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側村

 墓と聞いて予想していた場所とは、大きく異なるところに侑子は立っていた。

 エイマンの家を出て、彼の運転する車に再び乗車すること三十分。そこは山の中腹に位置する小さな集落だった。数件の家々が立ち並び、道路の両端には埋込式の街灯がぼんやりと発光している。町にしてはやけに静まり返っているように感じたが、家々の窓からは灯りが見え、一軒一軒の玄関灯は光が灯っており、どの家の庭も美しく整えられていた。


「ここに墓地があるんですか?」

「ここが墓地なんだよ」


 答えたのはジロウだった。


「え?」


 聞き返す侑子の反応と困惑顔の紡久に、リエはうんうん、と頷いている。


「そういえばあの二人も、そんな感じだったわ。ちょうど今のユーコちゃんとツムグくんみたいな顔してた。初めてこっちのお墓事情を教えてあげた時」

「懐かしいな」


 ラウトは感慨深げに呟いた。

 静かな夜の路を進みながら、エイマンは静かな口調で侑子と紡久に語りかけた。


「君たちのいた国では、亡くなった人は墓標の下に葬られるんだってね。そして墓標が整然と並ぶ場所を、墓地と呼ぶのだとか」


 六人分の足音だけがその町の中に繰り返された。


「こっちではちょっと違うんだ。勿論外国では君たちの世界と同じような埋葬をするところも存在するけど。ヒノクニでは町一つを死者の町にして、その町の中に亡くなった人の魂を連れてくるんだよ」

「まさか」


 思わず立ち止まったのは侑子だけではなかった。同じタイミングで紡久も理解したらしい。

 二人は自分たちが立つ小道の左右に目を走らせた。家々が無言で見つめてくる。


「この場所……この町全体が墓地?」

「そういうこと。墓地とはあまり呼ばないけどね。側村(そくそん)というんだよ。(そば)(むら)って書く。死んでも――肉体がなくなっても、故人の魂や意思の一部は、いつまでもこの村の中で日々の営みを続けている。死は終わりではなくて、次の生活の始まり。亡くなった人は見えなくなって肌で触れ合うことは叶わなくなるけど、私たちのすぐ隣の町で暮らしを続けている。そういう考えのもとで弔いをするんだ」


 ふと視線を下に向けると、路の片隅の小さな花壇が目に入った。そこには綺麗に色分けして植えられたパンジーが花弁を広げている。隣の花壇にも、そのまた隣にも、色とりどりの花が静かに咲いていた。毎日誰かの手入れがされないと、このような美しい花壇は保てないだろう。


「家の中にはね、どれも簡易的な物だけどちゃんと日用品も揃えてあるのよ。魔石をセットしてあるから電気はもちろん、水も使えるし」


 リエが笑って、侑子の手を取った。行きましょう、と先を促す。


「素敵な死生観ですね」


 ぽつりと、呟くように紡久が口にした。


「そんな風に死を考えたことなかったな。ただ消滅するだけだと思ってた」

「もちろんそういう考えだってあるさ。同じ国に住んでいるからって、皆同じように考えているわけじゃない。特に死については……それぞれ思うところがあって当然だろう。この国ではこの埋葬の仕方が一般的ってだけだよ」


 ジロウの説明を最後に、しばらく六人は無言で歩き続けた。「ここだ」と先頭を歩いていたラウトが足を止めたのは、小さな平屋の前だった。


「可愛い」


 侑子はその佇まいを目にして、思わず微笑んだ。

 カントリー調のドールハウスを人間サイズに大きくしたような外観のその家屋は、白を基調にした外壁にペールブルーの窓枠をアクセントにした木造だった。ドアは上端の角を落とした形で、上部に小さな丸窓がついている。


