62 (在原静稀視点)
在原家は天皇の血筋の四族の一翼、皇族だ。
僕はそう教えられて育った。
先祖に、名に恥じないように努力しなければならないと。
最近、クラスのやつらによく聞かれることがある。
『男女間の友情はありえるのか?』と。
僕には仲の良い友達がいる。
1人は、橘誉。
父親同士が友人で、幼馴染の親友だ。
父が僕を誉に会わせるから、何となく話をするようになり、そのまま友達になったという何とも言い難い理由だが。
もう1人が岡部疾風。
実は、岡部が何を考えているのか、僕にはさっぱりわからない。
想像できるのは、いつも瑞姫が快適に過ごせることを重要視しているだろうということだけ。
それから、意外と冗談が好きで、よく僕をからかって遊んでいるらしい。
これは誉と瑞姫が言うので、そうなんだろう。
最後に、相良瑞姫。
彼女を一言で言うのなら、『特別』だ。
僕とは真逆で、先の先を読み、気遣いが上手な男前。
女の子だけど。
僕が苦手な女子ではなく、男が男に惚れるという形容がぴったりというかしっくりくる実に男らしい一面を持つ。
なので、『男女間の友情はあり得るのか?』と聞かれると、ひどく戸惑ってしまう。
瑞姫は確かに友達だ。
だから、『あり得る』と断言できるけど、そう答えると皆が信じてくれないのだ。
仕方ないから、皆が納得しやすいように表現を変えて答えている。
『お互いが努力しあうことで成り立つ』って。
これって、普通に男同士の友情でも同じだろう?
お互いに、お互いを補うようにして関係を確立していくんだからさ。
表現を変えるだけで、同じ意味をさす言葉を使っても誰もが納得してしまうんだから、不思議な話だ。
瑞姫は学園内でも上位クラスの有名人だ。
おそらく、瑞姫を知らない生徒はいないだろうと言えるほど。
僕も、幼稚舎から東雲に通っていたので、瑞姫の存在は知っていた。
知っていただけ、だ。
彼女の存在を気にかけ始めたのはいつだろうか?
思い返すと、誉に行きあたる。
初等部の頃からか、誉がよく瑞姫を見ている姿に気が付くようになった。
誉は瑞姫が好きなのかと思って聞いてみれば、『友達になりたいんだ』という答えが返ってきた。
じゃあ、何で声を掛けないんだと重ねて問えば、『理由があって、断られた』と笑顔で告げる誉の姿があった。
何で断られて嬉しそうなんだろう?
微妙な心地で誉を眺めた僕は、悪くない、と思う。
『条件クリアしたら、友達づきあいしてくれる約束したから、今はそれでいいんだ』と言った誉から、その条件を聞いて納得した。
傍から見るのと大違いで、誠実な性格をしているらしい。
それなら僕も友達になってみたいと思って、それから瑞姫を見るようになったんだ。
瑞姫を眺めるようになって気付いたことがある。
彼女によく突っかかってくる諏訪伊織だが、従姉が好きだと公言しているのだが、誰がどう見ても瑞姫の事が好きだろ、と呆れてしまいたくなる。
何よりも、瑞姫の行動を絶えず気にして、その気配を追っている姿は、どうにもストーカー一歩手前だ。
笑えることに瑞姫は完全にそれらをスルーしているけど。
どうやら瑞姫は恋愛感情というものにとことん疎くできているらしい。
まあ、傍に岡部がいれば、そうなるのも必然と言えるかも。
諏訪は岡部が苦手らしい。
俺様な態度を崩さない諏訪も、岡部が瑞姫の傍で威圧しているときは挙動不審になっている。
そりゃあ、怖いだろう。
普段は無骨ながらも穏やかな岡部だが、瑞姫が絡むと人が変わる。
底冷えがするような威圧感は本物だ。
瑞姫の傍に誰も近づけまいとする岡部が周囲を威圧しているとき、平然としているのは瑞姫と誉くらいなものだ。
誉もああ見えて相当豪胆なやつだからな。
かくいう僕もあまり怖くはない。
簡単な話だ、瑞姫を害そうとは思っていないからだ。
岡部とはよく同じクラスになり、話をする機会も増え、大体の性格も把握した。
瑞姫が絡まない時の岡部は、実にイイやつだ。
のんびりと寛ぐ大型犬のようなやつだ。
岡部が大事にしている瑞姫もきっといいやつなんだろうと思っていた。
確認できたのは、わりと後になってからだけど。
瑞姫と仲良くなって、一番に感じたことは、瑞姫の傍はとても居心地がいいということだった。
正直言うと、僕は女の子がとても苦手だ。
何を考えているのかわからない。
ちょっとしたことで盛り上がって、大勢でたった一人を非難したりとか、反論すればすぐに泣くとか。
自分が悪い時でも泣いて有耶無耶にしてしまうとか、それどころか正しい相手に罪をなすりつけてしまうとか。
