146
東條凛が学籍抹消となり、欠員ができた。
そこに入ってきたのが葛城美沙ということらしい。
クラスはもちろん諏訪と同じクラス。
新たな外部生ということで彼のクラスの生徒たちは戦々兢々になっていたようだが、葛城美沙が実に常識的な人であったために一転して歓迎ムードに切り替わったという噂が聞こえてきた。
比べる対象が微妙すぎるので何とも言い難いのだが、平穏な日々が訪れたということは歓迎すべきことだろう。
物腰柔らかな妖艶な美貌の葛城の郎女の周囲には、男子生徒が集まって何かと話しかけていた。
「……転校生は珍しいからな」
穏やかに応じる葛城美沙は絶えず笑みを浮かべている。
こういうところも橘とよく似ている。
裏を返せば、笑顔で武装しているともいえるのだろう。
転校初日だということもあり、情報収集をしているのかもしれない。
「葛城の名前が珍しいのよ、瑞姫ちゃん」
千瑛が笑みを浮かべて答える。
「こちらでは、幻の一族のようなものだしね」
「幻、か……」
土着の一族ということで、本拠地からあまり外に出てこない一族ではあるが、大巫女と小槙姐さん、橘誉という例外がある。
それを知っているがゆえに、『幻』という言葉に微妙な違和感を感じてしまう。
まあ、尤も、橘誉は例外中の例外的存在なのだが。
彼の場合は、例えは悪いが三毛猫の雄のようなものである。
「しっかし、群がるものよねぇ。見た目に弱いっていうのは、男も女も差はないわね」
「そうか?」
「そのようよ。ああいうのを逆ハーレムっていうのね」
「ハレムとは違うだろう?」
「囲ってないからね」
ハレムというのは、時代、場所によってその中身が異なる。
一生出られないところもあれば、3年間主の渡りがなければ出られるところもあり、外出を許されるところもある。
共通なのは、女性たちが住まう場所であり、その時代最高の教育が女性たちに為されるところであるということくらいか。
ただ勉強をしたいがためにハレムに入った強者もいるとかいないとか。
そのことを考えれば、千瑛の言う『ハーレム』とは違うような気がする。
「ああ。瑞姫ちゃんの言うハレムとは違うわよ。イメージは似たようなものだけど、ゲームとか小説とかで使う言葉だから」
「ふうん……」
なるほど。違うのか。
納得したようなしないような微妙な心地で葛城美沙を見やる。
「まあ、彼女の狙いは半分達成したようなものだけれどね」
「狙い?」
まるで自分を餌にしているような状況で何を狙っているというのだろうか。
勝算がなければ、非常にリスクが高い状況だ。
「実際は違うんだろうけれど、諏訪伊織に婚約者が現れたとなったら、次は誰が狙われると思う?」
「大神紅蓮とか、千景かな?」
「それもあるけれど、橘誉と瑞姫ちゃんよ」
「は?」
千瑛の言葉に、思わず目を丸くする。
「何故、私? まあ、誉が狙われるのはわかる……誉か!」
「そ。葛城の一族にとって、橘誉は待ちに待った唯一無二の男子だもんね。本人の意思は絶対だけれど、迂闊なことで奪われたくないというのが本心じゃない?」
「なるほど。郎女ほどの上位者が自分を囮にしようと思うのも無理はないな」
今現在、橘誉は橘家の後継者ではあるが、葛城の頂点に立つものでもある。
一方、葛城美沙は、葛城を名乗ってはいるが実際のところ傍系の出だ。
葛城の一族もまた、実力主義であるらしい。
詳しいことはわからないのだが、分家でも傍系でも力があれば本家に迎えられ、葛城姓を名乗ることができると聞く。
女系であるからこそ、連綿と続く血をより濃く強く後世に残すことを使命としているのかもしれない。
「しかし、大巫女は誉を葛城に呼び戻す気はないと伺っているのだが……」
「いかに葛城とはいえ、一枚岩とは言い難いんじゃないの? 女ばかりなんだもの」
「そういうものだろうか?」
「多分ね。あの、葛城美沙がどちらの人間かはわからないけど、橘を目立たないようにするために自分を餌にしているのは間違いないと思うわよ」
そうまでして守りたいのなら、どうしてもっと早くに手を差し伸べなかったのだろうか。
できなかった理由はわかっているが、ふとそう思ってしまう。
葛城の血を持つと最初からわかっていれば、橘は辛い思いをしなくても済んだはずだろうに。
まるでそれは橘に与えられた試練だというように放置しているのはいささか納得がいかないものがある。
「どちらにしても、彼女が打つ手を見落とさないようにしないとね」
そう告げる千瑛の言葉をどこか他人事のように聞いていた。
********** **********
放校後、帰宅の為に車寄せに向かう途中、橘が私たちを待っていた。
「誉?」
てっきり葛城美沙も一緒に居るのだろうと思っていたのだが、彼女の姿はない。
「彼女はどうした? 一緒ではなかったのか?」
「帰ってもらった。俺は、相良家にお世話になっている身だからね」
「あの女、橘を迎えに来たんじゃないのか?」
疾風も怪訝そうに問いかける。
「いや。マンション1つ買い取ったから、相良家を出るのであればそこに来てほしいとは言われたけれど」
「どういうことだ?」
「無理強いはしない、俺の意思が最優先だって」
肩をすくめて応じる橘に、疾風が首を傾げる。
「何企んでるのかイマイチわからないな。まあ、今すぐ喰われないだけマシだけど」
「岡部!!」
疾風の一言に鋭く橘が制止する。
「瑞姫の前で余計なことを言うな」
「あー……すまん」
かりっと頭を掻きながら、苦笑する疾風。
「疾風、今のはどういう意味だ?」
「何でもないから!! 言葉のあやだから!!」
妙に慌てた橘と疾風が声を揃えて誤魔化そうとする。
「んー? 納得いかない」
「今は納得して! とりあえず、俺は大丈夫だし」
「まあ、誉が無理強いされてなければいい。誉の意思に反するような真似をしたのなら、いくら葛城家相手でも仕掛けるからな」
「あー……うん。ありがと」
「なんか、橘が姫ポジな気がする……なんでだ?」
不思議そうに首を捻る疾風がぶつぶつと呟いている。
「瑞姫も意外と武闘派なんだよなぁ」
微妙な笑みを浮かべる橘。
「失礼な! 私とて相良の一員だぞ。無用の争いは好まないが、売られれば買うぞ。買ったら負けるつもりは毛頭ないということだけは覚えておいてほしい」
「うん、武闘派だ」
あっさりと結論付けられてしまった。
武闘派ではないと思うが。
「まあ、いい。帰るぞ」
とりあえずこんなところで言い合っていても始まらない。
帰ってからそれなりに情報を得るべきだろう。
そう思い、声を掛ける。
「そうだね、帰ろう」
穏やかに微笑む橘と疾風と並んで、今度こそ車寄せへと向かった。
帰宅後しばらくして、相良の本邸に予定外の客人が来たから母屋へ来るようにと知らせが入り、不思議に思いながらも疾風を伴い応接間へと足を向けた。




