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『うちのクソガキが、退屈しきってロクでもないことしでかす前に、ちょっと傷口を蹴り上げてやっちゃあくれねぇか?』




 そんな少々物騒なお願いが諏訪のご隠居から寄越されたのは、諏訪の誕生パーティの翌日だった。

 ご隠居から齎された情報は、実に溜息ものだった。

 パーティに乱入したのは、律子様が援助していた自称宝飾デザイナー。

 ナイフを振りかざし、会場に押し入ってきたと、出席していた方から教えていただいたいので、ある程度予想をしていたが、うん、呆れた。

 普通、こういったパーティはそれぞれの家の威信がかかっているので、邪魔をされてはかなわないから全力で警備するのが基本だ。

 乱入できるはずもない。

 それが、何故、乱入できたのか。

 わざと隙を作ったからだ。

 普通に考えればわかることだ。

 諏訪家のパーティであれば、そのスジの方が虎視眈々と狙い撃ちしようとするのに、そちらが入れずに素人が乱入なんてありえない。

 招き入れたと考えるのが普通だ。

 誰がそんなことをしたかと考えれば、辿り着くのは諏訪当代、先代、次代の3人しか該当者がいないだろう。

 次代である諏訪伊織が自分の晴れ舞台をよく知りもしない相手に潰されるような真似をするわけがない。

 先代か当代かと考えれば、当代がとしか言いようがないだろう。

 律子様に対して思うことがあったため。

 そう考えれば、表面上は誰もが納得する理由が作り出せる。

 しかしながら斗織様の思惑は別の所にあったのかもしれない。

 斗織様の負傷、しかも重傷と聞いて、確信した。

 斗織様は律子様を巻き込んで死ぬおつもりだったのではないか、と。

 そこまで考えて、ふと気づいた。

 『うちのクソガキ』って、諏訪伊織のことではなく、斗織様のことではないか、と。


 諏訪の男というのは、何て傍迷惑なんだ。

 色々と話が繋がってきたことにまず覚えた感情がこれだった。

 一途に誰かを想うのは、それはそれで羨ましいことだと思う。

 だが、実際に行動に移していいかと言えば、そう簡単に頷くことはできない。

 四族に生まれたからには、守らねばならないものがある。

 激情のままにそれらを無視して突き進んでよいとは、決して言えない。

 己が手を下さなければ、その手は罪に染まっていないと声を上げることは赦されない。

 そうと判断し、誰かに動くように伝えた時点で、その手は罪に触れたと自覚しなければならないと、私は訓えられた。

 息子の晴れ舞台で、その息子を危険に晒した斗織様は最愛の人が哀しむことをしたとは思わなかったのだろうか。

 実に頭が痛いと思う。

 だが、時期を外してはならないこともある。

 元を糺せば発端は斗織様にある。

 逃げ出されても困るから、選べないように釘をさしに行くか。


 ここ数日、色々と調べた資料に視線を落とし、私は見舞いに行くことを決意した。




     ***************




 いつものように疾風を供に車に乗り込む。

 今年はいつもよりも雨が多い。

 窓の外に広がる景色に溜息を吐きたくなる。

 だが、雨が多いが去年ほど傷が痛まないのは助かる。

 瑞姫さんの記憶にあるよりも身体が動いてくれている。

 それを知っているのか、雨の日になると甲斐甲斐しく面倒を見ようとする疾風が心持ち手控えてくれている。

「……何だって、こんな日に行かなくても……」

 反対側の車窓を眺め、疾風が呟く。

 雨だから反対しているのではなく、行き先が諏訪親子の入院している病院だからであろう。

 諏訪親子の見舞と告げた瞬間、兄姉もその随身たる岡部の者たちも猛反対したのだから間違いない。

 結局のところ、何故、外出できたかというと、理由は簡単だ。

 『そろそろ止めを刺してもいい頃だと思って』と告げたからだ。

 この言葉は、以前、瑞姫さんに教えてもらったものだ。

 諏訪家の者と接触することを反対されたら、こう言えば皆、退いてくれるはずだと。

 最終奥義だと聞かされていた言葉の効果はてき面だった。

