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桜花、蒼空に墜ちず。  作者: Bomb
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初々しい空

―――太陽光?いや、それは確かに光を放ちながら飛んできた。



「ハァ……ハァ……!」



―――青空に飛び交う曳光弾が眩しい。太陽光も嫌なほど照り付ける。



「クソ……イヴは!?」



―――呼吸が荒くなりながらもキャノピー越しに周囲を探す。桜だ、白地に桜のマークが描かれている筈だ。



―――すると、目視できる距離でイヴを見つけた。急いで向かわねば。



「間に合えッ……!」




・・・




 離陸して十五分、そこには味方の編隊も集まっていた。ジョセフは無線で他の隊長機に伝える。



「こちらジョセフ、たった今空域に到着した。状況は?」

《誰かと思えばお飾り部隊か。何か下手くそも連れてきてるようだが?》



 返ってきた言葉通り、イヴはジョセフに辛うじて追随している状態だった。とてもドッグファイトなど出来そうには見えない。しかしイヴは周波数を合わせ、反論する。『お飾り部隊』と揶揄されたことと自身を下手くそという言葉で馬鹿にされたことに対してである。元来イヴはこういう罵倒が許せなかった。たとえ上の者に対しても容赦なく怒りを露わにする。



「これから上手くなるんですッ」

《おいおい女かよ。戦いは男の役目だ、すっこんでな》

「何ですかその態度!怒りますよ!?」

《へーへー》



 その後イヴが喚いていたがジョセフと相手は周波数を変え、話を続ける。真面目がゆえに感情の起伏は大きい様だ。しかしジョセフは相手に釘を刺しておく。



「まあまだひよっこなのは事実だが……あまり俺の部下を馬鹿にするなよ?」

《おいマジトーンかよ……分かった分かった、善処する》

「それでいい」



 たとえそれが事実だとしても、度が過ぎたからかいを許すことはしない。それはジョセフが心に決めていることだった。

 雑談を終えると、周波数をイヴだけに合わせ、言う。



「イヴ、大丈夫か?」

「あれ、ジョセフ中尉?……あ。そういえばあの男は!?」

「安心しろ。俺が釘刺しといたから」

「そ、そうなんですか……その、ありがとうございます……」



 イヴは恥ずかし気にお礼を言った。まるで飼い主に懐く子猫のようだが、つきっきりで甘やかすわけにもいかない。まだ敵が来ていないとはいえ、戦場に足を踏み入れたのだ。そう思い、ジョセフは無線で連絡する。



「よし、お喋りはここまでだ。イヴ、周囲の状況を確認してくれ」

「はい……ん?ジョセフ中尉、正面から……黒い点が、四つ程来てますが……」

「黒い点?」



 まだ機影かは判断できない。もしかしたら太陽光での逆行かもしれないので、そのまま監視するよう伝え、方角を維持し続けた。



「どうだ?変化はあるか?」

「いえ、特には……」



 瞬間だった。



―――ダ、ダ、ダッ!―――



 恐ろしくも短い三連射の機銃音が聞こえてきたのは。



 気づけば、味方機が一機、煙を噴いて雲の下に落ちていく。



「えっ……」

「イヴ!すぐにそこから逃げろ!!」



 イヴは考えるよりも先に、操縦桿を前に倒していた。機体は急激に下を向き、そのまま下降していく。スロットルは全開、高度計の針が目まぐるしく回転しているのが見えた。



「ああ……あぁ……!」



 思考を蝕んでいたのは、恐怖。ただそれだけが精神を喰らい、イヴは弄ばれていた。やがて雲を抜け、海が見えてきた。後ろを振り向くと、一機だけこちらの後ろを追ってきていた。イヴはその機体をよく知っていた。所謂『教科書の知識』である。



―――アッシュグラウ汎用戦闘機―――



 南大陸連邦の主力戦闘機。大きめの胴体と楕円翼形だが切り詰められた翼端、他と比べて大きな垂直尾翼、そして機首の中央から睨みを利かせる20mmモーターカノン。それでいて機体は軽量という反則じみた戦闘機である。



