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伝承

 その些細な現象に侑子が気がついたのは、変換前の小石が残り五つを切ったところだった。

 弾け飛んで消えるはずの光の粒のうち、小さな一粒だけが消えずに残っていたのだ。おや、と思って侑子が注目している間も、その一粒はまるで道に迷った猫のように、小石の上を右往左往していた。

 今にも消え去りそうに儚く光り、時折蛍のように弱々しく点滅する。やがてそれは舞い上がる塵さながらふわりと浮き上がると、そのまま上へ上へと、重力に逆らって登り始めたのだった。

 侑子は目を凝らして見守っていたが、小さなその粒は、やがて彼女の視力が捉えられない程上方へ登りきって、何処かへと消えてしまった。


「なんだろう、今の」


 魔法という現象は、今だに侑子にとって驚異の対象だ。慣れてきたとは言っても、魔法が起こる一部始終をつい注視してしまう癖は抜けない。それなのにあんな動きをする光の粒は、今まで見たことがなかった。

 今の一粒は天井にぶつかって消えてしまったのだろうか。それとも天井を抜けて外へと出たのだろうか。サンルームの天井は継ぎ目のない透明で、太陽光が真っ直ぐに注ぎ込んでくる。


――もう一度試してみよう


 そう考えた侑子は、新しい小石を手に取った。



◆◆◆



 光の粒が集まってきたところで、ドアの向こうから名を呼ばれた。


「ユーコちゃん、いる?」

「あ。はい」


 侑子がドアの方を振り向くと、戸口にアミが立っていた。黒い外套を脱いだ白シャツ姿だったので、花色の髪とのコントラストが際立っている。侑子はその髪色の美しさとアミの瞳の色を見て「あ」と思わず呟いた。


「アミさんの目の色、この石そっくり」


 光の粒を観察することは叶わなかった侑子の手の中に、小さな鉱石が転がっていた。それは淡いラベンダー色をしていて、彼女の言葉どおり、アミの瞳と同じ色をしていたのだった。


「アメジスト」


 侑子の傍らに来て、彼女の手を覗き込んだアミは微笑んだ。


「こういう薄い紫色のものは、ラベンダーアメジストとも呼ぶんだよ。うちの家族は、この色の目をしてる者が多いんだ」

「瞳の色って、遺伝なんですか」


 こちらの世界の人々が色とりどりの瞳をしていることを、てっきり魔法でどうにかしているものだと考えていた。侑子は小さく驚いた。


「遺伝が多いんじゃないかな。必ず一族みんなが同じ色ってわけではないけど。そうか、向こうの世界では違うのかな」


 アミの言葉に、侑子は更にはっとする。


「私のこと、トコヨノクニからきたって知っているんですね」

「ああ。うん。ジロウさんから聞いてる。俺はほら、ユウキと一緒にやっていくし。君とも接点が多くなるだろう」


 侑子がトコヨノクニからやってきたという事情は、あえて人に知られることのないようにされていた。秘密というほど厳密に隠されているわけでもなかったが、多くの人にとって侑子はジロウの親戚の子供ということになっている。事情を知っているのは、普段から侑子と長い時間を過ごす人だけだった。


「そうなんですね」

「今は魔法の練習をしてたの?」


 事情を知っている人と話すときには、やはり気持ちが楽になる。侑子は頷くと、変換後の鉱石でいっぱいになった菓子箱をアミに見せた。


「とにかく数をこなそうと思って」

「なるほど」


 頑張ってるね、と笑ったアミに侑子は先程の現象について訊ねてみようと思い立った。


「一粒だけ、か」


 侑子の説明を聞いたアミは、軽く二度三度頷いた後にこう答えたのだった。


「それは確かに珍しい現象だね」

「もう一回やってみます」


 新たに小石を物質変換させてみる。しかし侑子の手の中に集まった光の粒は、今度は全て一瞬の後に弾け飛んで消えてしまった。


「あまり頻繁に起こることではないようだね。そうだな。ユーコちゃんはトコヨノクニからやってきた来訪者。だからあの伝承と同じ事が起こったってことかな」

「伝承?」

「昔話にあるんだよ。『逆さ雪』っていう話でね」


 アミはサンルームの椅子に腰掛けて、侑子に語って聞かせた。


 今は昔。この国ができて間もない頃。 

 一人の旅人が、ある貧しい村にやってきた。不思議なことに、旅人がやってきてから村の作物がよく実り、枯井戸から綺麗な水が湧き出てきたりと、不可解だが村に利益をもたらす出来事が立て続けに起こるようになった。そのためその土地はよく栄え、人々は幸せに暮らしたという。


「もしかしてこの旅人って、トコヨノクニからやってきた人だったんですか」

「そうかもね。この話は昔本当にあったことだと伝えられてる。その村はその後繁栄を続けて、やがて王都になったと言われてるんだよ。王都の地表からは雪が湧き出て天へ昇っていく美しい現象が度々見られて、その現象を『逆さ雪』と呼んだらしい。逆さ雪が見えると幸せになるという言い伝えとして、今も残っているんだ」

「へえ。逆さ雪かぁ」


 確かに白い光の粒は雪に見えないこともない。空から降ってくるのではなく天へと昇っていく雪。


「だけど私がさっき見たのはたった一粒だけだし、しかもとても小さかったんですよ」


 うっかりしていると美しいと思う間もなく見逃すだろう。今聞いた昔話とは大分印象が違う。


「その旅人はもしかしたら、上手に魔法が使えたとか? 私はまだまだこの小さな物質変換で精一杯だもんな」

「あくまで言い伝えだからね。誇張されているのかもしれない」


 アミは静かに笑うと、薄紫の瞳を侑子に向けながら付け足した。


「だけど逆さ雪は幸運の象徴。きっと良いことが起こる前兆だよ」

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