66話 機嫌
はぁー、とりあえず怒ってなさそうでよかった。
授業が終わり、いつものように俺は雫と帰路に就いていた。
雫の足取りは意外にもいつにも増して穏やかで、そのことから、昼休みにしかめ面で教室を出て行ったことに関しては、おおかた解決したといっていいだろう。
時間が経ってほとぼりが冷めたのか、誰かと話して気が楽になったのかその辺はわからないがまあ、よかったよかった。
あの後、ゲームなんてする雰囲気じゃなくなって、残りの昼休みは一人携帯でネットサーフィンをして時間を潰した。
気が気じゃなくて、せっかく見たサイトもどんな内容だったか覚えていない。
それにしても、そんなにうるさかっただろうか。
いくら本を読むのに集中できないからといっても、あんなあからさまに怒らなくても……なんだったら俺も寝てたのに周りがうるさくて起きた被害者のうちの一人なんだが……。
それとも、他に別の理由が――ああ、考えてもわからん。
と、思いを巡らせたところで、本人の口から直接聞くなんてことはできるはずもない。
折角機嫌が直ったんだ、ヘタに聞いて地雷を踏んでしまうのは得策ではない。触らぬ神に祟りなしだ。よし、もうこのことは考えないようにしよう。
そうこうしているうちに、あっという間に家の前に辿り着いていた。
機嫌を損ねまいと、道中俺は一言も発しなかったし、雫も何か言いたげだったが、結局何も言わずじまいでここまできてしまった。
いつもほとんど会話しないが、一言も喋らなかったのは初めてかもしれない。
よし、せめて「また明日」くらいは元気に言わないとな。
「よし、じゃあまた明日な! 雫」
「…………」
だんまり、か。目も合わしてくれないし、やっぱりまだ怒ってるっぽいな。
少しの沈黙の後、俺は止めていた足をゆっくりと家の玄関へと進めた。
「た、たくみっ!」
「ん?」
玄関のドアに手を掛けると、未だ家の前の道路にいた雫は、勇気を振り絞るように俺に話し掛けてきた。 そのせいか、声が裏返ってしまっている。こんな状況でもそれをかわいいと思わずにはいられなかった。
「その、今日は――昼休みは、ごめん、ね……」
「いや、お前が謝ることじゃねーよ、俺の方こそすまん」
手をもじもじさせながら、雫は伏し目がちにそういった。
――もしかして昼休みのこと、ずっと気にしてたのか。あれから、ずっと。
普通俺から謝るべきなのに、機嫌を損ねたらいけないと思って自分に言い訳して――ダメだな、俺。
「そ、それだけだから! じゃあまた明日!」
「おい、どこいくんだよ!」
雫はそのまま今まで歩いていた通学路をダッシュで引き返していった。
学校に忘れ物でもしたんだろうか……でも、せっかく家まで来たんだからせめてカバンとか置いてけばいいのに。
雫の背中が見えなくなると、少し躊躇しながらも、俺はそのまま帰宅することにした。
仲直り、と言っていいのかわからないが、雫との間に生じた隔たりを解消できた喜びのせいで、口元がまあ緩む緩む。
こんな状態で雫の後を追う自分を想像すると気持ち悪いことこの上ないので、学校の方へ引き返した理由は明日にでも聞くとしよう。




