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春の海。
蒼天の下、波が陽の光に反射して煌めく。
実にのどかな風景だ。
「仕掛けは、中央あたりにぽとんと落とす感じで。投げなくていいから」
疾風先生指導の下、初釣り挑戦中です。
「落とす? 釣りって、竿のしなりを利用して遠くに仕掛けを飛ばすものじゃないの?」
「それは、バス釣りとか、キス釣りとかの遠投の場合。ヒラメやカレイも砂浜から狙うなら投げるけど。特にシーバス釣りはピンポイントを狙うから、まずは投げる練習から始めなきゃいけないけど、今日はその必要ないから」
「……シーバスって何?」
「スズキ」
「ああ! 白身魚の!! って、普通に釣竿で釣れるんだ!?」
気になったことをすぐに聞いてしまう私に、疾風は嫌な顔一つせず、丁寧に説明してくれる。
「割と河口付近から海岸近くでも大物が釣れやすい魚のひとつだな。あと、アイナメなんかも釣れる」
「……へえ!」
世の中には知らないことばかりだと、実感する一瞬。
魚の名前や形は知っていても、どんなところでどういう風に釣れるのかは、まったく知らなかった。
「で? ここの釣堀では、何が釣れるの?」
「鯛とか見えてるな。鯛は春先から釣りが楽しめるんだ。大体、船釣りが多いけど」
「ふぅん。じゃあ、餌は本当に海老なわけ?」
「うん、そう。海老も餌にする」
マジですか!?
じゃあ、何で青虫を餌に選んだわけ!?
断固抗議しちゃうぞ、私は!
じっとりと睨みつければ、苦笑する疾風。
「あれは、一般的な餌なんだ。五目釣りするときは、アレを餌にしておけば、大抵のものは釣れる万能選手なんだぞ」
「ミミズの方がマシ」
「……意外だったよな。瑞姫が青虫が苦手なんて。まあ、今まで確認しようがなかったから気付かなかった俺も悪いんだけど」
「生まれて初めて見たけど、すごく気持ち悪かった。夢に魘されたらどうしよう……」
「そこまでか!」
なんか、釣りの餌ってミミズのイメージが強かったけど、ミミズを餌にすること自体、今はほとんどないんだと。
青虫とかゴカイとか足がたくさんある細長い虫が餌に選ばれる率が高い。
あとは、アサリガイのむき身とか、イカを短冊切りにしたりとか、イクラとか。
何たる贅沢!!
撒き餌とかも釣り番組とかでよくやってるけど、あれは海を汚すこともあるので、あんまりやっちゃいけないとか、そういうことも教えてもらった。
特に釣堀なんかでは、全然必要ない上に、逆に堀の中の魚たちが病気になったりするかもしれないので、禁止されているところの方が多いとか。
それから、地域独特の釣り方とかもあるので、どれが正しい釣りの仕方だというのはないそうだ。
釣り番組とかは道具の宣伝の為に行っているので、それこそあてにしちゃいけないんだと熱弁を奮われた。
一体、何があったんだ、疾風?
道具一式をつられて買ったとか?
突っ込んでみたかったけど、聞いたらまずいような気もするので、そこはスルーしよう。
「あのさ、釣り糸垂らしたら、そのままでいいわけ?」
誤魔化しついでに話を進めたら、疾風の表情が真面目なものに変わる。
「そのままでも構わないけど、普通は誘いをかける。しゃくりとか言うこともあるけど」
「……どうするの?」
「疑似餌の場合は、特に、餌が生きているように見せかけるために、糸を操るんだ」
私が手にしていた釣竿の仕掛けをぽいっと海の中に放り投げ、錘が底に着いたとわかるとリールのハンドルを私に握らせ、その上から疾風もハンドルを握って回しだす。
「底を取ったら、今度は棚を取る。棚って言うのは、獲物の居る場所のことだ。テグスの色で大体何m水深があるかがわかるようになっているんだ。まあ、船釣り用のいい電動リールなら、魚影や水深や棚もわかるようになってるけど。こうやって、竿を上下に動かした後、リールを一定のスピードで巻き上げて、止める。これをしゃくりというんだ」
竿先を立てるようにして上下に振り、止める寸前にリールをひと巻する。
しばらくそのままにしたあと、再び竿を上下に動かし、リールを巻く。
三度目のしゃくりを終えた後、こつんというわずかな振動を手に感じた。
「あ。疾風?」
もしかして、魚が餌に食いついた?