 モーターカノンの銃口と目が合ったイヴは、すぐに前を向き、操縦桿を握りしめた。手が震える。もはや祈っても無駄だが、神に頼らずにはいられなかった。相手の機体が軽いという事は、加速も相手に分があるという事だ。つまり、このままではいずれ距離を詰められてしまう。

 その後の結末は容易に想像できた。後ろから一方的に撃たれ、燃える機体と共に海に……



(駄目……そんなこと考えちゃ……)



 考えを振り払い、目の前の操縦に集中する。高度計が500ftを切った瞬間、思い切り操縦桿を手前に引いた。そして機首が持ち上がり、水平飛行の状態に入る。しかしこれはマニューバにもならない。その証拠に敵機もきちんとついてきていた。先程よりも距離が縮まっている感覚である。



「どうしよう……おびき寄せなきゃ」



 しかしここから上昇して間に合うとは思えない。おそらく失速を狙って撃たれる。かといって高度なマニューバが出来るわけでもない。イヴには最善の手段が浮かばなかった。



「どうすれば……」



―――ダダダッ!―――



 再び機銃音。今度は機体に直撃したらしく、カンカンッ!と金属音が響いた。幸いにも機体制御に支障は無いが、次は無いだろう。そうイヴは直感していた。



(次……次は絶対に殺される……)



 そこでイヴは、ブーストレバーを倒し、操縦桿を少し手前に引く。僅かな角度だが、機体は今までよりも速い速度で上昇を始めた。そして速度を保ったままジョセフに無線を入れる。



《こちらジョセフ、どうした?》

「こちらイヴ!ジョセフ中尉、助けてください!」

《敵に追われてるのか?》

「はい!今北東に向かって進んでいます!」

《待ってろ!今行く!》




・・・




―――太陽光?いや、それは確かに光を放ちながら飛んできた。



「ハァ……ハァ……!」



―――青空に飛び交う曳光弾が眩しい。太陽光も嫌なほど照り付ける。



「クソ……イヴは!?」



 ジョセフには明らかな焦りが生まれていた。それもその筈、イヴは単機で敵機に追われている。この状況は、一月前のあの新人の状況とほとんど同じだったのを、イヴを逃がした後で思い知らされた。また、同じ過ちで仲間を死なせてしまうのか―――それだけは避けなければならなかった。

 ジョセフは数多く飛ぶ曳光弾をかいくぐり、北東の方角へ機体を傾けた。



 甲高いエンジン音が耳を劈き、仰角七十度で降下していく。一秒一秒が経つ度、焦りは増幅していった。



「クソッ!間に合え……!」



 雲に突っ込んだためか、周囲の視界が白く染まる。しかし数秒後に晴れると、海面近くを飛んでいる二機の戦闘機が目に入った。片方の追われている白い機体がイヴだと分かると、ジョセフはスロットルレバーのストッパーを無理矢理外し、さらに加速させる。もう一方のイヴを追っている機体は後ろから執拗に撃っていた。このままでは―――いや、たった今主翼から煙が噴いた。



「まずい……!」



 敵機まではまだ射程外。しかしこのまま追い続けても間に合わないだろう。そしてジョセフは照準を敵機の進行方向に合わせ、機銃を撃った。すると当たりはしなかったが、こちらの存在に気づいた敵機が旋回してこっちに向かってきた。



「イヴ!大丈夫か?」

《ジョセフ中尉!?そんなことよりけけ、け、煙が!!》

「落ち着け。地図で近くの飛行場を探して、そこに着陸するんだ。後は俺達で片づける」

《わ、分かりました……》



 イヴはふらつきながらも基地の方を目指して飛んでいった。後は敵機の相手をするだけである。見たところアッシュグラウのようだが、やられることはまずあり得ないだろう。

 ジョセフは一直線に向かってくる敵機をロールで躱し、そのままピッチアップをしてインメルマンターンを行い後ろについた。



「墜ちろ」



 重い機銃音。だがそれは、確かに敵機を海面に叩きつけた。




・・・




 イヴは飛行場に着陸後、すぐに医務室に搬送された。別段怪我をしたとか事を急ぐような事態ではないのだが、医療班はそんなことを知らずしてか大慌てでイヴを運んだ。



「……なにやってんだあいつら」



 さすがのジョセフも異様とも取れる事態に困惑を隠しきれない。今回は負傷者が殆どいなかったが、そうだとしても無傷のパイロットを最優先で運び込むのだろうか。



(……今の制度は理解できないな)



