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「きゃーっ!! さむいさむいさむいーっ!!」

 天気は快晴。

 風、強し。

 気温、暖かいんだろうけど、強風のせいで非常に寒いです。

 ちなみに場所は、海の上。


 疾風がプロデュースしたデートは、海釣り公園だった。

 何故海釣りなのかというと、私がやったことのないものだったからだそうだ。

 だから、暖かい格好をしろと言ったのかー!!

 激しく納得。

 そして、寒い。

 若者にあるまじきカイロを装着中ですが、それが何か? と言いたくなるくらい、風は冷たい。

 ちなみに、寒いのは顔だけなので、傷は大丈夫、痛くない。

 どれだけもこもこよ!? と、言いたいけど、背に腹は代えられない。

 ファッションよりも暖かさ重視ですとも。

「ほら! マフラー、ちゃんと巻いてろ」

 首許を緩く取り巻いていたマフラーを解いた疾風が、ぐるぐる巻きにしてくる。

「疾風さん、疾風さん! 苦しいです! 息できませーんっ!!」

 鼻のあたりまでマフラーに埋もれそうになり、慌てて疾風の腕をタップする。

「前見えないしっ!! 加減してっ! 加減してー!!」

「岡部が母親みたいだ!」

「……くっ!」

 在原と橘が私たちから視線を逸らし、肩を揺らして笑っている。


 海釣り公園という名前がついているが、海上釣堀なんだそうだ。

 足場は金網なので、下が綺麗に覗ける。

 ちょっと落ちそうで怖いので、誰かの服を掴んでないと歩けない。

 もちろん、それは感覚的な問題で、実際は安全なんだけど。




「釣竿は、これを使え。仕掛けはもうきちんとしてあるから、後は餌をつけるだけだ」

 管理釣り場とか釣堀って、竿とかもレンタルできるらしい。

 疾風はちゃんと持ってきてたけど。

「疾風って、釣りするの?」

 いつも一緒にいたせいか、釣りをするというイメージがなくて、首を傾げてしまう。

「ん、まあな。兄貴たちと暇ができたときに行くって感じ? 趣味って程じゃないが、嫌いでもない」

 颯真さんたちとのコミュニケーション的な役割なのか、釣りって。

 伊吹さんと釣りって、イメージ湧かないけど。

「静稀と誉は釣りしたことあるの?」

 疾風の提案を受け入れたということは、それなりに経験があるのだろうか。

「あ。僕、初めてなんだ。だから、楽しみでさー」

 にこにこと在原が笑いながら言う。

「俺は、父と何度かある。父は渓流釣りの方が好きみたいで、フライフィッシングが多いけれどね」

「フライって聞いたことがある。針に羽みたいなのをぐるぐる巻きつけてるやつでしょ?」

「そうそう。小さな羽虫を模してあるんだ。糸自体もこういう海釣り用のよりも投げるのに特化してあるから重さがあってね」

 楽しそうに橘が説明してくれる。

 珍しいな。

 あまりこう言ったことを話したがらない橘にしては、本当に珍しく、詳しく説明をしてくれるなんて。

 きっと、渓流釣りは橘にとってお父さんとの楽しい思い出のひとつなんだろう。

「夏になったら、渓流釣りもしてみない? 管理釣り場なら、初心者でも釣れるから」

「あ、うん。やってみようかな? 今回、きちんと釣れたなら」

「そうだね」

 くすくすと笑って頷く橘が、疾風に視線を向ける。

「岡部、責任重大だよ?」

「どうかな? 釣りは本当は男より女の人の方が向いてるんだけどな」

「へ? そうなの?」

「ああ。細かい当たりとかは、感覚が鋭い女の人の手の方が拾いやすいんだ。まあ、大物釣りはさすがに力が足りないから、引き込まれそうになって危険だけど」

「大物ってマグロとか?」

「それもあるけど、GTとかシーラも引きが強いし。ここは大丈夫だけど、船だとサメとか食いついてくることあるからな」

「サメ!? サメまで釣れちゃうの!?」

「生餌を使えば、食ってくる」

「うわあ……」

 サメは怖いな。

 釣ったところで食べられないし。

 あれ? いや、モダマとか言ってサメ食べてるところあるって聞いたぞ。

 食べれるのか!?

