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桜花、蒼空に墜ちず。  作者: Bomb
1/3

新人

―――イヴ・ワンダーウッド―――



 つい最近、中央の空軍基地に配属された新人パイロットである。その証拠に、基地内でその話題が途絶えることはついに今日まで訪れることはなく、話題は持ちきりだった。

 ただ、そのイヴという少女、話題を攫っていくほどには少々特殊な出自だった。それが判明したのは配属から二日後の事である。




・・・




 イヴという新人パイロットが配属されて一週間。配属先の第六遊撃飛行分遣隊の隊長であるジョセフ・アンダーソンは格納庫で練習機の手入れをしていた。普段は整備士が全て請け負うのだが、この時だけは半ば強引に担当の整備士を追い出し、エンジンや兵装、さらには塗装の塗り直しまで行っていた。何故ここまで気合を入れて作業しているかと言われれば、イヴの為である。

 イヴはまだ練習機すら操縦したことがない。乗ったとしても複座の二番席での遊覧飛行ぐらいだ。せめて初経験は、とジョセフは父性に似た何かが湧き出ているのを感じた。



「……こいつも随分久しぶりだな」



 練習機を最後に動かしたのは一月ほど前だろうか。その時期は一人の新人が入ってきたのだが、初陣であっけなく死んでしまった。その状況は今でも鮮明に思い出せる。敵味方入り乱れる戦闘の中、敵に追われ、一発も撃つことなく、一方的に撃たれた。緊急脱出の云々は何度も教えていたが、その時は運悪く曳光弾が直撃したらしく、意識を失ったまま燃える機体と運命を共にした。配属から僅か三週間の出来事であった。

 あまりにも早すぎた彼の死は大々的ではないものの、世間におけるパイロット志願者の意思を打ち砕くのには十分だった。「こんなにも早く死ぬのか」、「味方が助けてくれるのではないのか」と。

 しかしジョセフは、むしろ少しの憤りを覚えた―――何故ここまで批判されなくてはならない。入り乱れで完ぺきに守り切れるわけがないだろう。突然の奇襲で運も悪かったのだ。



「こいつは霊柩車仕様がお似合いだな」



 ジョセフは皮肉的に呟いた。そもそもこの練習機に乗せなければ、あの時死ぬことはなかったのかもしれない。結果論だが、今でも悔やむことだ。

 その過去を体験したがゆえに、イヴが乗る練習機には入念の手入れをしていた。初陣で未来ある新人を死なせるわけにはいかない。理不尽な死を味わわせるくらいなら空を飛ぶことの素晴らしさを教えてあげようではないか。



「あの……ジョセフ中尉?」

「ん?」



 振り返ると、そこにはイヴが立っていた。肩までかかる金髪に碧眼の持ち主でジョセフより頭一つ分、身長は低い。何故こんな可愛らしい少女がパイロットになったのか、あの世間の中では反対されるとしか思えない。ジョセフには今でも疑問が残っていた。しかしそんな心情をよそに、イヴは持っていた一枚の紙を見せてきた。



「えっと、これなんですけど……」

「何だ?……試作機の譲渡?お前が貰うのか?」

「はい、工廠の人から言われて……」



 ジョセフはその紙を凝視する。曰く、工廠の監督長から試作機を基にした機体が量産可能になったので余った試作機を一機譲るとのことだった。



「あの人も太っ腹だな……これはいつ届くんだ?」

「もう外にありますけど」



 相変わらずの仕事の速さに驚かされる。おそらく工廠がやったことなのだが、それは特に問題ではない。真っ先に気になったのはその試作機のことだった。何か大幅な改装でもされているのだろうか。

 ジョセフはイヴに連れられ、格納庫の外に出た。



「これですよ」

「へぇ……」



 牽引車と共にそこに佇んでいたのは、一切の汚れをも感じさせない一機の戦闘機だった。中心から伸びた三枚翅のプロペラに他の機体と比べ幾分か細い胴体、そして特徴的なのが10度ほど角度のついた逆ガル翼で楕円翼形、低翼配置である。自国ではまさに初の試みが行われようとしていることが、この機体の主翼を見て思い知らされた。もしかしたら、今の量産機の退役も遠くないのかもしれない。

