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「なぜ! 何故ですの!?」

 それこそ、アポイントもなしに突然相良を訪れた葛城の郎女が私の腕を掴もうと手を伸ばす。

 彼女らしからぬ思い詰めたというか、どこか必死な表情は、おそらく誉が関係しているのだろう。

 だが、彼女の手は私には届かず、その姿は疾風の背で遮られた。

「落ち着かれるといい」

 低く命じることに慣れた声が郎女を制す。

 私と郎女の間に立った疾風が絡新婦とも呼ばれる一族の巫女姫を遠ざける。

「何をっ!」

「他家に押し掛け、無礼を働くが葛城のやり方か?」

 行く手を遮った疾風を詰ろうとした郎女は、相手と自分の立場の違いに気付き、唇を噛みしめる。

「……失礼をいたしましたわ、岡部殿」

 同じ地族、古き血を誇る一族であっても葛城は内なる能力で格が決まるが、直系が代々治めてきたわけではない。

 次期候補として上位に立つ郎女も分家筋の末端だ。下手をすれば葉族として切り捨てられそうなほど末の出らしい。

 だが岡部家は、相良とほぼ同じだけの歴史を持つ。

 そうして相良を主と定めてはいるものの、ほぼ同格で代々直系が一族を治めて来たところも相良と同じだ。

 疾風はその直系である。

 能力としては今代でも群を抜いて優秀であるということもあり、兄たちを差し置いて当主になる可能性だってある。

 似たような立場に見えても疾風を怒らせては郎女に後はない。

 そのことを思い出した郎女は、息を吐き、疾風に謝罪する。

「その謝罪は俺ではなく、主に。わけもわからず責め立てられて困惑しているのはこちらだ」

 そうは告げても私を郎女の視線に晒すつもりはないらしい。

 きっちり私をその背に隠したまま要求を突き通す。

「その前に、郎女に問いたい。何故、とは、何のことでしょう? 私はこの通り、世情に疎い。何を鵜呑みにされて、来られたのだろうか?」

 女怪とも言われそうなこの女性が、何に踊らされて来たのか。

 誉に関することだというのはわかるが、いきなりのことに困惑を隠せないのは確かだ。

 私の言葉に葛城の郎女の表情が変わる。

 思案気な、そうして何かを納得したような表情に。

「確かに。突然の噂に踊らされていたようですわ。相良の末姫のお相手候補者が絞られたようだと……誉様は候補から外されたと伺い……」

「なるほど。初耳だな、それは」

 口ではそう言うが、思い当たる人物に毒づきたくなる。


 ちーあーきーっ!! 君か!!

 あの時の話をそのまま流したか!


 まさかアレをそのまま流すなんて子供の悪戯にもほどがある。

 いや。子供の悪戯だからこそ、郎女は引っ掛かったのか。

 微細に策を練り、何事もその裏を読もうと疑う策士だからこそ、裏のない悪戯を真実だと信じたのか。

 いやまあ、誉に確かめたとしたら、千瑛に確かにそう言われたと素直に頷くだろうし。

 千瑛も郎女にしてやられたのを根に持って、一本取ることに意欲を燃やしていたし。

 つまり、多分、これは千瑛からの宣戦布告なんだろうな。

 ついでに菅原一族が後押ししたとか有り得そうだ。


 しばらく黙りこんでいた葛城美沙は息を吐く。

「では、そのような事実はない、と?」

「少なくとも相良の認識ではないな」

「岡部としてもそのような話を聞いてはいない」

 正直者の我々は、馬鹿正直に答える。

 真眼の巫女に嘘を言ったところで通用するはずもないので、この場合、正直に答えるのが得策だ。

「……では、もう1つ。天孫が次代の妃に相良の末姫を望んでいるというのは?」

「ずいぶん古い話だな。私が初等部にあがったころの話だぞ」

「ああ、その頃だったな。以前は皇族の姫を降嫁されていたがついぞ御渡りがないということで地族の姫を妃に迎えようって話があがったとか聞いたな」

 私を隠していた疾風が、その必要はなくなったと判断したのか横にずれ、当時の記憶を話し出す。

 氏族では天皇は常に天孫だ。

 瓊瓊杵尊の子孫ではなく、瓊瓊杵尊そのものと見做す。

 だが、唯一絶対の存在ではない。

 この地を治めるのは四族であり、一般人である。

 例え天孫のお召があったとしても、断るのは自由だ。

「それでは」

 郎女の表情が強張る。

「最初から……」

「ああ、断っているよ」

「え?」

「私は相良から出るつもりはない。今上にもそのように申し上げている」

「天孫にそのような……」

「我らは地族。皇族でも神族でもない。敢えて反抗するつもりはないが、従う義理もない。そうだろう? 葛城の」

 疾風の言葉に郎女がはっと顔を上げる。

「確かにそうでしたわ。天族と地族は神。天より降りて今は只人である皇族や神族とは異なる者。全てにおいて従う必要はありませんわね」

 元々、天族は高天原から降り立ち、気に入った土地を見つけて住まうついでにそこにいた民に恩恵を与えることにした神であり、地族は土着の神だ。

 天孫降臨後、国譲りをしたから支配権を天孫に譲り渡したと彼らの歴史書に書かれているが、実際は、自分たちの土地を富ませること以外に興味を持たなかった氏族がとりあえず己の土地に害がなければ何を言われても適当に頷いていただけだったりする。


