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 葛城美沙との会話は、言える部分だけを皆に伝えることにした。

 大神紅蓮の件はとても言えない。

 本人が望んでのことであれば、それなりに仕方がないことだと思うのだが、今回に関して言えば完全に誤解で被害者だ。

 不憫すぎて目頭が熱くなりそうだ。

 そうして、それ以上に恐ろしい事態が目の前で発生している。


 発生源は、千瑛である。

 現在の表情を例えるのなら、間違いなく『般若』だろう。

 素晴らしく笑顔なのに、どす黒い怒りが透けて見える。

「見事にしてやられたってわけね……ふふっ」

 可憐な容姿のはずが、恐ろしすぎて視線を向けられない。

「……まあ、狙いが狙いだったし……私も、全く気が付かなくて……」

 ごめんなさいと謝りたくなるのは何故だろう。

 私が悪いわけではないと思いたい。

 ぴるぴると震えそうになる私の頭を抱き込んで宥めるように撫でたのは千景だった。

「瑞姫のせいじゃないからね。千瑛、八つ当たりしない。読みが甘かったのは、未熟だったせいだ」

「わかってるわよ! だからムカつくんじゃない」

「葛城美沙個人の情報収集が足りなかったのが敗因だった」

 口惜しげに唸る疾風。

「……気付かずに誘導されてたわけか、あの父さんまでもが」

 呆れたように机に倒れ込む在原。

「完敗だな」

 口惜しいとすら思えない結果に、笑みが零れる。

「橘……違った、前田誉のためだけに、ここまでやるとは思わなかったわね」

 感情を収めた千瑛が髪をかき上げる。

「さすが絡新婦だけのことはあるわね。緻密に糸を絡めて複雑に織り上げ、餌がかかるのを待つって……ホント、負けたわ」

 負けたという割にはその瞳には闘志が煌めいている。

 次は負けるつもりはないと思っているのか、再戦を仕掛けようと思っているのか。

「前田の傍に居続けるつもりなら、リベンジできるわよね。ふふふふふ……次は捻じ伏せてやるから」

「さすがだ、千瑛」

「任せて! 私のプライドにかけて絶対に潰してやるわ」

 キラキラと瞳を輝かせて宣言する千瑛は大層可愛らしいのだが、言っている内容は可愛くない。

 どうしようかと千景を見上げれば、頭を撫でられた。

「たまに、瑞姫ってば小動物っぽくて可愛いよね」

「あら、瑞姫ちゃんはいつだって可愛いわよ?」

「あの……私の形容詞に可愛いはないと思うんだが……」

 肉親以外で私を可愛いという人達はあまりいないのだが。

 可愛らしいという形容詞が当てはまるような外見を全くしていないというのが事実だ。

「それは見る目がない人たちの意見だと思うわ。瑞姫ちゃんは今すぐ私の嫁にしたいくらい可愛いわよ」

「いや、嫁はどうかと……」

 普通に考えれば逆になると思うんだが。

 疾風、何とかしてくれ。

 そう思って、疾風に視線を向ければ、何故か微笑ましいような表情を向けられた。

「まあ、平和的に治まれば、誰が勝とうか関係ないと思うし。瑞姫が可愛いのは当たり前のことだし。男前だけどな」

「岡部の言葉に納得させられる自分が情けない!!」

 在原、それもあんまりだと思う。




 誉の前田家との養子縁組は、割とスムーズに行われた。

 橘の当代殿が最後までゴネたそうだが、前田翁に一喝されたそうだ。

 曰く、『親たる責任を果たせぬ未熟者に親を名乗る資格なし』と。

 さすがにこれは痛かったらしい。

 しかも、前田翁は由美子様と真季さんの父親だ。

 2人の娘を翻弄したという自覚が多少はあった当代殿は、手を引かざるを得なかったということか。

 これは秘密裏に行われ、葛城が気付いた時には誉の名字が前田に変わっていた。

 まあ、ここで葛城美沙が私に声を掛けて来たというのが流れなのだが、このタイミングを逃さず動くというところが見事だ。