 改めて紙を見ると、武装もそれなりに積んであった。12.7mm機関銃四門を両翼内に装備、そして20mm空対空機関砲二門を機首に装備されている。なるほどここまで見れば兵装に変わった施しはない。しかし、次の一文がジョセフの目を疑いにかけた。



―――20mm機関砲との交換により、主翼下に無誘導ロケット弾4発、胴体下部に500lb爆弾を搭載可能―――



「……マジか」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」



 まるで攻撃機のごとく重武装であるこの機体は制空戦闘機の域をとっくに超えていた。制空戦闘機の役割はその名の通り、敵から制空権を奪還することが主である。そのため、格闘戦は避けて通れず高機動性を確保する必要がある。だから機体は軽く俊敏性を重視し、兵装も『最低限に敵機を倒せるもの』に殆どが限られる。例えば人を殺すのにナイフは必要ない。憎しみや恨みで必要以上に刺すからだ。だからと言って小銃が正解ではない。残りの弾が無駄になるからだ。



 ゆえに必要なのは、一発の弾が入った拳銃だけ。



 これなら無駄弾が残ることもないし、憎しみによる必要以上の傷をつけることもない。しかし、頭さえ狙えれば確実に、人は死に至る。その考えを現したのが、制空戦闘機という存在だ。少なくともこの国においては格闘戦を重視しているためこの考えが設計思想に染み付いている。



「中尉は専用の機体とかあるんですか?」

「専用……ん、ああ、一応な」

「どんなのですか?」

「それは……」



 ジョセフは続きに困った。専用機など、少なくとも一年は使っておらず、格納庫で眠りっぱなしなのを思い出し、僅かな焦りが生まれた。それもその筈、この基地においては先の新人の件以降、スクランブルが発令されていないからだ。やはり中央に近い基地ほど空や海からの脅威も少なくなってくるが大抵は前線基地の対空砲や常駐している航空駆逐艦が目を見張らせているからだ。

 そんな防御態勢の前に正面を切る敵はいない。そんな絶対的な自信がジョセフらの退屈を呼び寄せ、同時に「お前らはお飾りだ」と言わんばかりの揶揄をされる。



「……最近は、お蔵入りだな」



 パイロットの役目は、空を飛ぶことであり、それは義務でもある。しかし今となっては旧式の機体ですら乗ることは少なくなり、地から足を離す大半は空中空母での視察や随伴する駆逐艦への乗船に過ぎない。つまるところ、パイロットとしての役割を果たしていないのだ。この現状では戦闘機を操縦したことのないイヴと大差はない。

 イヴはお蔵入りと聞いて、少し驚いたような表情を見せた。がすぐにまたやんわりとした顔になる。このいつも危機を感じていないような顔が、日頃の隊員の心の癒しとなっている。



「今見ることって出来ますか?」

「いや、許可なくあそこに入るのは駄目だな。特徴といやぁ……プッシャー式だったかな。聞いたことあるか?」

「はい。確かプロペラが後ろに付いていて、主翼も後ろで水平小翼が前についていますよね」

「ああ、詳しいんだな」

「はい、ちゃんと養成学校で勉強しましたから!」



 イヴは自信満々に胸に拳を当てた。勉強の賜物らしいが、実戦で通用するかは断定できない。少なくともイヴには操縦するという経験を積ませておかなければいけないだろう。まさか教科書の知識がそのまま役立つとは思えない。



「まあ勉強はいいことだ。ところでお前、機体の名前はどうするんだ?」

「え?名前、付けるんですか?」



 いくら勉強していても専用機に名前を付ける規則までは知らなかったらしい。ジョセフは簡単に説明した。



「ああ、他の機と区別するためにな。基本的にどんなのでも付けていいが、センス無きゃ馬鹿にされるぞ?」

「センス……ですか」



 イヴは難しい表情をして考え込んだ。初の専用機だから慎重になるのも無理はない。これから付き合っていく機体に変な名前や安直な名前は誰しも付けたくないものだ。

 しかしどんな名前を付けるのだろうか。見たところ迷彩は全て白く、エンジン近くに大きな桜の花のマークが描かれているが。



「……決めました」

「どんな名前だ?」



 イヴはその名を言った。



―――『桜花』です―――




・・・




 それからというものの、イヴは桜花の事をひどく気に入っていた。現に今も、イヴは格納庫で点検されている桜花を見学している。今までこんなことはなかったのだが―――ジョセフは自然と顔が綻んだ。