「入ろう」


 ラウトがドアに自分の透証を翳した。ロックが外れるような音がして、ドアは自動でゆっくりと開く。


「いい香り……」


 既に灯りの灯っていた室内に一歩を踏み込むと、鼻孔を花の香りがくすぐった。小さなダイニングテーブルと向かい合う形で置かれた椅子が二脚。部屋の真ん中に据えられたのはその家具だけで、すぐ隣に小さなキッチンが見えた。


「本当に誰も暮らしてないんですよね?」


 訝しむ表情の紡久の言葉に、侑子も頷いた。テーブルの上にはガーベラが一輪、赤い花弁をいっぱいに広げている。小さな花瓶の水は澄んでいて、ついさっき交換したばかりのように美しかった。誰かの生活の息吹が確かに感じられる。


「誰も暮らしていないわ。生きている人はね――さあ、こっちよ」


 部屋の奥にもう一つ扉があり、一同は隣の部屋へと移動した。



◆◆◆



 そこは先程までの風景とは一転して、奇妙な部屋だった。四方の壁は黒く、天井と床は白い。

 入ってきた扉の向かい側の壁一面に、一定間隔で丸形の小さな鏡が埋め込まれている。その鏡はどれも、化粧品にセットされているコンパクトミラー程の大きさで統一されており、部屋に入ってきた人々の姿を丸く切り取っていた。


「ここは?」


 突然の異質な雰囲気に侑子は息を呑んだ。

 鏡はただの壁面デザインではなさそうだ。天井近くから一定間隔で並ぶ鏡は、中途半端な位置で途切れていた。まだこれから新たに並べる鏡のための場所を空けているかのように。


「『鏡の間』と呼ばれる部屋です。マサヒコはこの家のことを共同墓地みたいなものか、と言っていました。そしてこの鏡のことを骨壷とも呼んでいた……そういう表現で言い換えれば分かりますか?」


 ラウトは壁面に並ぶ小さな鏡を示しながら、侑子と紡久を振り返った。


「骨壷……?」

「まさか鏡の中に骨が入っているわけではないですよね」


 侑子と紡久は鏡に触れられるほどの距離まで近づくと、一つ一つの鏡を観察した。どれも均一な丸い形をしていて、曇一つなく鏡としての機能を果たしている。離れた場所からは確認できなかったが、それぞれの鏡の端には文字が刻み込まれていて、それは人名のようだった。二人が新たに発見できたことはただそれだけだ。鏡の向こう側に何か空間があるようにも見えない。


「亡くなった後、遺体は小さく小さく分解されるの。魔法でね」


 リエの柔らかい声と共に説明が紡がれる。


「目に見えない位の大きさまで分解が終わったら、この小さな鏡の表面に、少しだけ付着させるのよ。そして側村の鏡の間に安置する――――これね、マサヒコさんとチーちゃんの鏡」


 分解と付着という、埋葬という行為と結びつきそうにない言葉に侑子が眉間に皺を寄せる横で、紡久はリエの指した鏡を覗き込んでいた。

 並んだ鏡の集団のちょうど中程に、二つ並んだその鏡はあった。


 ――越生正彦。越生ちえみ


 鏡は墓標でもあり骨壷でもあるのだろうが、刻まれているのは氏名だけだ。天井に取り付けられた白い照明の光を僅かに反射させて、見つめる紡久の顔だけを写し出していた。明るい髪色に縁取られた怪訝そうな表情が、見つめ返してくる。


「何か作法はありますか?」


 質問したのは侑子だった。紡久のすぐ隣で、彼同様鏡を覗き込んでいる。墓参りの作法について訊いたのだろう。そういえば想像もつかないな、と紡久は思いだした。


「そうね。私達はいつも二人の鏡の前で、二人との思い出を思い出したりしてたけれど。特に決まったことはないのよ。故人のことを考えるだけでいいんじゃないかしら」


 手を合わせたり、念仏を唱えたりという行為は必要ないらしいが、侑子は鏡の前で目を閉じた。

 墓の前で目を瞑るという動作に伴う癖のようなものだろう。自然と手を合掌の形に合わせていた。紡久も彼女と同様に目を閉じた。

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