 攻め込まれなければ反撃はしない、その程度の認識で、外から何を言われても聞き流していたらいつの間にかに朝廷とやらが出来ていて、中央集権とかで役人という人間が派遣されて来たり、館を作ったりしているのを面白がって見ていたら時が経っていたというのが、天地族の認識だ。

 ちなみに、天地族の神の証と思われているのが異能だ。

 葛城では巫女の能力であり、相良や岡部に関して言えば知力及び身体能力特化だ。

 これらはきっかけに過ぎないとそれぞれの家では言われている。つまり、何事も努力次第ということだ。

 本人が努力してその能力を磨き上げてきたというのに、その能力を一族に取り入れたいと表面だけを鵜呑みにして欲しがる者たちもいる。

 それが政略結婚の裏側の1つだ。


 それぞれの氏族が持つ能力を取り込めた者はいない。どちらか一方の特質しか持つことができないため、それぞれの一族がその子供を己の手に回収してしまうからだ。

 暴走してしまえば手に負えないため、抑え込める者がいる一族が回収するのが無難なのだ。

 幼い頃、ピアノ室を完膚なきまでに叩き壊した蘇芳兄上がいい例だ。

 数字に対して天才的なまでの資質と同様に子供とは思えないほどの筋力を持っていた蘇芳兄上は、はしゃいで己の随身とたった二人で防音設備を整えるためにあちこち手を入れて強化していた部屋を見事なまでに破壊した。

 そのことに気付いた大人たちが数人がかりで蘇芳兄上を押さえ込んだのだが、これが相良以外の人間であれば押さえ込めることが出来たかといえば、不可だ。

 このことが本で大叔父様に力のコントロールを叩きこまれたと聞く。

 その稽古が多少トラウマになっているらしく、蘇芳兄上は大叔父様を苦手としている。

 しかし、その稽古があったからこそ、蘇芳兄上はきちんと自分の筋力をコントロールすることができている。まあ、偶にドアノブを捩じ切ってしまうことがあるらしく、深雪義姉様が怒って蹴り上げることがあるらしいが、そのくらいは可愛いものだろう。

 この能力があるからこそ、例え天孫であれど従う必要はないと言い切れる。

 己を御せない者に従う気はないというのが天地族の矜持だろうか。


「……天孫の件はわかりました。ですが、その前の件は腑に落ちませんわ。一体、なにゆえ」

「知らぬ話を持ち出されても、答えようがない。私は誰かを選んではいないし、選ぶ気もない」

「それは、どういうことでしょうか?」

「私にはやりたいことがある。それを成し遂げるための努力をしている最中で、それ以外に目を向ける余裕はないということだ」

 正直に言えば、葛城の郎女は戸惑ったような表情を浮かべる。

「そのために我が君が御側にいるのは邪魔だとでも?」

「誉もやりたいことがあるそうだ。そう言う意味では、我々の道は違えている。友人としての付き合いをやめるつもりはないけれど、互いの目標に進むために必要ないことに時間を取られたくないと思っていても不思議はないだろう?」

「我が君のやりたいこと……?」

「自らが努力しなければならないことに水差すような真似は、いくらなんでもしてはならないということぐらい理解してるでしょう?」

 そう言えば、郎女が言葉に詰まる。

 釘を刺さなければ、しでかしていたということではないようだが。

「そのような真似をする者が近くにいるのなら、敬遠したいと私も思うな」

「そちらの方は違うと仰いますの?」

「疾風を侮辱するのなら、私が全力でお相手するが。『みずき』の能力を受けられるか?」

 疾風の肩に手を置き、抑えながら郎女に問いかける。

 その瞬間、郎女が後ずさった。

 危険を察知した本能的な動き。

「相良、さま……?」

「あまり、私を怒らせない方がいい。怒りに任せて他家を一族諸共叩き潰した『みずき』は過去に何人もいる。あなたもそうなりたくはないだろう?」

「何を……いえ、まさか!?」

 何か思い当ったのか、郎女の表情が変わる。

「私が直接動くことはほとんどない。だが、動かずとも望む状況に持っていくことはできる」

 真っ直ぐに彼女を見つめる。

「葛城の郎女が何を想像したかは知らないが、私は意外と狭量だ。大事な友を侮辱されたり、感情を強要されたりすれば当然反発を覚える」

 そこまで告げて、半眼になる。

 これ以上は言わない。

 どう取るかは、相手に任せる。


 表情を強張らせ、浅く息を繰り返していた葛城美沙は、大きく息を吐き出した。

「大巫女様が何故先見をしないと仰ったのか、よくわかりました。真眼が通用しない理由も……」

「私は嘘を吐くのは苦手だからな」

 堂々と威張って言えば、疾風が呆れたような視線を向けてくる。

 嘘を言わなければ真眼は通じない。

 実に単純な理由だが、郎女はそうとは取らなかったようだ。

「……わたくしが願うのは、我が君の幸せ、ただそれだけです」

「用意され、押し付けられたものを受け取らされて、果たしてそれを幸せだと思うのだろうか?」

「我が君と同じことを仰られる」

「欲しかったものが、人の手によって歪められていないとは、思えないからだろうね」

 嘯いてみせれば、郎女は溜息を零す。

「努力して、自分の力で手に入れたものであれば、噛みしめる幸せは倍増するだろうけれど、苦労せず手に入れたものを信じられるほどおめでたくはないな、さすがに。誉は、他人の悪意に晒されて生きて来ただけに余計にそう思うだろう」

