トコヨノクニ――変化
天井の蓋を閉めると、侑子は深く息を吐き出した。
いつもならすぐにクローゼットから出ていくところだが、天井裏を見上げたまましばらく動けずにいた。
――今まさに、手紙はあっちの世界へ渡っている最中なのかな
ヒノクニとの不思議な文通が始まってから、四年目だった。
やり取りした手紙は数えきれないほどになったが、その全てを大切に保管している。
再び手を伸ばし、天井裏へと続く点検口の蓋に触れた。
天井と同じクロスを貼った表面は、ざらざらとした感触を指先に返してくる。
この数十ミリの板の向こう側が、一瞬でもあの世界へ繋がることがあるのだろうか。
――なぜ手紙だけなの。なぜ私はダメなの
涙は出てこなかった。
もう何度も考え、何度も嘆いたことだった。
久しぶりに見たあの夢のことを、侑子はユウキへの手紙には書かなかった。
――半魚人がいなかった。確かにあの遊園地だと思ったけど……私、待ち合わせの場所を間違えてしまったのかな
そう考えた途端、見知った場所だったはずの遊園地が全く知らない場所のように思えてくる。恐ろしい想像だった。
――もう二度と半魚人と会えない……そんな暗示だったらどうしよう
言いようのない恐怖にいたたまれなくなり、侑子は大きな音を立ててクローゼットから後ずさった。
見えない恐怖の魔物を閉じ込めるように、荒っぽく扉を閉める。
「おい、どうした。大きな音立てて」
ノックは聞こえなかったが、きっとしたはずだ。朔也はそういうところをちゃんと気遣える兄なのだから。
「お兄ちゃん」
予想外の人物の登場に、侑子の声がひっくり返った。けれど先ほどまでの恐怖を一瞬で吹き飛ばしてしまう兄のとぼけた表情に、侑子は内心感謝した。
「どうしたの。今日来るって連絡あったっけ」
朔也が妻と二人で暮らすマンションは、この家から五駅離れた街にある。週の真ん中、それも平日の夕方に実家を訪れることは滅多にない。
「今日は取引先から直帰でさ。マンションに帰るよりこっちの方が近かったから。直接母さんと侑子に話したいこともあったし、寄ってこうかなと思って」
「話したいこと?」
何だろう。侑子は思わず身構えた。——こんな感覚は久しぶりだった。
変化が嫌いで、何でも無難で安心なのが一番だった小学生の頃の自分を思い出す。
ヒノクニで過ごした一年で、そんな自分もずいぶん変わった。それでも朔也といると、長く二人で暮らした頃の思考の癖が時おり顔を出すことがある。久しぶりに見たあの夢も、昔の臆病な自分を呼び起こしているのかもしれない。
「何身構えてるんだよ。嫌な話しに来たわけじゃないよ」
妹の胸の内など知るはずもなく、朔也は硬い表情の侑子を見て笑った。
「海外に赴任することになったんだ。三月に引っ越すよ」




