どうしてこうなった?
どうしてこうなった?
(────どうしてこうなった!?)
町外れの孤児院に育てられてる私は今、豪華でフカフカな椅子に座っている。
フリルだらけの、お姫さまのようなドレスを着せられて。
あちこちの肌に触れるヒラヒラ。
沈み込んで上手に座ってられない椅子。
(こちとら、庶民よ? しかも孤児院の孤児よ、孤児。どう見ても場違い……)
室内は、いい香りで満たされている。
高級そうな匂いがする。
(えっ、てか、なにこの部屋。悪趣味過ぎん?……いや、それより──)
どうして、こんなことになったの!?
すべての発端は、ほんの数時間前に遡る。
◆
今朝、私はシスターからお使いを頼まれた。
町まで行って、パンとミルクを受け取って帰るという簡単なミッション。
その帰り道のことだった。
私はちょっと生まれと育ちがアレなもので、警戒心は強い方だ。
あー、なんか怪しい男たちがいるなあ、と視界に入れていたんだよね。
で、すれ違いざまにいきなり腕を掴まれ、馬車に引き込まれそうになった。
私はお使いのパンとミルクが入った袋を咄嗟に振り回し、一瞬の隙をついて腕を振りほどいて路地に逃げ込んだ。
怪しんでなかったら、抵抗する間もなかったと思う。
後ろからは、大声で叫ぶ男の声。
(──数人はいる! 心当たりはあるけれど、今じゃない、早すぎる──)
使いまわしで与えられている靴は、サイズも合っていないため、とっくに脱げていた。
裸足で地面を蹴り、がむしゃらに逃げる。
幼い身体能力でお貴族様に勝てるとは思えないけど、街中の裏道なら──地の利は絶対私にあるはず。
(──まだチャンスはある)
そう思ってはいたけれど、大人数人の相手は分が悪すぎた。
気がつけば袋小路に追い込まれ、絶対絶命だ。
ただ──とあることを私は知ってたから、ここに逃げてきた。
この行き止まりの高い塀には、小さな裂け目がある。
猫が通れるかも怪しいサイズだ。
だがこの裂け目、私は通れるはずだ……小柄でガリガリだからではない。
私なら『設定上通れることになっている』からだ。
ただ、今じゃない。
(時期は違うけど、試すしかない!)
いきなり誘拐されそうになってるんだよ?
緊急事態の今、塀の先が現在どうなってるかなんてどうでもいい。
設定上通れることになってるんだから、今通ったっていいんじゃない?
私は無理矢理裂け目に手を突っ込み、肩を入れ塀の内側に身体を捩じ込んだ。
(やっぱり通れる! なら──)
うわ、なにこれ?植物?
塀の内側に侵入出来たのはいいけれど、想定外な事になってしまった。
どうやら藪のなかに出てしまったようだ。
子供の柔らかな皮膚に、枝の突起が突き刺さり肉が裂けていく。
(痛い痛い! これじゃ動けないじゃないの)
が、もう後戻りはできない。
塀の外に戻ったら捕まるし、そもそも動くのが不可能だ。
私はあまりの痛みに進退窮まって、静止するしかなかった。
「……裂け目がありましたが、これでは犬猫でも通れませんな」
「左様か。あの髪色、見逃す筈はないんだが」
「もしかしたら、見落とした脇道が? とりあえずお嬢様には、報告を」
「ここは──例の酔狂者の屋敷か。……まあいい。他を当たれ」
そう言い残して、気配は遠ざかっていった。
私はひたすら息を潜めて、いや正直に言うと動けずにいた。
動くと眼球にまでトゲが刺さってきそう。
しかも、この植物──段々と絞まってきてる……。
◆
「……人間が引っかかるとは、珍しいわねぇ」
その声は、頭の上から降りてきた。
どちらともつかぬ、不思議な声。
(──んん? 男の人? それとも女の人?)
激痛と共に藪から引きずり出された私は、痛さで声も出なかった。
見上げた顔はよく見えなかったけれど、金か銀色の髪と琥珀のような煌めく瞳だけは脳裏に焼きついた。
何か呪文のような言葉がささやかれ、痛みがすうっと消えていく。
(……夢みたい)
そう思ったところで、意識が途切れた。
その後、気がついたら私は鏡の前に立たされていたというわけだ。
「……え?」
鏡の中の自分は、豪華なドレスに身を包まれていた。
汚れきっていた肌は洗われて、髪はゆるく巻かれ、顔にはほんのりと香油の艶。
めっちゃ美少女。
「……これは」
目の前に立つのが、普段の薄汚れている自分とは違いすぎて焦る。
艶々の桃色の髪、ネオングリーンの鮮やかな瞳。
(この外見──非常に不味い! ヒロインなのがバレるやつだ──)
目立たないよう必死に隠していた美しさが、余すところなく磨き上げられている。
これは、非常に良くないことだった。
そう、私はヒロインなのだ。
あ、頭はいたって正常だよ?
正確には、三年前に自分がヒロインであることに気がついてしまった、ただの孤児だけれど。