 人間の雑食ぶりには驚くな。

「それで、これが餌」

「ふうん……っきゃああああああっ!!」

 餌が入っている餌箱を覗き、遠慮なく悲鳴を上げる。


 人は、足が多いのが嫌と言う人と、足がないのが嫌と言う人に分かれるらしい。

 俗に言う蜘蛛嫌いと蛇嫌いだ。

 私は蜘蛛も蛇もそこまで嫌いではないが、ムカデは嫌だ。

 餌箱に入っていたのは、『青虫』と呼ばれるやたらと足が多い虫だった。


 これまでの人生で、ここまで大きな声で悲鳴を上げたのは初めてかもしれない。

 それほどまでに、このうにょっと動くもぞもぞした生き物に嫌悪感を抱く。

「疾風! それいやっ!!」

 見たくなくて、近くにあった手頃なものにしがみつき、目を瞑る。

「……だって。岡部、意地悪しないで、疑似餌を出してやりなよ」

 宥めるように背中を叩く優しい手の持ち主が、疾風を窘める。

 橘か。

 ほっとして肩の力を抜くが、まだ目は開けられない。

 あれは何度も見れるような生き物ではない。

「ほら、岡部。瑞姫が怖がってる」

「……ミミズは平気なのに」

 何とも言えない疾風の声。

「ミミズとそれは違う~っ!!」

 全身全霊でもって訴える。

「同じと思うけど」

「ミミズに足はない!」

「え、そこ!?」

 指摘した箇所が疾風の想定外だったのか、意外そうな声で驚いている。

「岡部」

 再び橘の窘める声。

 あ。ちょっと耳が幸せ。

 いい声だなぁ。

「せっかく用意したのに」

 残念そうな疾風の声がして、片付ける物音が聞こえる。

 ぽんぽんと橘が私の背中を軽く撫でた。

「もう目を開けても大丈夫だよ。片付けてるから、安心して」

 耳許で囁かれ、ちょっとぞわりとする。

 いい声は時に危険だ。

 思わずぎゅっと服を握りしめてしまったじゃないか。

 恐る恐る目を開け、そうっと顔を上げる。

 こちらを心配そうに見下ろしている橘と目があい、ちょっと照れ臭くて笑う。

「ごめんなさい。ありがとう」

「本当に怖かったんだね、涙目になってるよ」

 可哀想にと呟かれ、いたたまれなくなる。

 あう~、恥ずかしい~!

 年甲斐もなく大騒ぎしてしまいました。

「あれは、岡部が悪い。だから、瑞姫は気にしなくていいよ」

「でも」

「苦手なものを目の前に出されて、動揺しない方がおかしいんだから」

 よしよしと頭を撫でられ、ちょっとホッとする。

 いや、和んでる場合じゃないんだけど。

「瑞姫、あれじゃなくて、こっちを使って」

 ちょっと拗ねた感じの疾風が、別の箱を差し出す。

「………………」

 箱を開けるのが怖いと言ったら、疾風が傷つくだろうか。

 そんなことを考えている間に、疾風が箱をサクッと開ける。

 それは、箱型というより本型といった方が正しい表現だった。

 ページをめくるようにそれをめくれば、中には様々な色合いの魚を模したプラスティックの疑似餌が入っていた。

 所謂、これはルアーと呼ばれているやつだろうか。

 しげしげとそれを見ていたら、疾風と橘がくすっと笑う。

「こっちは大丈夫そうだな」

「その青虫は、俺たちが使うよ。じゃあ、そろそろ始めようか」

 橘の言葉に疾風が頷き、私たちは釣りを開始する。

 気分だけは釣り師なんだけど、上手く釣れるだろうか。

 仕掛けを直してくれる疾風を眺めながら、私はそんなことを考えていた。

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