↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い半魚人  作者: 松下真名
第三章
PR
207/207

邂逅

 頬に何かが触れた気がした。


 柔らかい。


 毛糸?


 ちょっと硬いような気もする。


「ぴぃ ぷぅ」


 そういえば最近、全然編み物なんてしてなかったな。

 バンド活動ばかりだった。


 もう、編み方忘れちゃったかも。



◆◆◆



 水が流れる音がした。

 獣道はその水場まで続いているようだった。一段高くなった場所を乗り越えると、急に視界が開ける。

 あみぐるみたちはそこで列を崩し、わらわらと一箇所へ向かって一斉に駆け出した。

 

 予想外の動きをした彼らを、咄嗟に追いかけたのだろうか。

 いや、そうではなかったのかもしれない。——ユウキは直感したのだ。

 紡久を追い越し、その足は地面を蹴っていた。

 

 二本の大木の間に、何かが吊り下がっていた。

 周囲の色彩に溶け込み、一見しただけでは見つけにくい。それがハンモックだと気づいた時、ユウキは足を止めた。

 揺れてはいない。しかし見つめていると、わずかに動いている。

 中で誰かが横になっているのだ。

 小さな白クマが、ハンモックの布の隙間から這い出てきた。息を呑むユウキをよそに、小型のあみぐるみが数体、クマに続いて這い出してくる。

「おい」

 咎めようとしたユウキの口は、それ以上の声を出せないまま固まった。

 最後に布の上部から顔を覗かせたのは、丸いペンギンだった。手足が短いためそのまま転がり落ち、ユウキの足元までやってくる。しかしユウキがすぐに抱き上げないので、ペンギンは抗議するように「ピィ」と短く鳴いた。

 その音が、ユウキの意識をわずかに引き戻した。

 

――まさか

 転がってきたペンギンの向こうに見えたものを確かめようと、一歩進む。

 たった一歩で、覗き込むまでもなくハンモックの中が見えた。

 目を閉じ、すぅすぅと寝息を立てる一人の女がいた。

 黒髪を束ねていたヘアゴムがハンモックの布に揉まれ、今にも滑り落ちそうになっている。

――見間違えるはずがない

 確かに年月は経っていた。子供から大人へと成長を遂げる、外見の変化が著しい時期を彼女は通過している。

 それでも。

――間違いじゃない

 ユウキにとって、最も鮮明に記憶している人物なのだから。

――いつから君のことを知っていたのだろう?

 多分、この世に生まれ落ちて、母親のことを認識するよりも前からだ。

――ずっと俺たちは、あの場所で会っていた

 ユウキはいつも、鱗に覆われた化け物の姿をしていた。

 そして彼女は、いつも笑っていた。

――やっと……やっと会えた

 もう一歩進むと、彼女の左腕が見えた。

 銀のブレスレット。そして青く光るものが目に入り、ユウキは「あぁ」とようやく声を漏らした。

 大きく息を吐き出したような、嗚咽のような音だった。

 

 ユウキがさらに一歩を踏み出した、その瞬間。

 首筋に冷たいものが触れた。——刃物だ。

 同時にすぐ背後から聞こえてきたのは、低く無機質な声だった。

「止まれ」



◆◆◆



 気配などあっただろうか。

 背後に立っているのが人間だと認識するまで、わずかに時間を要した。それほどユウキには、その人物の存在が声をかけられるまで分からなかったのだ。

「ユウキくん!」

 紡久の声と二人分の足音、直後に「うわっ!」という焦った声が聞こえた。

「動くな!」

 今度は子供の声だった。あどけなさは残るが、鋭い声音だ。

 ヒュン、ヒュンと、何かが空気を切る音もする。

「あ……? ユウキ?」

 ユウキの背後で一人が呟いた。首筋に刃物を当てている人物の声だろう。

「お前、ユウキ?」

 背中を軽く小突かれた。

 不愉快に感じながらも、ユウキは素直に頷いた。

 沈黙が訪れた。ユウキからは見えないが、紡久とアミもすぐ後方にいるのだろう。背後の男には仲間もいるらしい。何人いる? 囲まれているのか?

――あみぐるみは? どこかに隠れているのか?

 不安が胸を過ったが、ユウキの目は目の前のハンモックに注がれたままだった。

 彼女は相変わらず眠っている。

――間違いない。絶対にそうだ。なぜこんなところで眠っている?

 確信が揺るぎないものになるにつれ、今度は目を覚まさない彼女が心配でたまらなくなった。

 名前を呼ぼうと思った。

 何度も、何度も呼んできた名前。

 決して本人の耳に届くことのなかった、ユウキの声で呼ぶ彼女の名前。

 口を開き、舌が最初の一音を形作ろうとした時だった。

 ハンモックの中で目を覚ました人物が、こちらを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。