 とはいえ、イヴが生還している事実に変わりは無い。そのことに安堵しながらも作戦会議室に向かおうとすると、同期と会った。ルーガル・シナ、中尉である。先の戦闘で愚痴り合ったのは記憶に新しい。



「シナ」

「あ?ジョセフか、どうしたんだ?」

「いや、作戦会議室にな。それとイヴのことだが……」



 シナは「あー……」と数秒考えこんだ後、思い出したようにジョセフを指差した。



「あのガキか。どうせ命からがらだったんだろ?」

「そうだな。まだマニューバは出来ないが、いずれエースになる」

「何で分かるんだ」

「二十歳にならないうちに此処に来たってことは、そういうことだよ」



 無論、ジョセフ自身も驚いたものだ。入隊時の年齢は十八、そしてまだ配属から一週間を過ぎたばかりだ。世間ではこれを無謀と呼ぶのだろう。ましてや新人が一人死んだ後に、真面目で、自信に満ちた顔で来るなど―――あの時の第一印象はある意味で最悪だった。



「よく分かんねえな……で?イヴがどうした」

「さっき大急ぎで医務室に運ばれてるのを見た。しかも無傷でな」



 シナは、あからさまに拍子抜けしたような顔をしてみせた。



「はあ?それがどうしたんだよ。酔ったんじゃねえのか?」

「いや違うな。一瞬だけだが、あいつは平気そうだった」

「見間違いだろ。俺はそろそろ失礼……」



 しかしその場を後にしようとした瞬間、シナは何かを思い出した。



「……そういやあいつ、貴族の生まれだとかって聞いたな」

「貴族?」

「ああ、それしか知らねえ」



 二言目を語ることなく、今度こそ行ってしまった。だが貴族の生まれが何と関係があるのか―――確かに書類上には中流貴族の出身だと記載されてはいたが。

 ジョセフは作戦会議室に足を運ぶ。しかし頭に残るその疑問は会議が終わるまで消えることはなかった。まるで残留思念のように残り続けるそれは、直接イヴに聞いた方が早いと判断し、今度は格納庫に向かう。




・・・




 案の定、イヴは格納庫の端の椅子に座っていた。無論見つめているのは桜花である。しかしジョセフを一目見るや否や、立ち上がって敬礼した。



「あー、いいよ。楽にしてくれ」



 そして隣に座り、頭の疑問を晴らそうとすべく話す。



「なあイヴ……お前、貴族の出身だったっけか」

「そうですけど……どうしたんですか急に」



 当のイヴは何をいまさらと言わんばかりに首を傾げた。しかしジョセフは表情一つ変えずに続ける。



「その……お前、医務室に運ばれてただろ?何か関係があるんじゃないかと思ってな……」

「医務室……あ、あれですか。私もおかしいと思って聞いたんですよ。そうしたらあんたは貴族だから丁重に扱わないとって」



 ジョセフは何も言えなかった。イヴは取って代わるように続ける。どうやら話の主導権は一時的に移ったらしい。



「でも私……貴族とか身分とかって、あまり好きじゃないんです。何て言うかこう……皆平等にあるべきみたいな……」

「……何で空軍なんかに?」

「空が好きだからです。それと、小さいころから飛行機が好きで好きで、何回か空母に乗ったこともあるんですよ?ジョージ級空中空母に」



 イヴが空軍に志願した理由が、その言葉からよく分かった。それほど空が好きなのだろう。



「反対されなかったか?」

「されましたよ。でも……直前で両親が亡くなって、それで親戚が遺産の一部を使って志願できるようにしてくれたんです。あの時は……本当に言葉が出ませんでした……」



 そう語るイヴの表情は、とても嬉しそうで、まるで裏表のない笑みを浮かべていた。ジョセフはそれですべてを察することが出来た―――これ以上の問答は不要だな。

 ジョセフは立ち上がり、イヴを食事に誘う。



「何か食いに行くか?」

「勿論!」



―――こういう時はやけに張り切るんだな―――




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