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火加減

 紡久は手の上で踊る炎を見つめていた。彼の手の中には、アルミホイルに包まれたジャガイモがある。それを魔法で発生させた小さな炎で熱しているところだ。紡久は今、魔法練習も兼ねた調理の手伝いをしているのだった。


「ツムグくん。そろそろ良いかもよ」


 ジロウは大きな鉄鍋を片手で軽々と振っている。紡久は「はい」と返事をして、炎をひっこめた。途端にジロウは慌てた声を上げ、同時に紡久は「あっつ!」と叫んで芋を床に落としていた。魔法の炎を消せば、ホイル焼きにしていた芋はそのまま素手で受け止めることになる。見通しを立てながら魔法を取り扱うことに、どうにも慣れなかった。すでに同じような失敗でやけどをすること三回目である。


「ほら! 早く冷やす冷やす!」


 ジロウの声に急かされながら、紡久は手のひらに霜を出現させた。小さな霜はみるみる溶けて水となって消えていくが、また次から次へと新しく生まれていく。まるで白い小花のような幾何学模様が線を伸ばす様は、生命を宿した生き物のようだった。紡久は手の中に展開されていく霜の花模様に、つい見入ってしまった。自分が起こしている魔法のはずなのに、そんな自覚すらなくなっていく――なんて奇妙で可憐な現象なのだろう。火傷の痛みが癒える心地よさすら、忘れてしまうほどだった。


「大丈夫か?」


 無言で手のひらを凝視していた紡久を心配したのだろう。鍋を置いたジロウが覗き込んできた。


「大丈夫です。つい見とれてしまって」

「ああ。そういうことか」


 少年の手のひらにいっぱいになった霜の花に目を向けて、ジロウはにっと歯を見せた。


「魔法って綺麗ですよね。さっき焼き芋している炎を見ている時も、綺麗だなぁって考えていました」

「綺麗に思えるくらいの魔法は、良いもんだよな。やっぱり便利だし。結論、何でも程々が大切ってことさ。料理の味付けも火加減も」


 すっかり痛みも引いたので、霜を引っ込めて濡れた手を布巾で拭いた。紡久は床に落としたままだった芋を拾い上げる。既に手で触れられる程度に冷めていた。ホイルをひろげてみると、湯気を上げるジャガイモが顔を出した。落とした衝撃で生じた割れ目にジロウがバターを落とすと、美味しそうな温かい香りが辺りに漂った。


「うん、いい感じだ。その調子でどんどん作ってくれる? やけど気をつけろよ」

「はい」


 紡久は新しいホイル包を手に取ると、小さな炎を手の中に呼び出した。チロチロと燃え続ける炎に見入りながら、紡久はジロウに話しかけた。


「加減が大切って話をしてましたけど、やっぱり魔法の加減は、間違えるとまずいものなんですか?」

「そりゃあ。大火事や大水なんて、大惨事だろう」

「……俺にはそこまで大きな火や水を扱うなんて考えられないけど、やろうと思ったらできてしまうってことですか。あの火災みたいに」


 鉄鍋を揺する手は止めないまま、ジロウは言葉を考えているようだった。ゆっくり返事をする。


「そうか。まだツムグくんも、そこまで感覚的に上手く魔法を使うことはできないってことなのか。来たばかりだもんな、無理もないな。ユーコちゃんは君ほどすぐに魔法を使えなかったし、使えるようになった当初は、君とは反対の方向に力の扱いに慣れてなかった……ツムグくんはとろ火や霜のように魔力を小出しにして小さな魔法を出すけれど、ユーコちゃんはきつく締まっていた蛇口のレバーを動かしすぎたみたいに、一度に大量の魔力を放出させてしまってたな」


 ツムグがあんぐりと口を開ける。


「そうなんですか。大丈夫だったんですか。侑子ちゃんも周りも」

「まぁ突風や可愛いサイズの竜巻だったからな、ユーコちゃんのは。屋内だと大変なことになったけど、外だったら酷いことにならないくらいだった。あれが風の魔法で良かったよ。炎や水、電気だったら、もっと真剣に対策を考えないといけなかったな」


 ジロウは思い出し笑いで肩を揺らしながら付け足した。


「そう考えると、ユーコちゃんは緑色の風属性の魔法が得意なのかな。君たち二人の外側から見える魔力は、確かに無色透明だが。うーん。興味深い。まだまだ世の中には、分からないことが多いな。そもそも無属性ってどういうことなのかよく分からんし」


 ジロウは紡久に顔を向けながら続けた。


「話を戻すけど、魔法の加減は扱う本人の気持ち一つさ。大きな炎を起こしたいとか、指先程度の火で大丈夫とか。そう頭でイメージするだけで済む。だからそうだな……魔法で大惨事を引き起こすも起こさないも、使う人間の考え一つで決まってしまうってことだよ。もちろん大きな炎を起こすにはそれなりに魔力は消耗するから、身体の小さな子供や修練が未熟な人には無理だ。ある程度の経験を積んでいる人だったら、誰にでも可能なのさ」

「そうなんですか」


 紡久は驚いた。一瞬で物質を灰にしてしまえたり、氷漬けにしてしまえる魔法。そんな能力を誰しも使えてしまうこの世界は、皆が凶器を常に携帯しているようなものではないか。「物騒ですね」と、素直な感想が口をついて出た。


「そうだなぁ。そんなふうに考えたことはなかったけど、そうかもな。こうして平和に毎日が送れていることは、もしかしたら奇跡なのかもしれない。魔法を使える一人一人が、危険にならない程度に魔力をセーブしながら生活してる……ああ、そうか。その均衡が崩れてしまえば、平和なんて一瞬で消えてしまうものなのかもな」


 紡久に対しての返事だったが、ジロウの独り言のようにも聞こえる。

 いつの間にか出来上がっていた一品を大皿に移すと、熱いままの鉄鍋をシンクに運んで水をかけた。ジュワッと大きな音を立てて、湯気が立ちのぼる。


「君たちと話をしていると、新しい視点に気付かされるな」


 ジロウが今言った『君たち』とは、自分と侑子のことを指すのだろう。どこか嬉しそうな色を持ったジロウの表情に、僅かに躊躇いを感じつつ、紡久は申し出た。


「ジロウさん。五年前の政争のこと、教えてください」


 今度はちゃんと布巾の上にホイル包みを落とすと、紡久は両手を身体の横に下ろした。たった今炎がこの手のひらに存在していたとは思えない。紡久の手はいつも少しひんやりしている。


「今日みたいな日に蒸し返したくない話なのは、何となく分かってます。けど、知りたい」


 この世界の人々と接する中、時には侑子と二人で話す中で、紡久は少しずつ五年前にこの国に起こった重大な出来事について知るようになった。色々な人から聞く断片的な情報をつなぎ合わせて、大体の概要は分かっていたが、きちんと知識として整理しておきたい。それがこの世界に慣れ始めた自分の中で区切りをつける行為なのか、先程のジロウの『平和なんて一瞬で消えてしまうもの』という言葉が気になったからなのかは、よく分からない。

 ジロウは微笑むと、短く頷いた。いつもの軽口をたたく時と変わらない口調で応じる。


「もちろんいいぞ。おじさんの持論と一方的な見解も交えながら解説してやろう。言っておくけど、多分結構偏ってるからな。他の人からも話を聞くようにしろよ」


 紡久が焼いたじゃがバターを二つの小皿に乗せると、マグカップに淹れたコーヒーと共にジロウはダイニングテーブルに運んだ。

 少し長い話になりそうだった。

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