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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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生い立ち

生い立ち

 あれは私が五歳だった頃の春だった。

 母子で修道院に身を寄せていた私たち。

 元々病気だった母が、冬の寒さに持ちこたえられず、力尽きた。


 その日修道院の奥にある小さな寝室で、私は母の手を握っていた。

 部屋は薄暗く、今日だけはシスターから特別に使うことを許されたランプの火が揺れていた。


 母の手はすでに冷たかったが、離したくなかった。

 


「……あなたは強い子よ。わたくしと、あの方の子ですもの」


 いつもそう言っていた母は、もう何も言わない。

 あの方、という父の話だってまだ詳しく聞いてないというのに。

 私は、その手を両手で包むようにして、じっと母の窶れてもなお美しい顔を見つめた。

 


──母と私は、辺境の小さな村の更に郊外に住んでいた。

 母は針仕事が得意で、いつも縫い物や刺繍をして、それで生計を立てていた。

 その製作物には魔法が付与されており、母は決してそうだとは言わなかったが間違いなく魔術師だった。


 ある日突然、やつれる一方だった母はすべてを整理するように荷物をまとめ、私を連れて王都まで来た。

 何の前振りも脈絡もなく。


「……大丈夫。わたくしたちは、ちゃんと生きていけますからね」


──そういって、小さな荷物だけをもって修道院の門を叩いた。

 母は、袖の奥から宝石の詰まった小袋を差し出して、シスターに言った。


「寄付です。もしよければ、この子と一緒に──」


 それから数ヶ月。

 母は、あっという間に起き上がれなくなった。

 そして私は、その最期の時を迎えたのだ。


「おかあ、さん……」


 声に出しても、返事はこない。


 その瞬間、頭の奥に衝撃が走った。


 ぐわん、と世界が揺れる。

 視界が白く──カメラのネガポジが逆転したような、何かが反転する感覚。

 心臓が止まったかと思うほどの、静寂。


 そして流れ込んできた記憶。


編集部。

企画会議。

スケジュール地獄。

徹夜、誤植、原稿の山。


「追加コンテンツ、悪役令嬢目線の逆ザマァなんだけど──」


「クリア後のハードモードにバグ多すぎて、発売予定がずれこむかもって──」


「この隠しキャラ、追加コンテンツクリア後に実装されるんですか?」



 ──私は、知っている。


この、一大ブームを巻き起こした乙女ゲーム【花冠の聖譚曲(オラトリオ)】の、全容を。


通常版の『白百合の輪舞曲(ロンド)


大ヒットして、追加コンテンツも配信。

悪役令嬢が逆ざまぁする物ね。

その追加コンテンツは『薔薇の綺想曲(カプリチオ)


どちらもクリアすると、隠しキャラ実装のハードモード。


これが、『五重奏曲(クインラット)のブーケ』



 私を制作会社に紹介してくれた原作者の友人は、裏設定も没シナリオも、全部見せてくれた。

 キャラクターの深層心理、分岐条件、秘密の血筋設定まで──

 通常プレイヤーでは絶対に知り得ない情報を。


 更にその友人のコネを最大活用して、攻略本を手掛ける部署に抜擢された。

 追加コンテンツの製作過程の『開発チーム』の取材も任され、デバッカーも志願してやらせてもらった。


 出版社の花形編集部──野心だけは一人前の、歴二年の新人にはこれ以上ないってくらいの大チャンスだったから。


(……ここ……この修道院……)


 ──時々、ルートによってシスターの台詞が変わるだけだ。

 だけど、プレイヤーにとっては大事なルート確認の場所。


(まさか、私が……)


 桃色の髪、ネオングリーンの瞳。

 それは、まさに設定通り。

 

 ──ゲームのヒロインそのものだ。

 なんなら、名前もデフォルトのまま。


 母の冷たい手を握りながら、私は知っってしまった。

 この世界が、乙女ゲームの中の世界であることを。

 母が常に何かから身を隠していたのも、唐突に修道院にきたのもそれでなんとなく腑に落ちた。


「シナリオ強制だ」


 あの仕事は大好きだったが、あくまでも開発側や原作者への取材。

 純粋なプレイヤーではなく、ゲームを考察する立場だったのだ。


──推しがいたわけでもないし、乙女ゲームに生まれ変わりたいとも思ってなかった。


 おそらくこの世界には、物語の強制力がある。

 どれだけ逃げようとしても、どれだけ静かに生きようとしても無駄かもしれない。


 運命は、必ずヒロインをシナリオの表舞台へ引きずり出す。

 

(──だから唐突に辺境から、王都まで連れてこられたんだ)


 どうやったら回避出来る……?


(とりあえず目立つのはダメ。今、覚醒したということはシナリオから逃げられるチャンスがあるからでは?)


 結局、母がお膳立てしてくれた修道院に私はそのまま預けられた。

 だって、そういう設定だったから。


 その後の私は、ただただ隠れるように生きてきた。

 孤児院を出る年齢になったら、国外へ行くつもりで。


誰にも気づかれず。

誰とも深く関わらず。

物語が始まらないように、そっと、そっと。


 でも私が『ヒロインのリリィ』である以上、シナリオから逃げ切ることは無理だったようだ。

 結局、巻き込まれてしまった。



 優しい顔をした侍女らしき女性が、にこりと笑った。


「ご安心くださいませ。すぐに、カーティス様が参りますわ」


 ──ここにいる意味がわからない。


 何が起きてるの? 誰が私をこんな場所に? ていうか、あの変な男は?


(──こんなイベントなんて、存在してない!)


 そもそも、物語が始まるのは十五歳から。

私、まだ八歳────


(って、カーティス!? それってまさかの隠しキャラじゃないの!)





 

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