 点検作業も終わろうとしていた時、突如スクランブル警報が鳴り響いた。突然の出来事にイヴは飛び上がる。



《警告、発進可能な機は全て出撃せよ。繰り返す、発進可能な機は全て出撃せよ。これは訓練ではない、繰り返す、訓練ではない》



 これが発せられたということは、敵機が近くまできたということだ。ジョセフはイヴに指示を出した。



「イヴ、すぐに桜花に乗り込め!」

「は、はい!」



 イヴは整備士からゴーグルを受け取り、急いで桜花のコクピットに乗り込んだ。直前に点検は終わっていたためすぐに牽引車で滑走路に向かう。



「各種動作確認に入ります」



 キャノピーを開け閉めする。

 電源を入れ、計器類の動作確認。その後切り、再度入れる。

 操縦桿に手を掛け、前に倒す。振り向くとエレベータが下を向いている。

 次に左右に倒すと、エルロンが上下する。

 左右のフットバーを踏み込むと、ラダーが左右に首を振った。



 各種の異常は無し。イヴはキャノピーを開け、「コンタクト!」と叫んで右手を振った。既に牽引車も整備士も周囲には見えない。キャノピーを閉め、エンジンの回転を加速させるレバーを引く。するとプロペラは徐々に回転の勢いを増していき、機首部分の排気口から一瞬、黒い煙が噴き出した。目いっぱいブレーキを踏む。

 その後安全ベルトを確認し、パラシュートと繋がっていることが分かると、スロットルレバーを開き、左手で全開にし、右手で操縦桿を前に倒してブレーキを離した。すると機体は前に進み始め、やがて水平姿勢になった。



「ここで前に倒すのをやめて……」



 自身で復唱しながら、タイヤから伝わる振動がやがて途絶えたのを確認すると、操縦桿を引いて機体は上昇を始め地面から離れた。そして引き込みレバーを上にして着陸脚をしまった。これは確かに離陸が成功したことを示していた。イヴは緊張が解けたのか、操縦桿から震える手を離す。



「すごい……私、飛べたんだ……」



 機体は上昇を続け、いつしか地上が模型作品のように小さく見えていた。イヴは感動した。これが空を飛ぶ感覚なのだと。今日まで追い続けたパイロットの光景なのだと。それはイヴの『夢』そのものだった。

 感動していると、通信が入った。



「は、はい!こちら桜花!」

《俺だ、ジョセフだよ》

「ジョセフ中尉……わ、私飛べましたよ!空を!」



 イヴは初飛行の喜びをジョセフに伝えた。その声色は高ぶり、興奮しているのが分かる。ジョセフは「落ち着け」と言った後、話し始めた。



《感覚はどうだ?もう慣れたか?》

「まだ緊張しますけど……でももう大丈夫です」

《そうか。まさかこれがお前の初陣になるとはな……いいか、もし敵と出会っても無理に戦うな。逃げきれそうになかったら俺のところまでおびき寄せろ》



 実戦経験のないイヴがいきなり敵とドッグファイトをするのはあまりにも無謀である。だからジョセフはそこを全面的にカバーしようと考えていた。傍から見れば逃げ回ることしか出来ないイヴを囮にした作戦のようだが、流石にマニューバはイヴも習っているし、何より教官機の二番席に座って体験している。それを信じての行動が前提だが、そこはイヴに任せるしかない。

 イヴはジョセフの提案に「はい!」と元気良く返事をした。



《よし、いい子だ。俺から離れるなよ?》

「分かりました」



 イヴは桜花と共に戦場に向かっていく。初陣の陽は、白い機体を眩しく輝かせた。




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