二人の思惑
二人の思惑
セレスティーナは、豪華に整えられた寮の自室に静かに座っていた。
お気に入りの紅茶は、美しいカップの中で冷えきっている。
(おかしいわ……リリィの部屋に仕込んだものが消え失せている?)
完璧に手入れされた指先が、苛立たしげに銀糸の髪を巻き取る。
(それに、壇上のエドワール様。途中で視線が止まった──周囲も気付いていた)
顔を動かしたわけでは無いので、はっきりは確認していない。
だが、エドワールが固まったあの瞬間の視線の先にリリィがいたのは確信できる。
(わたくしの婚約者よ。わたくしだけが、ふさわしいの)
セレスティーナは深呼吸をし、使い古されたノートを取り出した。
(感情的になってはダメ。まずは懸念点を書き出してみましょう)
・黒百合
・仕掛の消失
・ヒロイン
・エド
・強制力
「………………」
一番気にすべきことは、イルマ。
ノワール家ですって?
何故そうなっているのか、調べなくては。
(動くのはそれから。では、今すぐ出来ることは)
セレスティーナは苛立ちを抑えきれず、歯噛みした。
念には念をいれて、ベテランで非常に有能だけれどもなにも知らない『ただの侍女』であるサビーヌを選んだ。
でも、これは失敗だったかもしれない。
手駒が少なすぎる。
(かといって、今から侍女をアイテムでアレコレ動かすのは──リリィの部屋から何故仕掛が消えたのか探らないと……あまりにリスクが高い)
「そうですわねぇ……どうしてあげたらいいのかしら?」
内心とは裏腹に、穏やかで心地の良い声。
(十の月が終わるまでは帰宅できない──ですけれど、手紙は大丈夫)
セレスティーナは頷き、数枚の手紙を書き始めた。
初めて家から出て不安定になった少女が、家族に手紙を出すのは良く聞く話。
見られて困ることはもちろん書かないし、宛先は様々。
暗号は抜かりなく、決めてある。
(まず情報、あとは手駒──使い捨て出来る人物……特別寮の使用人は全員低位貴族の子女だから除外)
リリィの部屋に細工をしたのは、壁紙職人の男。
最近不慮の事故にあって、今は土の下だ。
「おしゃべりなお口は、要らないものね」
◆
「リリィ様。お砂糖はひとつまでですわ」
私にホットミルクを手渡しながら、ユリが声をかけてきた。
普段の私は、飲み物に砂糖やミルクは入れない。
どちらかが、これに触れた場合は情報共有したいという合図。
「私、そんなに太った?」
おどけていう私に、ユリは微笑んだ。
「いいえ、適正ですわ。そう言えば、新入生の皆様は──家族に手紙を出す方が多いらしいです」
頬に手を当てるユリ。
これを指すのはセレスティーナ。
(普通の手紙じゃないって事ね)
「ふうん? ああ、慣れるまで週末帰宅が出来ないから?」
「そうだと思いますわ」
「うーん、私はまだ書くことが無いわ」
「二日後に屋敷から書類や荷物が来ますから、その時にでも伯爵様に書いてみては?」
「そうね、お礼のお手紙書いておくわ」
ユリが一礼して下がっていった。
(はぁー、今日は無事に終わって良かった)
入学式前の猫、あれは絶対強制力の仕業ね。
男子特別寮、女子特別寮……そして校舎への道が交差するピンポイント。
さらに子猫がいるのは『男子生徒たち』がショートカットで使う、草だらけの道だもの。
女子生徒はまず使わない。
わざわざ『リリィ』が侵入する意味がない。
だって、リリィはゲームの内容なんて知らないのだから。
だから、朝も早すぎず遅すぎず。
ちょうどいい時間に寮を出て、他生徒と一緒に行動した。
(一緒に行動っていうのは、相互監視にもなるから有効)
この学園、高位の貴族子女が比較的多い。
今期は少ないらしいけどね。
なので、政治的配慮で個人の使用人は教室まで付いてくる。
(これがユリを守る盾にもなる──)
何しろ一番危険な立ち位置にいるのは、ユリなのだ。
油断したら絶対消される。
覚悟あっての参戦だろうけど、死なれたら私はきっとショックを受ける。
(それに王太子。あれはナイスプレーだったけど、刺激しすぎた感はあるよね)
王子がどうこう、というよりは周囲が気付いたってことの方がセレスティーナには効いただろうな。
クスッと笑いが漏れる。
「うん」
(私を消そうとしてるけど、私も動くのよ? 綺麗だけど、それだけ。セレスティーナには、つまんない女になってもらうわ)
ヒロインがおもしれー女枠なら、悪役令嬢はつまんねー女でいいじゃない?




