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白衣

 転移魔法

 テレポーテーション

 瞬間移動


 その現象を言い表す言葉はどれも一般的だったが、実際の現象として目撃した人間は少ないだろう。だからこそ、本当にそれが起こったのだという確証を得ることは難しいのだが、彼の中ではそういうこととして結論づける他なかった。

 火の手が回り始める中、姿が消え去る直前に見た、オパールの瞳。その目は、確実に自分の姿を捉えていただろう。驚愕と驚異に震えていて、声は聞こえなかったが、唇の動きだけでどのような言葉を発しているのかは分かった。


『どうして』


 そう言ったのだ。

 そしてそれきり彼女と、彼女の身体を支えるように抱きかかえていた男の姿は、丸ごと消えた。まるで最初からそこに存在していなかったかのように、一瞬の出来事だった。

 彼はその人に、その現象について、見たままのことを報告した。その人物はさして驚きもせず、「ふうん」と相槌を打っただけだった。


「そう。消えたんですか」


 感心を引かれなかったのだろう。そういう男だ。興味感心を引かれるものと引かれないものに対する反応の落差が激しい。ただこめかみのあたりが、ピクピクと痙攣しているのが見えた。


「それよりも、また行方が分からなくなったのですね」


 やや低くなった声に、報告者は緊張する。自分とその人の間に立場的な上下はないはずだし、むしろ社会的な地位で言えば、自分の方が上といえる。しかしそんな常識が通用する場ではないし、その人に地位の差を気にかけるような性質はない。


「過ぎてしまったことは仕方がない。すぐにまた探してください。それともう一件の方も、進めておいてくださいね。こちらはまだ実際に手をつけるには早い段階なので、泳がせておいても構いません。しかし場所は見失わないように」


 機械音を思わせる単調な声だった。しかしこういう話し方をする時ほど、この人物は憤っていることを彼は知っている。四の五の言わずに了承の意を伝えて、その場を後にした方が面倒が少ないだろう。

 正直、同じ空間に留まりたくはなかった。何を考えているのか分からない不気味さと、此方の考えていることは全て聰られているような落ち着かなさが、始終胸の中に垂れ込めるのだ。

 その部屋を退出する際に、白衣姿のその人物の全身像を目が捉えた――少年のようにも、老齢に差し掛かったようにも見える。その理由は、これまで彼がその人生の中で、感情が揺れる経験をする機会が極端に少なかった為なのだろうか。常に焦点が合っていないスカイブルーの瞳は透き通っていて美しいが、玩具のプラスチックのように安っぽく光る。いつ食事を摂っているのかは分からないが、その丈高な身体は棒切れのように痩せている。しかし動作に弱々しさは皆無で、動きも俊敏だ。一つの身体の端々に無数の両極端が存在するので、その人物の佇まいはいつだって不穏なのだ。


「ヒトはモノとセットでこちらに持ってきてもらえれば、一手間省けてベストですが」


 此方を振り返らずに、その人物の言葉が追いかけてくる。


「最悪なくても構いません。おまけのようなものですから」


 彼は短く返事をすると、後ろ手に扉を閉めた。放っておくとどんどん早くなりそうな歩を押し留めながら、その場を離れた。それはかろうじて残っている彼のプライドだった。

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