「前田は自分の力を試したいと言っていた。才能を伸ばし、実力を公平に評価されたいと。そうして認められれば、自分に自信がつくだろうから」

 疾風が郎女から視線を逸らし、ぼそりと告げる。

「前田にとって、葛城は最初から己とは関係のない家だと認識している。葛城の介入は不要なものだと……仕えたい主の傍に侍るのは近習の誉れだが、主の欲するものを見抜けぬようでは傍に侍る価値はない」

 郎女の肩がびくりと跳ね上がる。

 手痛い一言だろう。常に私の傍にいる疾風からの側仕えの心構えだけに。

 常に侍ることを許された者と、拒絶され続ける者。側仕えに選ばれた経緯が異なるだけに比べることは難しいだろうが、その差は遥かに大きい。


 葛城の郎女は、誉に傾倒しすぎている。


 これが、誉が彼女を傍に置きたがらない大きな理由だろう。

 傾倒と依存は異なるが、どちらにせよ受け止める側にとっては大きな負担となる。

 そうしてそれ以上に大きな問題がある。

「四族本家筋であれば、望む、望まざるにかかわらず誰かしら傍につくことが多いが」

 溜息交じりで口を挟み、郎女に視線を送る。

「相手に信を置くか置かないかはとても単純な理由だ。あなたは誉本人を見ているのだろうか? 己の理想の主とやらを作り上げ、それを重ねてないだろうか」

「何を仰いますのやら」

「誉はあなたに対し、とても苛立っている。彼は非常に自分の感情を隠すのが得意だけれど、見慣れている者にとってはわかりやすいんだ。他の葛城の者を傍に寄せないために郎女を側に置いているけれど、信を置くに値する相手だとは思っていない」

 傲慢で残酷な一言だ。

 私が言うべきではないが、しかしながら私が告げた方が効果的な事実だ。

「先にも言ったが、あまり私を怒らせないでくれ」

 穏やかな声音で告げれば。葛城美沙は無念そうに目を閉じた。

「……御無礼をいたしました」

「それが何に対しての言葉なのか、問い詰めないことにするよ」

 もちろんわかっているという態度で答える。

 偉そうに、でも穏やかに。

 それが相手の心を折り潰す第一手だと八雲兄上が教えてくれたっけ。

 絡新婦を相手にするならそれだけの意気込みが必要だ。


 来た時とは打って変わって肩を落として去って行った葛城美沙の後姿を見送って、ほっと息を吐く。

「ああ、心臓に悪かった」

「……同感だ」

 私の本心からの言葉に、疾風が重々しく頷いて同意する。

「あまり『みずき』について口にするな。やつらが興味を示したらどうするつもりだ?」

「その時は『水鬼』だとでも言ってやるよ。土蜘蛛なら、水は嫌がるだろうしね」

「火の気だからな。土性と思わせての火属性の一族なら、水の気を嫌がるな、確かに」

「相性、最悪の相手だからね。実際は違うけど」

「五行にこだわり持っていれば勘違いしそうだ」

 くつくつと笑う疾風に私は肩をすくめる。

「葛城を潰すなら、今がチャンスだぞ」

「面倒臭いな」

「前田の為に動いてやらないのか?」

 笑みを湛えたまま面白そうに問いかけてくる。

「誉は大事な友人だ」

「うん」

「本当に困っているのなら、動くのも吝かではないが。正直言って、私は郎女のことは嫌いではないが、気に入らない」

「ん?」

「葛城を潰せば、郎女が喜ぶ。楽をさせてやるのはどうかと思う」

「……そうか」

 答えを求めたはずなのに、微妙な表情で相槌を打つ疾風。

「折角、千瑛が宣戦布告をしたのだから、下手な手を打つのも拙いだろう」

「そうだな」

「なので、高みの見物というか、遠くから眺めているのが得策だと思う」

 真面目な表情を作って告げれば、微妙な表情のまま疾風が頷く。

「あれは、人型厄災だからな」

 思わず同意しそうになったが、慌てて表情を引き締めた。

「結論を言えば、疾風が私の随身で本当に良かった」

 率直に感想を述べる。

 その直後の疾風の表情は見物だった。

 そんな表情もできるのかと、思わず感心していれば、大いに気分を害したらしい疾風はその後しばらく拗ねてしまい、機嫌を取るのに苦労した。

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