第10章 減る夜
夜は、同じ時刻に訪れる。
だが、同じ密度では来なくなった。
レンは、二十三時三十分にメールを送る。
件名:レン 本文:いる。
既読は、つかない。
五分。 十分。
以前なら、すぐに返ってきた。
いる。
その一行が、夜の始まりだった。
今は違う。
二十三時五十二分。
ようやく通知が鳴る。
いる。
短い。
それだけ。
レンは、胸の奥が少しだけ軽くなる。
だが、会話は続かない。
今日どうだった?
送る。
既読。
返信は三分後。
普通。
レンは、画面を見つめる。
以前のユイなら、 「面接落ちた」 「サイレン鳴ってる」 「コンビニ行った」
何かしら続けた。
今は、閉じている。
レンは、考える。
距離を置く、とユイは言った。
これは、その距離だ。
レンは、無理に広げない。
そっか。
送信。
沈黙。
画面の光だけが、部屋を照らす。
レンは、AIを開く。
「誰かとの連絡が減るとき、どうすればいいですか?」
返ってくる整った文章。
関係性は変化します。焦らず――
レンは、読む。
今日は閉じない。
正しい。
だが、寂しさは消えない。
レンは、AIのウィンドウを最小化する。
ユイのメール画面を見つめる。
寝る。
その一文が届く。
レンは、少し遅れて打つ。
おやすみ。
既読。
返信はない。
夜は、そこで止まる。
翌日。
レンは昼間に駅へ向かった。
理由はない。
ただ、部屋にいると、考えすぎる。
駅の看板を見上げる。
前回より、心拍は穏やかだ。
人の流れを横目に見る。
入らない。
入れない。
でも、立っていられる。
レンは、スマートフォンを取り出す。
写真を撮る。
駅の看板。
夜、送ろうと思う。
“進化”の報告。
その夜。
二十三時三十分。
レンはメールを送る。
いる。
既読。
返信。
いる。
レンは、写真を送る。
駅の看板。
今日も行った。
少し間。
すごい。
ちゃんと続けてるな。
レンは、胸が温かくなる。
短いが、温度はある。
ユイは?
送信。
既読。
長い沈黙。
レンの指が震える。
やがて、返信。
今日、また会った。
レンの視界が固まる。
どこで?
コンビニ。
偶然。
偶然が続きすぎる。
レンは、怒りを飲み込む。
何もされてない?
何も。
でも、笑ってた。
レンは、唇を噛む。
笑ってた。
それは、追い詰める笑いかもしれない。
レンは、すぐに打たない。
焦りは、ユイを遠ざける。
レンは、ゆっくり打つ。
ユイが怖いなら。
それは普通。
既読。
返信は少し遅い。
怖くない。
ただ、面倒。
レンは分かる。
怖いと認めたくないのだ。
レンは、静かに打つ。
俺は怖い。
だから駅行った。
送信。
数秒後。
何で?
何かあったとき。
近づける距離にいたい。
打ってから、自分で驚く。
“近づける距離”。
会わないと決めたのに。
ユイは、長く沈黙する。
レンは、胸が締まる。
やがて、返信。
レン。
それ、優しいけど。
危ない。
レンは、画面を見つめる。
何が?
近づこうとしすぎ。
私はレンを守れない。
レンは、震える指で打つ。
守られなくていい。
俺が勝手に近づいてるだけ。
既読。
長い沈黙。
レンは、AIを開く。
「相手に負担をかけない言い方」
整った文章が並ぶ。
レンは、閉じる。
整えたら、嘘になる。
レンは、短く打つ。
離れない。
送信。
それは宣言のようだった。
ユイから、返信。
レン。
私、少し考える。
レンの心臓が跳ねる。
何を。
レンとどうするか。
その一文で、夜が凍る。
レンは、何も打てない。
手が震える。
画面が滲む。
距離を置くと言われたときよりも、重い。
ユイは、続ける。
消えない。
でも、甘えすぎたくない。
レンは、ゆっくり打つ。
甘えていい。
送信。
既読。
返信はない。
数分後。
今日、ここまで。
レンは、画面を見つめる。
おやすみ。
送信。
既読。
返信は来ない。
部屋は静かだ。
レンは、椅子に座ったまま動けない。
減った夜。
薄い会話。
距離。
それでも、完全には切れていない。
レンは、AIを開く。
「必要不可欠な存在になるとはどういうことですか?」
表示される文章。
依存ではなく、支え合い――
レンは、読む。
そして、静かに閉じる。
必要不可欠とは、 毎晩長く話すことではないのかもしれない。
消えないこと。
戻れること。
そこにいること。
レンは、スマートフォンを胸に置く。
ユイが考えている。
それは、終わりではない。
夜は、減っても続く。
塗り替えられた夜は、 簡単には元に戻らない。




