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 抜けるような青空。

 風はなく、ただ広い空間だけが広がる。


 ああ、いつものあの場所だ。


 なぜだかそのことにホッとする。

 瑞姫さんには青空が似合う。


「瑞姫」

 穏やかな笑みを浮かべた瑞姫さんが、私を呼ぶ。


「はい」

 振り返って答えれば、瑞姫さんが目を細め、笑みを深くする。


 しばらく、無言のまま、対峙する。

 ふと気づけば、緩やかに風が吹いていた。

 暖かな風が頬を撫でる。

「残念ながら、時間切れだ」

 苦笑浮かべ、瑞姫さんが切り出した。

「……はい」

 私は、ただ頷く。

 気の利いた言葉なんて言えやしない。

 笑顔を作るだけで精一杯だ。

「意外と泣き虫なんだよな」

 困ったような表情で笑う瑞姫さんに、すみませんと答える。

「泣いてもいいけど、お別れじゃないんだよ?」

 私を抱き寄せて、頭を撫でる瑞姫さんがそう耳許で告げる。

「ひとつの身体に自我がふたつあることが不自然なんだって。だから、あるべき姿に戻るだけだ」

「……それはっ それは、わかってます」

 わかっているけど、納得できない。

 瑞姫さんだけに貧乏くじを引かせているようで。

「私は死ぬわけじゃない。瑞姫の中に溶け込むだけだ。ああ、その点では瑞姫の性格が少し変わるかもしれないな」

「え?」

「私という人格が、多少なりとも瑞姫に影響を与えてしまうということだ」

 その一言で、頬を濡らしていた涙が止まった。

「それは、嫌かい?」

「いいえ。嫌ではないです」

 呆然としながら、無意識に答える。

「そうか。それは良かった。まあ、ね。人は、環境などの影響で多少なりとも常に変化していくものだから、変わることを受け入れることができるのなら成長できるというし」

「そうなのですか?」

「そうだよ。疾風も誉も成長しただろう? 諏訪の坊やもね」

 坊やか。諏訪は坊やなのか。

 同じ年というか、半年以上、向こうの方が早く生まれているんだが。

 ちょっとばかり感動して、尊敬のまなざしを向けてしまった。

「当面の問題は殆どクリアした。ゲームに似た時間はもう終わりだ。あとは、瑞姫が思うように生きればいい」

「瑞姫さんの望みなんですね、それが」

「うん、そう。私が知っている最悪の危機は脱した。そのことについては、瑞姫が知る必要はないよ。もう起こらないことだから。自滅するとは思わなかったけれど」

 苦笑する瑞姫さんに、葉族の少女が関係していたと気付く。

「瑞姫さん」

「大丈夫。私はずっと瑞姫と一緒だ」

 こつんと額を合わせて告げるその人の言葉が真実だと確信する。

「そうですね。ずっと一緒ですね」

「うん。やっと笑ったな。そうやって、いつも笑っているといい。皆、瑞姫が笑っていると安心するから」

「はい」

 瑞姫さんの屈託のない笑顔に、彼女が言っている言葉の意味を知る。

「じゃあ、いこうか」

 それが、最後の言葉だった。

 『さよなら』でも『また』でもなく、『いこうか』

 その言葉を聞いた途端、くらりと眩暈を覚えた。

 眠気と言い換えてもいいかもしれない。

 強烈な睡魔に襲われ、意識を手放した。


 だから、そのあとの事は何も覚えていない。

 瑞姫さんがどうなったか。どんな表情を浮かべていたのか。

 私が覚えている瑞姫さんの最後の表情は、青空の下、屈託のない笑顔だった。




     ++++++++++     ++++++++++




「瑞姫?」

 名を呼ばれ、ふと目覚める。

「……疾風?」

 こちらを覗き込む疾風に、どうしたのかと首を傾げる。

「気分はどうだ?」

「んー? 気分を問われると、どう答えればいいのか悩むが、いたって普通だ」

「そうか」

 腑に落ちないと言いたげな表情の疾風に向かって無意識に手が伸びる。

「瑞姫?」

「うん。いい手触りだな」

 クセのある髪は、見た目に反して柔らかくふかふかしている。

 ひとしきり撫でたところで、満足感を覚える。

「瑞姫? もしかして寝惚けてる?」

 くすくすと楽しげに笑う橘の声。

「寝惚けると人の髪を撫でるものなのか?」

「人それぞれだと思うけれど。理性が働かない分、目についたものに対して、自分に素直に行動するらしいよ」

「へえ。そうなんだ」

 確かに。私の直毛と異なり、クセのある疾風の髪はきちんと手入れされているためか、それとも元からの性質なのか、もふっとした柔らかな手触りが非常に楽しい。

 いつまででも撫でていたいと思うほどだ。

「いや。これは瑞姫の癖で寝惚けてなくてもやるぞ」

 ちょっと困ったような表情で疾風が答える。

「最近はあまりしなかったけど」

「そうだったか?」

「ああ。柾様や茉莉様、八雲様がよく瑞姫の頭を撫でるから、それを無意識に真似ているというか、それが挨拶だと思ってたんだよな」

 私に頷いた後、疾風は呆れたような表情で橘に説明する。

「何だかすごく微笑ましいんだけど」

 くすくすと笑いながら橘は告げ、横を向いて吹き出す。

「頭を撫でられると、何だか安心しないか?」

 とりあえず、そう問いかけてみれば、橘は納得したように頷いた。

「そうだね。子供の頃は安心したね」

「だろう?」

 我が意を得たりと私も頷く。

「ということは。寝惚けたわけではないようだな」

 結論が出たところで、起き上がる。

「ところで、これからの話を少しした方がいいかな?」

 突然のことに戸惑いながらも平常心を保とうとしている橘の負担を軽くしてやるべきだろう。

 そう判断した私は応接セットの向かいのソファに座るように促す。


 その話し合いは、夕食が出来たと案内がくるまで続けられた。

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