 虚を突かれたような表情を浮かべた兄姉たちは、そのままの表情で頷いてくれた。

 岡部家に至っては、『遠慮なく超特大級でやっちゃっていいですからね』と真顔で諭された。

 こういう場合、私が暴走しないように窘めるのが本筋というものではないだろうか。

 厳戒態勢を敷かれて、屋敷内に閉じ込められるよりは遥かにマシだけれど。

 見舞いの品も用意して、準備を整えての出発なのだが、最後まで大反対の疾風は、皆が私を止めなかったことに不満爆発中のようだ。

 面倒見るのはやめないが、それでもご機嫌斜めという微妙なところを綱渡りしている。

「準備ができたときに行かなければ、好機を見失ってしまうよ」

「それは、そうだけど……」

「一言、斗織様に言わせてもらいたいことがあってね」

 他家のことには本来興味はないが、巻き込まれた身としては言わねばならないこともある。

 そもそも、すべての元凶を今まで放置していた責任はどうとるおつもりなのか、納得がいくまで説明いただきたいものだ。

 私の表情から何を読み取ったのか、疾風がふと肩の力を抜いた。

「まぁ、自業自得だよな」

「………………今、何だかとても失礼なことを考えやしなかったか、疾風?」

「ごく普通に、いつも通りの瑞姫の行動を思い浮かべただけだ」

 信用できないと、じっとり疾風を見上げれば、苦笑した疾風が私の頭を撫でた。

「あまり無理をするな。瑞姫は自分のことだけを考えていればいい」

「しかし、な……」

「瑞姫はそれくらいでちょうどいい」

 そう言われれば、次の言葉を封じられたも同然だ。

「そのために、俺がいる」

「……疾風」

 私はにこりと笑った。

「誤魔化しても無駄だからな」

「………………」

 疾風が悔しそうな表情を浮かべ、肩をすくめた。


 諏訪家の病院に到着すると、疾風が見舞いの品を手に私の後に続く。

 エントランスホールには財界の見知った顔がちらほらとあった。

 諏訪家の新旧当主が揃って入院をしているのだから、見舞いを口実に色々と画策をとでも考えているのだろう。

 私たちと同年代の娘を連れた年配の男性の姿も多い。

 そのほとんどが門前払いをされたらしく、不満げな表情を浮かべている。

 諏訪が起きているのなら、納得できる状況だ。

 身動きできない不愉快な状態である上に、呼びもしないのに押しかけて一方的な見合い状況を作られるなんて誰だって御免被ると言いたくなるだろう。

 相手に怒鳴り散らさないだけまだマシだと思えばいいものを、断られたことに不満を抱くなど言語道断だ。

 動かぬ身体にもどかしい思いを抱えている相手を思いやらずに要求だけを突き付けようとするのだから、当然の結果だと言える。

 何もかも自分の思い通りに運ぶと思ってしまうのが、四族・葉族通しての悪い癖と言えるだろう。

 自戒せねばならないことだと、常に思う。

 彼らと視線を交わすことなく、受付で見舞いの手続きを行う。

 特別室に入院の相手に手続きすることなしに会うことはできないのだ、この病院では。

 受付に話が通っていたのだろう、自分の名前と入院患者の名前を告げれば、即座に許可が下りた。

 そのままエレベータで最上階まで移動し、諏訪伊織の病室の前で立ち止まる。

「……疾風、ここで待っていてくれ」

「嫌だ」

「心配せずとも、相手は身動きできない。話もすぐに済む」

 即答され、それが予想通りであることに苦笑してしまう。

「瑞姫」

「なに?」

「つらかったら、逃げ出しても、泣いてもいいんだぞ。おまえが望む限り、俺はおまえの傍にいる」

 その言葉に顔が強張った。

 バレていたのか。

 まあ、勘が鋭い疾風なら、バレていてもしょうがない。

 だが。

「逃げる気は、ない。泣く気も、な。私が選んだことだ」

「………………わかった。ここにいるから、行ってこい」

 仕方ないなというふうに、肩を竦めた疾風が頷く。

「ああ」

 疾風の言葉に送られて、私は扉をノックする。

 中から応えがあり、重厚な作りの扉をスライドさせた。

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