120話 身支度
ワープホールに吸い込まれ、やってきた洞窟内は高級ホテルの佇まい。異世界に似合わぬエレベーターまで設置されていて、着いた先には誰も座らぬ玉座。その奥にある隠し部屋に俺たちをアルガルドへ転移させた張本人――魔王七大幹部がうちの一人、「謀りのアルベール」の姿があった。
「しかし、部屋はザ・サブカル女子の部屋。それも寝間着でベッドがあるのに床で寝落ちしてるだらしなさ」
「おい、エマ。俺の心を読むな」
「いや失敬失敬」
エマがいたずらっぽく笑う。俺の心をムダに読んでそれでマナを消費したらいざ戦闘の時に困る恐れが……ないか。こんな出迎えられ方してこっから戦闘が起きる気がしない。
「アルベール様、とりあえずそれっぽい挨拶を」
「ええ、もうよくない? こんな姿晒しちゃったし」
「だらしない自覚はあるんですね。でも、奴らはそこまで頭よくないので大丈夫です」
「ほんと! じゃあ……よく来たな貴様ら。数々のトラップや魔物達を退けよくぞここまでたどり着いたと褒めてやろう」
「おい、せめてこっち向きながら言え」
アルベールは寝転んだまま体操座りみたいに足を抱えてそこに顔を埋めるダンゴ虫スタイルのままだ。すこしでも横になって光に当たりたくないという強い意志を感じる。
「アルベール様、実は奴らワープホールでここまで来てここまでの道のりだいぶショートカットしてるんですよ」
「……は? 嘘じゃん。どうりでこんなに早いわけだ。ワープホールってそんなわかりやすい場所になかったよね? 誰だワープホールの場所教えた奴は?」
「すいません、我々です」
「誰だ!?」
「自分が顔を上げるという選択肢はないんですね……」
まあまあな予期せぬ事態だというのにアルベールはダンゴ虫スタイルを強行している。ていうか誰だか知らないのに喋ってたのかよ。最悪このまま殺されても不思議じゃねえぞ。
「我々です。アーデスとシーデアです」
「……いやだから誰!?」
「わ、わかりませんか!? ああ、みんなからはデスとデアって呼ばれてます」
「更に誰!?」
「ええっと、牛の顔の人獣型の魔物で」
「あーあいつらか」
「あながたお顔を上げてくれれば不要な会話ですよ今のは」
二体とも拳を強く握り、怒りをおさえていた。偉いぞお前ら。俺なら余裕で殴ってる。
「タクミ、魔王幹部って……」
「ああ、一応そうだ。魔王軍指折りの実力者ではある。一応な」
雫は信じがたいといった様子で未だだらしなく寝転がっているアルベールを見ていた。
「うそ、ほぼ私たちの部屋と変わんないじゃん。ね、環」
「まあ似てるっちゃ似てるな」
「私の部屋こんなに汚くしてないし」
散らかった部屋を環は軽蔑の眼差しで覗いている。よく見ると空いたグラスが散乱してたり、食べかすや紙くずがそこらに落ちている。こんなのうちの母さんに見つかれば大目玉だ。
「アルベール様、そろそろ起きてください」
「なんでよ。もうこうなったら意地でも起きない!」
「足元に虫がいてもですか? それも黒光りの」
「うそっ! ヤバいキモい! どこどこ!?」
「嘘です。さあ行きますよ」
赤の策略にまんまとハマり、アルベールは飛び起きて完全に目が覚めたようだった。アルベールは恨めしく赤を見つめ、
「謀ったわね」
と文句を言い、渋々歩き出した。
かつて、魔王軍の参謀として人間をあと一歩のところまで追い詰めた奴とは思えない。
「てかその顔やめてくんない。起きてすぐ牛の顔は心臓に悪いから。それも二つも」
「顔をやめるってなんですか? いい加減慣れてください」
「あとあんたら似たような顔でどっちがどっちかわかんないのよ。殺し合いでもさせようかしら」
「自分の発言力の大きさをもっと自覚してください。あなたの酔狂で血の繋がった兄弟の涙ながらのデスマッチ始まっちゃいます」
「あんたらが似すぎなのが悪いんでしょ。どっか見分けるとことかないわけ?」
「一応、赤色が兄のアーデスで、青色が弟のシーデアです」
「今私コンタクトしてないから見えるわけないじゃん。バカなの?」
「コンタクトって視力を強化するものですよね? 色関係なくないですか?」
「うるさいわね。口答えしないで」
「みなさん、コイツやっちまいませんか? みんなで一斉にかかれば余裕で勝てますよ」
我慢できなくなった赤が俺たちの方を向く。目が据わっている。どうやら、マジで言っている。
魔王討伐前なら喜んで参加していたが、今は状況が違う。俺たちをここに転移させたのはアルベール。そして、アルガルドから元の世界に戻る方法があるとすればそれもアルベールしかいないのだ。今ここで死んでもらうわけにはいかない。
赤にはなんとかこらえてもらい、俺たちは玉座のある殺風景な部屋へと戻り、アルベールの身支度を待つこと数分。カツカツと音がすると、ロングマントを着たアルベールがゆっくりとやってきた。
「待たせたな諸君」
「いや、ほんとに待ったよ」
エマの呆れた声が部屋に響く。心を読む魔法は使えないが、みんな同じ気持ちであることは明白だった。
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