 事情を知ってそうな人間に抗議するということで、彼女は自身の身の潔白を証明して見せたのだ。

 限りなく黒に見えても、白だと主張できるように。

 この後の流れは、わりと読めるだろう。

 次に来るのは、誉のお披露目だ。

 前田家主催のパーティを開き、そこで慶司さんと誉が養子縁組をしたことを発表する。

 パーティの準備には時間が掛かるため、実際の開催日は2ヶ月程後になるだろうが、招待状を送ってしまえば前発表したようなものだ。

 これで完全に橘家も葛城家も誉に手出しすることが出来なくなる。

 まあ、葛城家には搦め手という方法が残っているが、それに引っ掛かるような誉ではないから大丈夫だろう。

 その算段を取っている間に大巫女と郎女が動くことだろうし。

 このパーティまでは相良も関わらなければならないだろう。

 誉が前田家の人間であることを認め、後押しするという立場を取ったと周囲に知らせる必要があるからだ。

 多分、私も招かれることになるのだろう。

 パーティにはあまり出席したくないのだが、これは別枠だ。

 我儘を言える立場にはない。私が引き起こした事態だし。

 だが、これは予想外であった。


 招待状を持ってきたのは、誉だ。

 今は相良を引き払い、前田の別邸に住んでいる。

 別邸の場所はわりと近くだ。

「瑞姫にお願いがあって」

 招待状を差し出し、誉が少しばかり困ったように笑う。

「お願い?」

 出席するかしないかと言えば、出席すると答えるが、そうではなさそうだ。

「俺にエスコートさせてくれないか?」

「……エスコート……?」

 所謂夜会と呼ばれる夕方以降のパーティは、男女同伴が基本だ。

 昼間であれば茶会という形式なら女性一人でも出席できるが、これは略式なので可能だということだ。

 夜会になると男性であれば単独出席は可能だが、女性は不可能だ。必ず誰か男性のエスコートが必要となる。

 既婚者は夫、未婚である場合は親兄弟、婚約者、あるいは広い意味での身内の男性だ。

 あまりこういったところに出席しない私だが、出なくてはいけない時は大体が八雲兄上か疾風がエスコート役となる。

 他に御祖父様や父様とも出かけることもあるが、公の場では柾兄上と一緒になることは少ない。

 嫌な言い方をすれば、私が柾兄上のスペアだからだ。

 今回は、私が出席することになるので、柾兄上は欠席。

 おそらく八雲兄上か疾風がエスコート役になる予定だったはずだ。

「私が主催者側に回ってもいいのか?」

「ぜひお願いしたいところだけれど。まぁ、早い話が女性除けなんだ」

「ああ、なるほど!」

 皇族の血を持つ天族の橘家、地族の葛城家と前田家の直系の誉は、見事に血統書付きの優良物件だ。

 四族の中で年頃の御嬢さんを持つ家ならば、婿としては最上級の相手だろう。

 橘家の庶子と思われていた時ならいざ知らず、母親の血統が明確になり、その両家が保護者として名乗り出た今なら誰もが掌を返すだろう。

 似たような物件の諏訪や大神と比較しても容貌、性格、能力でまったく劣りはしない。

 容貌に関しては好みにもよるだろうが、端正であり、華やかだ。

 目立たぬように装っていた以前とは状況が異なるため、おそらくこれからは容姿が注目されることになるはずだ。

 婚約者がまだいない令嬢ならば、家の力を使ってでも誉と縁組むことを望むだろう。

 それを望まない誉が、私を盾に使おうというのはよくわかる。

 盾としては最適な物件であるというのは自覚している。

「御祖父様と疾風が了承したら構わない」

「相良様には、瑞姫が了承すれば構わないというお言葉はいただいている。岡部は、瑞姫のエスコート役を一緒にするつもりだったんだ」

「え?」

「Wエスコートだよ。よくあるだろ?」

「ああ、箱入り娘を絶対に一人にさせないっていうアレか……私は箱入りか!」

「桐箱入りだよ、絶対」

「納得いかないぃ~!」

