さなければ…」
その日も正則は、夢を見ていた。
「あれは、何だ?」
戦場で陣を構える自分に、一人の男が馬に乗って駆けてくる。その剣幕は遠くからでもわかるようなものだった。
「やめろ…お主に儂の首はやれん…」
どんどん男は近づいてくる。近づくにつれ、顔がはっきり見えてきた。
「まさか、あれは…」
「ご覚悟!」
「やめろ!!!」
正則はそこで目が覚めた。
「あれは、あの男は、福島正則だった…」
美濃国・大垣城 第二次関ヶ原合戦前日
福島正則の陣
正則の体は、もはや限界であった。まるで夢の中のような意識でありながら、その強靭な体で何とか気丈に振る舞っている。
「殿、○○○がお見えになっています。」
「何じゃ…何といった…」
「真田殿がお見えになっています。」
「真田殿が…」
正則はその体を何とか起き上がらせ、客間に向かった。
「福島殿、お加減優れぬとお聞きしました。」
「決戦が近いというのに、申し訳ない。」
「大事な話をしたい。人払いを。」
正則は家臣に目配せした。
「して、どうなされた。」
「単刀直入にお聞きいたそう。福島殿、何があったのですか。」
「何が、とは?」
「彦根ではまだお体は元気であったはずです。突如の変わりよう、何かあったとしか思えませぬ。」
正則は唇を噛んだ。
「このままでは直に皆にも知られましょう。その前に某には、教えていただけませぬか。」
正則は袖をまくり、その屈強な腕を幸村に見せた。
「これは…」
腕の上部、そこには『一』の文字が刻印されていた。
「某にも分からぬのじゃ。丁度七日前から毎日数字が変わっておるのです。昨日は『二』、一昨日は『三』であった。」
「何か心当たりは?」
「おそらく…某がこの世で生きられる日数、かと。」
「何と…」
「ここからはあくまで某の想像でござる。某は福島正則として転生し、殿や真田殿とともに畿内を取り戻し、そしてこうして家康との決戦にまでなんとか漕ぎ着けた。これは某の知っている史実とはかけ離れております。」
「つまり…」
「ここまでのようじゃ。某にはどうにもすることの出来ないような力が働いているのだろう。おそらくその力は、我らが歴史を変えたことに怒っている。」
「そんな、我らはようやくここまで来たのです。でありながら何故、何故福島殿が死ななくてはならないのですか!」
幸村の目から、一粒の涙がこぼれた。
「真田殿にその様なことを言っていただけるとは、真にかたじけない。無論、殿のため、豊臣の為に最後まで戦い抜く所存でござる。」
「福島殿…」
「正直、いつ某の身に何があるか分かりませぬ。某の守る南宮山は、家康が陣を構えるであろう桃配山の背後を取る要所。家康はもし某の身に何かあれば、直ぐに気付くはずじゃ。」
「さすれば、家康軍は南宮山に向かう、と?」
「左様。」
「ただ家康が攻めてこれば、福島殿を失った福島軍は一溜りもないのではありませぬか?」
「そこが勝機でござる。某の身に何かあれば、直ぐに真田殿のもとへ使いを遣わします。」
「南宮山に向かう家康を叩くのですか。」
「それが勝利への近道じゃ。攻め手だと思っていた大軍が守り手に回った時、いくら家康とて、統制は簡単なものではありませぬ。」
「されど、福島殿は…」
「某のことは心配なされるな。豊臣のため、ここまで殿をお守りすることができたこと、真に幸せじゃった。元の私がここに転生したのも、殿をお守りしろという、史実の福島正則の後悔が産み出したものかもしれませぬ。某を利用してくだされ、真田殿。」
「某は悔しくてたまりませぬ!何故!福島殿が…」
「某の分も、これからも殿に尽くしてくだされ。必ずや家康の首を取り、天下の静謐を再び豊臣の手に取り戻すこと、ただそれだけを願っております。」
「必ずやそのお約束、果たして見せましょう!」
真田幸村と福島正則、豊臣に忠義を誓う二人の約束は、関ヶ原の地で多くの将の命運を左右することになるのであった。