それはもう嫌になるほど見て来たからだ。
人が忙しいときに、勝手に話しかけてきて、それどころじゃないから返事をしなかったら怒りだすという自己陶酔型なやつもいた。
そういう女の子ばかりじゃないということも知っているけど、こちらから用があるから話しかけたのに、怯えて返事もしないというのもいたし。
理解できない鬱陶しい存在、それが僕の周囲にいる女子だ。
ところが瑞姫は全く違う。
瑞姫の周囲を取り巻く女の子たちも、やはり僕の知る女の子たちと違うようだし。
まず、瑞姫は自分を飾らない。
とてもシンプルだ。
それが男らしいとか男前という評価に繋がっているんだけど。
男子用制服を着ていて、あのシンプルな性格のせいか、王子様扱いされているようだけれど、所作は綺麗だ。
武術を嗜んでいるせいか、動きに無駄がない。
ガサツな面は見当たらない。
男っぽいわけでもない。
頭はすごく切れる。
相手の対応次第で自分の立ち位置を変えることができる器用さも持っているし。
不意に何か言われた時に、咄嗟に返す言葉も気が利いている。
瑞姫が陰で『完璧な王子様』と呼ばれていることを知って、ちょっと納得したしな。
弱点らしき弱点も見当たらない、本当に完璧な人間がいるわけないとわかっていても、瑞姫はそう思わせる何かがある。
冗談で嫁にしてくれと言っても、笑って受け流す度量の持ち主だし。
こいつなら、僕という人間を預けてもいいやと思える相手を見つけて、すごく楽しくなった。
多分、誉も同じ気持ちなんだろうと思う。
その瑞姫が、意外にも足が多い長虫が苦手だとは想像もしなかった。
餌箱の中で動くそれを見た瞬間、悲鳴を上げて誉にしがみつく瑞姫を見て、僕はちょっとホッとした。
誉がずっと心配していたからだ。
最近、瑞姫が声を上げて笑うことがない、僕たちに見せる感情は表面上、作られたものだと言って。
確かにそうだと思った。
誉がデートを企画したのも、瑞姫が自然に自分の感情を出せる場所を作るためだ。
岡部も誉も、瑞姫を笑わせるものを企画したから、僕は困らせる方向にした。
1番手の僕が困らせておけば、そのあとは感情の発露が楽になるからだ。
体験型のハーブ園を選んだのは、そのためだ。
フレグランスなんて、僕たちにはあまり馴染がないし、興味もわかないものだ。
だけど、瑞姫はハーブが好きそうだし、実際、アロマオイルを使っていろいろしていると聞いていたから、興味を持つだろうと考えた。
瑞姫の誕生日プレゼントにもちょうどいいし、ついでに思いっきり困ってもらおうとプレゼントした香水の中で一番気に入ったものを選んでと言ったのだ。
「う~ん。迷うなぁ……」
アトマイザーを眺め、真剣に悩む瑞姫。
オレンジの輪切りが入った硝子のティーポットから湯気が消えつつある。
瑞姫はオレンジが好きだというのは今日初めて知った。
「誉のトップのオレンジはやっぱり好きなんだけど、疾風のミドルのラベンダーもいいし。静稀のティーツリーもあっさりして好きなんだよなぁ」
「……あれ? 岡部、調合、言った?」
誉がオレンジ使ったのは、瑞姫も知っているけど、僕の調合でティーツリーを使ったことも岡部がラベンダーを使ったことも、瑞姫には言ってないはずだ。
「聞いてないけど、香りでわかるよ。静稀のベースはブラックペッパーでしょ?」
「何でわかったの!?」
「だから、香りでわかるって。量まではわからないけど。静稀のは多少癖はあるけどさっぱりしてて好きなんだよね。疾風のはグリーンノートで落ち着くし。誉のは華やかだよね。作った人の性格出てるなあって思ってて……」
くすくすと笑いながら瑞姫が言う。
「んー……難しい、選べない!!」
頭を抱えてテーブルに沈む瑞姫。
「全部好きで、赦してあげたら、静稀」
見かねたのか、誉が横から助け舟を出す。
「まあ、いいか。プレゼントだからね。使ってくれる?」
「それは、もちろん!」
「じゃ、仕方がないから許してあげる」
偉そうに上から目線で言えば、ほっとしたように笑う瑞姫の姿がある。
後続の岡部に誉。
ちゃんと、瑞姫を楽しませて、笑わせてやりなよ?
そう思いながら、岡部にバトンを渡したつもりだったんだけど。
怖がらせてどーする!?
しかも、泣かせてさ!!
ちょっともやもやする気持ちを抱えながら、場所移動して釣り始めたけれど、瑞姫の竿がよくしなっているのが見えた。
完璧な王子様は、釣りの腕前も完璧だった。
今日一番の釣果は、間違いなく瑞姫だった。
先生役のはずの岡部の顔が引きつっていたから笑えたけれど。
次は、誉の番だな。
頑張れよ。