 玄関の框を行儀悪くぺしぺし叩きながら訴えるが、誉は笑ったままだ。

「瑞姫は着物を着るんだろ?」

「あ……ドレスじゃなくていいのか?」

「着物の方が暖かいだろ? 真冬でも袖無かったり、肩出してたりしてさ、いくら空調があるからって寒いだろ? ああいうの見ると、女性は根性あるなぁって思うよ」

「あー……ドレスコードは重要だからね。その点、着物は楽だ。特に未婚であれば振袖着てればいいからね。ちなみに、誉の姉上のお召し物の色は何色を選ばれる予定なんだ?」

 主催者側の色は重要だ。

 招かれる側はその色と被ってはいけないし。

「ああ、多分、朱だろうね。わりとはっきりした色を好まれるようだから」

「そうか。では、薄紫の友禅を着ることにしよう。それなら色が被らないだろう?」

「わかった。それじゃ、俺と岡部もそれに合わせるよ」

「共布が残っていたと思うから、タイか、チーフにして贈ろうか?」

「それは助かる。パーティは2ヶ月先だから、年明けだね」

「了解した。準備しておくよ」

「ありがとう。じゃあ、また」

 そう言って、誉は前田の別邸に帰って行った。


 その姿を見送った私も、さて部屋へと戻ろうかと思った時、ずしりと頭が重くなる。

「蘇芳兄上!!」

「おお、よくわかったな、妹よ」

 私の頭の上に顎を乗せ、背後から抱き込んでくるような真似をするのは蘇芳兄上しかいない。

「当然でしょう! 柾兄上も八雲兄上も正面から来ますし、気配を消すこともありませんから」

「何だと!? こういうのは気配を隠してやるから面白いんじゃないか!」

 お遊びが大好きな蘇芳兄上ならではの言葉だ。

「兄上、重い!」

「お兄様に失礼だぞ!」

「子泣き爺のようです。義姉様に言いつけてやる」

「それは遠慮する」

 最終奥義を繰り出す前に、蘇芳兄上はあっさりと私から離れた。

 さすがに有効手段その1だ。

 ちなみに、その他にも茉莉姉上に言いつけるのと菊花姉上に言いつけるのもかなり有効だ。

 あと、柾兄上と御祖母様もいい感じである。

 他にも有効手段はあるのだが、そこまで繰り出すと確実に父様から鉄拳が落ちる。もちろん、蘇芳兄上に、だ。

 アレを見てしまうと、末っ子って得だよな、本当に末っ子で良かったと思ってしまう。

「なあ、瑞姫。誉君がいなくなって寂しいか?」

 首を傾げ、蘇芳兄上が問いかけてくる。

「寂しい、ですか?」

 兄上の質問の意図がわからず、私も首を傾げる。

「良かったなとは思いますが、毎日学校で会っていますから、寂しいとは思いません」

「そうか。学校で会ってるか……」

「ええ。別邸は御近所ですし、用があれば疾風と一緒にこちらに来てくれますし」

「そう言えば、そうだな」

「それで、兄上。なぜ急にそのようなことをお尋ねに?」

 質問の意図を教えてくださいと、兄上を見上げれば、蘇芳兄上は肩をすくめた。

「いや、そのままの意味。毎日、うちで食事を摂ったりと顔を合わせていたのが、いなくなってしまって寂しいんじゃないかなって思って」

「そうですか。蘇芳兄上は誉がお気に召したのですね。誉に伝えておきましょう。喜ぶと思います」

「……嫁が誤解して喜びそうだな、その言葉」

「え?」

「何でもない。そっか、違うのか」

 微妙な表情になった兄上が、奥へと戻っていく。

「ところで兄上、お仕事は?」

 その背に気になっていたことを問いかける。

「……大丈夫! 煮詰まってなんかないから!!」

 そう叫んで、兄上は勢いよく走り去る。

 そうか、プログラムが煮詰まっていたのか。

 菊花姉上がそのこと知ったら激怒しそうだな。

 とりあえず、姉上に問われるまでは内緒にしてあげよう。

 相変わらずな蘇芳兄上に溜息を吐きながら、自分の別棟へと向かった。

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