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 花の便りが届き始める頃、あちらこちらから茶会だのガーデンパーティだのお誘いの招待状が送られてくる。

 特に年頃と言われる年代の若者層には優先的にと言っても過言ではないほどお誘いがくるのだ。


 所謂、『優良物件』と言われる家柄の若者を集めての集団お見合い的な何かを目論んでいるらしい。

 『らしい』と暈した言い方になるのは、ある意味、仕方がない。

 うちは関係ないからだ。

 否、巻き込む気は充分あるのだろうけれど、相良の血を引く者は相手の家柄など気にしない。

 自分が気に入った相手の手しか取らないのだから、主催者の思惑通りに動くことはないのだ。

 それゆえ、基本的にこういった招待はお断りすることが多い。

 私が断るのではなく、当主夫人である御祖母様が色々と理由をつけて断るのだ。

 例え私宛であろうとも招待を受けるかどうか決めるのは家長だ。

 未成年である私が判断することはない。


 家同士のお付き合い、経済活動的な影響など、様々な判断材料を持ち合わせていないというのが建前だ。

 直接使者が招待状を持ってきても、私が会う必要がないということは、非常にありがたい。

 こういう時の使者は非常に口達者を選ぶので、行く気がないと答えても言い包めようとしてくるからだ。

 言質を取られて行きたくないのに行かなくてはならなくなった等と面倒臭いことになるのはさすがに御免被ると正直思う。


 ところが海千である御祖母様であれば、にっこりと微笑むだけでお断りできてしまう。

 あれはすごい。

 一言も話さずに、笑顔だけで行かないと意思表示できるなんて。

 それでも粘ろうと言葉を紡ぐ使者殿に、僅かに首を傾げてみせることで見事に追い返してしまう。

 表情は一切変わらずに穏やかなまま、相手の言葉を封じて要求を呑まずに終わらせてしまうなど、普通に考えてもあり得ない。

 一体どのようにしているのだろうかと常々疑問に思っているのだが、母様も姉上たちも『世の中には知らない方が良かったと思うことがあるのよ。知ったら最後、何かが削られてしまって、思わず遠い目になってしまうわよ』と実に重苦しい溜息と共に仰ったので、それ以上、問いかけることはできなかった。


 基本的にお断りすることが多いのだけれど、中にはいかなくてはならないものもある。

 勿論、それらを判断するのも御祖父様と御祖母様だが。




 御祖母様がお呼びだと伺い、疾風と一緒にお祖母様の御部屋へ向かう。

 『疾風も一緒に』と言われれば、それに従わなければならない。

 当主夫人の言葉は、当主及び次期当主の次に重い。

 当主の代行者でもあるからだ。


「御祖母様、お呼びと伺いましたが……?」

 廊下に膝を突き、襖越しに声を掛ける。

「瑞姫ね、入っていらっしゃい」

「……失礼いたします」

 疾風に目配せすれば、慣れた様子で飾金具に手を掛け襖を引き開ける。

 中に入り下座に座れば、疾風も後に続き、戸口横に座して襖を閉める。

 そしてそこから御祖母様の方へ向き直り、首を垂れる。

「堅苦しいのはいいから、2人ともこちらにいらっしゃい」

 くすくすと笑いながら手招きするお祖母様に疾風が戸惑った表情でこちらを窺う。

 いくら御祖母様の言葉でも従えないことはある。

 当主夫人の言葉は絶対と言えるが、あくまで疾風の主は私なのだから。

 意外と頑固者の疾風はそう言っているのだ。

 それに頷くと、御祖母様の傍へ向かう。

「相変わらず仲良しね」

 くすくすと微笑ましげに笑うお祖母様に、若干居心地悪い思いをする。

 ものすごく小さな子供に対して言われているような気になる。

 困る私とは対照的に疾風は表情全てを消してしまう。

「からかっているわけではないのよ」

 柔らかく笑み、御祖母様は疾風を見る。

「瑞姫は上の子達と歳が離れているから……」

 所謂、兄弟喧嘩というものを私はしたことがない。

 兄、姉たちは、私の取り合いという理由で小競り合いをやらかすが、私に対して喧嘩をすることはない。

 それを出来る相手というのは疾風だけ。

 とは言っても、喧嘩をするより楽しい方がいい。

 なので余程のことがない限り言い争うことなどはない。

「対等の相手に見てもらえないことはもとより承知しております。私はまだ未熟ですから」

 兄弟喧嘩に憧れるような年頃はもうとっくに卒業している。

 追いつこうと思うにもあまりにも各々の個性が違いすぎて無駄なのだと初等部頃には理解した。

 茉莉姉上は医療関係、蘇芳兄上はIT、菊花姉上は情報操作、八雲兄上は法律関係に特化しているし、柾兄上はさらにその上をいく。

 今のところ私は芸術関係に特化しているように思われているし。

 何をどうすれば追いつけるのかという疑問しか浮かばない。

「それは……仕方ないわね。あの子達にとって待望の妹だったのですもの。理想の妹を前に溺愛以外のことはできないし、するつもりもないでしょうね。瑞姫が未熟だということではなくて」