顔を上げ、疾風の顔を覗き込むと、疾風がにっと笑う。
「まだまだ」
「えー?」
「これは、様子見だ。慌てるな」
疾風の言葉を証明するかのように、また、こつこつと振動が伝わってくる。
「これも?」
「ああ。疑似餌を突いて確かめてるんだ。次、くるぞ」
そう言った瞬間、ぐんっと竿が引き込まれそうなくらい引っ張られた。
「竿先を立てろ!」
言われるままに竿を引き上げる。
「慌てずに、一定のスピードでリールを巻くんだ」
急いでリールを巻こうとしたのを制され、数えながら巻き始める。
それでも竿を引かれる。
「糸を緩めたら、バレるから。ああ、外れるんだ。だから、竿を持って行かれても、竿を立ててリールを巻き続ける」
言われるがまま、懸命にハンドルを回す。
竿を疾風が支えてくれるので、何とかハンドルが動かせる。
何が何だかわからないまま、ぐるぐるとハンドルを動かし、リールを巻きとっていると、海の中で仄かに桜色の魚が不自然な動きをしているのが見えた。
「見えた。もう少し頑張れ!」
「あ、うん!」
片手で竿を支えるだけで、決してリールを巻くのを手伝ってくれない疾風の声に促され、唇を噛みしめながらただハンドルを動かす。
ふいに抵抗がなくなった。
重さは感じるけれど、魚が動いて暴れている感覚が消えたのだ。
「よし、もういいぞ。そのままじっとして」
片手網を手にした疾風が海の中にそれを差し入れ、引き上げる。
「うわぁ! 鯛だ!! 大きい?」
口から尻尾の先まで、およそ30cm近くもある。
お正月や祝いの席で用意される雌雄鯛は50cm以上のものが用意されている。
あの天然物の鯛は普通ではないことはもちろん理解している。
だからこそ、今ここで釣った鯛は普通に考えればかなり大きいのではないかと思い、疾風に聞いてみる。
「ん。良型の尺だな。この時期ならなかなかのサイズだ」
「尺? 尺ってあの……?」
「そ。一尺、二尺の尺。大体30cmっていうのが、釣りでも目安になってるんだ。尺鮎とかいうだろ?」
「鯛も一尺より大きいといいの?」
「時期にもよるけど。ちょうど、これから大きくなっていく頃だから、この時期の尺っていうのはちょっとしたサイズってことだ」
そっかー。
自慢していいサイズなんだ。
でも、釣堀の中だし、どうなんだろう?
「まあ、これが船釣りだったら間違いなくラッキーだけどな」
「……あ。やっぱり……」
ネットで区切ってプールされている中に用意された魚だけに、手放しで喜んでいいわけじゃないだろう。
初心者にとって、場所はどこであれ、1枚は1枚だしな!
「瑞姫~っ!! ナイス!!」
対面側に移動していた在原が、親指を立て褒めてくれる。
「在原も頑張れ~っ!!」
「おうっ!」
手を振って応えれば、大きく頷く在原が仕掛けを投げ入れる。
釣った魚は、足許のゲージの中に針を外して入れるらしい。
この中から欲しい魚を自分のクーラーボックスに移し替えて、持って帰れるようだ。
この場合、重さを計っての買い取りになるみたいだ。
2枚までが無料で、3枚目から計量していくらしい。
大物を釣り上げれば、その分、金額も可愛くない値段になっていくので、大物釣りはあくまで引きを楽しみ、そのあと再びいけすに返す人が多いようだ。
「疾風、この疑似餌っていつ交換すればいいの?」
青虫とかは、なくなったら交換すればいいんだろうけど、疑似餌の場合は食べられないからずっとこのままだ。
たまにがじがじ齧られて、ぼろぼろになってしまうようだけど。
「見た目が悪くなったら交換すればいい。あと、釣れなくなってきたら、だな」
「そんなので大丈夫なわけ?」
「そう。これも表面を研ぎ出し、色を塗り替えれば、捨てずにまた使えるようになる。あと、時間によって魚が好む色が変わってくるから、釣れなくなってきたら、色を変えたり形を変えたりするんだ。今はまだこのままでも大丈夫だ」
竿を手渡され、素直に受け取る。
「隣にいるから、わからなくなったり、釣れて身動きできなくなったら呼んで。1人でやろうとは思わないこと」
「はい、先生」
疾風の注意を聞き、ちょっぴり茶化すと睨まれた。
それでも、私のやる気に水を差すつもりはなかったようで、自分の竿を用意すると、私から離れて釣りの準備を始める。
「……それじゃ、ちょっと頑張ってみるかな?」
教えてもらったことを復習しながらやってみるか。
疑似餌を眺め、ぽいっといけすへ向かって投げ入れると、私は手の感覚を頼りに先程、教わった通りに釣りを始めた。
体験型って、やってみてすぐにわかる。
釣りって、釣れるとめちゃくちゃ楽しい!
逆に、ずっと待ってても釣れない時は面白くない。
単純なことなんだけど、シンプルだから際立つ。
結論として、釣りにハマりました!
1人で釣りに行こうとは思わないし、行けないと思うけれど、面白い。
疾風に頼んで連れて行ってもらうという方法もあるけれど、無理強いはしたくないし。
でも楽しかったので、次は渓流釣りをやってみたいと正直に言ってみることにした。
実際に釣りをした時間というのは、3時間程度だった。
それでも、ヒラマサ1本と鯛3枚、カレイ1枚とアイナメが釣れました。
潮の変わり目前後で釣れたり釣れなかったりするらしい。
だから、釣りというのは短時間勝負だったりすると言われて驚いた。
イメージ的に、何時間もその場にじっくり座って釣ってるような気がしたからね。
釣れなかったら、即座に場所替えするのが普通なんだと。
「おー! すげえ。何気にビギナーズラックってやつで釣れた?」
私の釣果を確かめて在原が言う。
「そういう在原は?」
「はっはっはっは! 鯛1枚だ。恐れ入ったか!」
無駄に笑った在原が、鯛を示して言う。
15cm位の小さな鯛だ。
「ある意味、すごい才能だよね」
呆れたように橘が告げる。
「橘は?」
「アジ2匹に鯛3枚ってとこだよ」
「アジもいたんだ!」
色んな種類の魚がいるんだ。
しかも、いけすから逃げないし。
「これ、どうするの?」
釣った魚を持ち帰るべきなのか、このままここで戻すべきなのか、判断つかずに疾風を見る。
「とりあえず、写真撮ったら、返すか? 持って帰ってもいいけど、厨房の迷惑になるだろうしな」
「ああ、そうだね」
疾風の言葉に頷いて、スマホで写真を撮った後、魚たちを釣堀のいけすの中に網ですくって返す。
きちんと片づけを終えて、荷物をまとめた私たちは、迎えの車が来るまで、海釣り公園の前にあるカフェでお茶することにした。