 困ったように溜息を吐いた御祖母様は頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえる。

「自分よりも末妹を優先させる相手が伴侶の条件だなんて、大真面目に言っているんですもの、あの子達。蘇芳なんて、本当に見つけてしまったし」

 冗談のような条件を大真面目に掲げてしまった兄姉に呆れて物申すことも無駄だと思っているようだ。

「……は、あ……その」

「ああ、ごめんなさいね。それはあなたたちには関係ないことだものね。今日はこちらが本題」

 座卓の上に招待状を数枚並べ置く。

「お茶会の招待状よ」

「……左様ですか」

「見てみなさい」

 気が進まない私に招待状を読むように促す。

 仕方なくそれを受け取り文面を読み、そうして御祖母様に視線を向ける。

「……あの、これは……」

 最初の方は一般的な招待状の内容である。

 時候の挨拶から入ってきて、茶会を開催する旨を告げ、参加を促す文面だ。

 その後に日時と場所を記載している。

 まあ、大体ここまでの内容でドレスコードがわかるのだが。

 ごく普通の常識で言えば、昼間であるが上級席の内容だ。

 にもかかわらず納得のいかない一文が書き添えてある。


 『学籍にある方は所属校の制服でお越しくださいますよう』


 なぜ!?


 思わず招待状を疾風に押し付け、御祖母様を見る。

 受け取った疾風も招待状に目を通すとぎょっとしたように目を瞠る。


 学生の制服は、ある意味、諸刃だ。

 正装扱いであるものの、四族では公の場でそれを着る者は少ない。

 わざわざ制服を着ずともコードに見合った衣装を用意できるからだ。

 葉族や一般家庭であれば、色々と免罪符になるので着た方がよいのだが。

 昼間からお酒を勧めるような悪い悪い大人もいたりするということもあるので。

 制服を着ていなくても四族の子弟に酒を勧めるような輩はいない。

 基本データは頭に入っているので、未成年である内はそのような真似をすることはないのだ。

 また、どのようにして断ればいいのかくらい、我々もわかっている。

 相手の態度に応じて柔らかく、あるいは高飛車に断るくらいお手のモノだ。

 そんなことに慣れてない者はひと目で未成年と判るように制服を着ておく方がよいというわけだ。

 お茶会と銘打っても用意された飲み物は様々だから、こういうことはよくあるのだ。


 だが、今回の茶会においては、葉族も一般の方もいらっしゃらないだろうことは明白だ。

 なのになぜ制服着用を謳っているのか。

 理由を知っていそうな御祖母様に問いかける視線を送っても何ら不思議ではないだろう。

 わざわざ招待状を見せるというのは出席をしろと言っているのと相違ない。


 溜息を吐いた御祖母様は軽く首を傾げる。

「そもそもは、瑞姫の制服姿を見たいと仰るお歴々が意外に多いということかしら……」

「……は?」

「元が女の子ですからね。それは麗しい殿方姿であると評判になりましてね、今が盛りなれば、ひと目、と……ほほほ」

 どんな時でも孫自慢をするのが祖父母の役目であると声高に言う自称婆馬鹿な御祖母様の上品な笑い声に事の顛末を察した疾風が視線を逸らす。

「疾風まで巻き込むことはないでしょう!?」

「あらだって。2人揃って並んだ姿が絶品なのだとか……皆様そう仰ってねぇ……そうなるとお断りするわけにもいかなくて」

 これは、あれだ。

 瑞姫さんが日記に書いていた学園七騎士とかいう弊害だ。

 現実との差異で、王子と騎士とかになっちゃってるアレだ。

「何で学園の外に洩れてるんだろう」

 涙目になりそうなのは致し方ないと思ってほしい。

「一昨年の可愛らしいハスラーさんが評判になってしまってね、去年見れるかと期待した方が残念がられて……」

 その嬉しくもない説明にがっくりと肩を落とす。

「出し惜しみしすぎたのが良くなかったのかしら。でも、まあ、殿方の姿での出席なら、それなりに安心だし。会場は、蘇芳と菊花の防犯システムが入っているところですから、何があっても大丈夫だしね」

 にこやかに微笑む御祖母様の言葉に疾風の顔が引きつる。

 うん、今度ばかりは意味がわかったよ。

 これは何があっても『なかったこと』にできるって意味だよね。

「茉莉や八雲も時間を違えて出席することになっていますから、安心して2人で出席して頂戴」

 その言葉に余計に不安を覚えたのは言うまでもない。


 御祖母様から出席者名簿を受け取って2人して部屋に戻った直後、非常に重い溜息を吐いた。

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